【百十五 父と息子】
ぎゅうぎゅうに孫悟空の分身たちから詰められて、その暑苦しさと窮屈さに玄奘はうめいた。
「ちょ、近いですよ……狭い」
玄奘と離れる孫悟空の不安をうつしているのか、玄奘が押しのけても三体の孫悟空の分身はぴたりと張り付き離れない。
「そういえばボクと入れ替わるスイランさんはどうしたらいいの?どこかに隠れていてもらう?」
「いや、敷地内にお嬢様の匂いがあれば奴はそちらへ行くだろう。だから……」
猪八戒がルハードに視線を向ける。
「最初だけワタシが共に行き、ここまでスイランさん連れてくる。この魔具を使うからあっという間」
ルハードが懐から小さな四角い布を取り出して言った。
ルハードがそこに息を吹きかけると、それ大きな、見たこともない不思議な模様の刺繍が施された深い藍色の敷物になった。
縁には錦糸の房飾りが飾られていて、一目で高価な物だとわかる。
「これ、ワタシ作ったマホウのジュウタン。ワタシ、これに乗ってあなた方と入れ替わったスイランさん迎えに行く」
ルハードが絨毯の上に乗るとふわりと床から浮き上がった。
孫悟空の觔斗雲のようなものなのだろう。
「心配なのは孫悟空がお師匠さんの真似ができるかどうかだな。まあお嬢様方はお師匠さんのことはよく知らないから大丈夫だろうけどな」
「できるさ!なんてったって、俺様は一番弟子だからな!!」
猪八戒の言葉に孫悟空は胸を張って言い切った。
そんなすったもんだがあって、現在に至る。
「ねーえ、そろそろ扉開けるけどいい?」
扉の向こうからは「早く扉を開けろ!!」と使用人に怒鳴りつける高紅樹の声が聞こえて来ていて、そろそろ止めた方が良さそうなのは妖怪の二人にもわかる。
「ああ、開けろ。とっとと終わらせてお師匠様のところに帰るぞ」
「そうだね!」
と、玉龍が扉を開いたちょうどその時だった。
「何を騒いでいる!」
「父上!」
上品な雰囲気を纏った老齢の紳士が現れた。
高紅樹が父と呼ぶその老紳士は、おそらく高翠蘭の祖父、高商会の先代当主、高太公だろう。
「客人との食事の時間なのに翠蘭が出てこないので呼びにきたのですが……」
「客人、だと?」
「アルシャーク国の商人です。この繋がりを活かせば、高商会はもっと大きくなりますよ!」
「それと翠蘭になんの関係がある。お前の客だろう」
興奮気味にいう高紅樹に、高太公は冷めた声で問いかけた。
「翠蘭は高商会の現在の長ですから。顔合わせを兼ねて、ですよ」
高紅樹に、高太公は呆れたようにため息をついた。
話に入るには入れず、玉龍と孫悟空は目配せをした。
今なら入れそうだと。
「あの……」
「翠蘭!」
高翠蘭に変化した玉龍が声をかけると、ようやくそれに気づいた高紅樹は苛立っているためか、乱暴にその手を掴んだ。
「痛っ!」
「ようやく出てきたか!さ、シャフリアル様をお待たせしているんだ。早くきなさい!」
「危ない!」
ぐいとひかれ、バランスを崩してしまった玉龍を、玄奘に変化した孫悟空が支えた。
「ん、あなたは?」
「八戒オジサン…じゃなかった、八戒さんを助けてくださった、唐からいらした旅のお坊様の玄奘様ですわ。お礼も兼ねてぜひ、ご馳走したいと話をしていたところですの」
高太公の問いに、おほほほ、と玉龍は上品な笑いを浮かべて説明する。
一方で、二人を見た高太公は、高紅樹に向けたものよりもさらに険しい表情をした。
玉龍が適当に思いついた、口から出まかせの理由だが、孫悟空もそれに乗ろうと口を開いた。




