表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

3話

 私を見下ろすように取り囲む子供達は、およそ子供には似つかわしくない表情を浮かべていた。

 どう考えても好意的に接しようという顔つきではない。


「よぉ、りっちゃん。オレはカフェオレな?」

「オレは炭酸の甘いやつ」

「コーヒーにしようかな」

「オレはなんでもいいや。ただ急げな」


 お世辞にも利口そうとは言えない連中は、それぞれ謎の単語を口にする。

 それが何かを問おうとしたところで、早く立てという言葉と共に頭を叩かれた。


 素晴らしい。この私にそのような狼藉を働くとは。

 愚かもここまでくれば勇敢だ。

 物怖じしないその態度だけは褒めてやる。


 と、言いたいところだが。

 私はもはや世界の覇者である魔王トリスではないのだ。

 今の私は一陸人。転生と同時に性まで転換してしまった。まぁ別にいいのだけど。

 とにかくしがない男の子なのだ。


 当然、机に程度の低い悪口を書かれた程くらいで、彼がこの人生を手放したがったとは思えない。

 彼を追いつめた原因は他にあると考えていた。が、これほど下品な連中の仕業だったとは。

 真に受ける陸人も陸人だ。こんなものは適当に叩きつぶせば良いのだ。


「てめぇ聞いてんのかよ!」


 金髪で眉の太い、おそらくは主犯格の男は拳を作って振り被る。

 頭にヒットする寸前、頭部にごく小さな結界を貼った。

 傍目に見れば、私の頭を殴ったようにしか見えないだろう。

 実際はダメージどころか触れられた感触すらないのだが。

 悪ガキは手首を押さえてうずくまり、いてぇと唸った。


「おい! いま何した!」

「ところで、カフェオレとはなんだ。その他についても説明しろ」

「よくわかんねぇけど、手首ぐねっちまった」

「ばーか、こんなヤツ相手になにやってんだよ」

「悪ぃ悪ぃ」


 そうこうしている間にチャイムが鳴った。

 この組織は鐘を合図に動いているのだ。この鐘の音は絶対であった。

 蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが席に着くとほぼ同時に、

 一人の大人が入ってきて、小一時間授業を行なう。


 ちなみに、あの大人達は教師というものらしい。

 手持ちの教科書を粗方読み尽くしてしまった私は、退屈していた。

 もちろん、速読の技術などはない。ただ、魔法を用いて最短で内容を把握したのである。

 教師に見えないように鞄の中を弄って見ると、指先が何やら硬いものに触れた。


 これは……。


 取り出して見ると、先ほど私が羨望の眼差しを向けていた、謎の四角い機械である。

 なんと、陸人も持っていたのか。これは僥倖。

 私は早速それを手に取ってみた。見よう見まねで画面に触れると明るくなった。

 視界に飛び込んだのは見事な樹である。

 ピンクの花びらが束の間の生を謳歌するかの如く咲き乱れていた。


 色々と触ってみたが、全くよく分からない。左右に動く絵、とんと触れると始まる何か。

 まるで魔法のようだと思った。これはあとでサクラに詳しく聞いた方が良さそうだ。

 ポケットにしまうと、授業が終わるのをただ待った。


 教師の話はあまり参考にならない、さきほど教科書の内容を全て理解してしまったのだ。

 目新しく感じる話は特になかった。


 授業が終わると、私は隣の、さきほど女が戻っていった教室へと足を向けた。

 奴隷仲間と談笑しているところを見ると、彼女もまた、この生活に何の疑問も抱いていないように見える。

 話しかける前に彼女は私の姿に気付いたようだ。


「おい、サクラ」

「なに? 珍しいね」

「何かあったら訊ねてこいと言ったのはお前だろう」

「そうだけどさ。で、何? どうした?」

「これの使い方を知りたい」

「……どうした?」

「何故だ」


 私はプレートをサクラに見せながら、教えを乞うた。

 人にこのようなことを訊ねるのも、本当に久しぶりだ。

 何せ私に分からないことなど無かった。


 しかし、このプレートは完全に私の理解を超えていた。

 原理が全く理解できない。

 使い方を探ろうにも、魔法をどのように適用させればいいのか分からないのだ。

 こればかりはこの世界の人間に訊ねる他無い。

 私が頭を下げているというのに、サクラは心配そうな顔をして、少し背伸びをして額に触れてきた。


「あのさ、熱でもあるの?」

「熱? ないが?」

「あって欲しかったよ」

「む?」


 どういうことだ。

 私の体調不良を願うなど、言語道断である。

 仕返しに1週間ほど高熱で苦しむ呪系魔法(じゅけいまほう)をかけてやろうかと思ったが、

 案内役がいないと困るのでやめた。


「あのさ、陸人、本当に今日おかしいよ。どうしたの?」

「では聞くが、お前の言う陸人とはなんだ。真似してみよ」

「へぇ!? う、うーん……なんだろう、えっと、いくよ? 「どうせオレなんて……

 いいんだ、サクラは悪くない……全部オレが悪いんだ……いつもいつも、迷惑かけてごめん。

 学校ではオレに話しかけない方がいいよ……」 って感じ」

「ふむ。分かった」

「え?」

「ご、ごめん、急に話しかけちゃって……でも、これの使い方聞きたくて……」

「完璧にこなすのやめて」

「どうかオレに教えてはくれぬか?」

「最後の最後でボロ出てんじゃん」


 せっかく真似をしてやったというのに、この小娘は一体何様なのだ。

 陸人という少年はサクラを巻き込むまいとしていたようだ。

 それにしても少し内気過ぎる気はしたが、私は彼の優しさを愚かだとは思わない。

 優しさだけでは何も成せない、ただそれだけだ。


 言葉とは裏腹に、サクラは私に丁寧に”スマホ”というものの使い方を教えてくれた。

 なかなか分かりやすかった。その道に就けというと、サクラはバーカと言って舌を出す。


「ふむ。サクラのおかげで大分分かった。なるほどなぁ」

「よぅー陸人」

「む?」


 顔をあげると、そこには先ほどの少年達がいた。

 痛めたであろう拳はもう平気なんだろうか。

 彼らは私の腕を掴むと、サクラに「サクラちゃーん、ちょっと陸人借りてくぜー」等と声をかけた。


 彼女の返事を待たずに私の腕を引くと、教室とは違う方向に向かって歩き出す。

 振り払うことなど造作もないが、彼らが陸人に何をしようとしいるのか、少し興味があった。

 廊下を歩く奴隷共が彼らを避けるように道を空ける。どうやら誰もこの者達とは関わり合いになりたくないようだ。


 階段を登り、ドアを開けると、そこは外だった。

 屋上に出たことを理解した私は、その光景に戦慄した。

 なんと、縁にフェンスが設けられているのだ。

 玄関以外からは絶対に出させないという強い意志を感じる。

 奴隷の管理は徹底されているようだ。


 まばらだが、先客も何組かいた。

 彼らは私が、というよりも陸人が囲まれている事に一切の関心を示さない。

 まるでいつもの事だとでも言うように、私達は彼らの風景と化していた。

 先程サクラに教えられた口調を思い出しながら、私は口を開く。


「な、何の用……?」

「おい、急にいつも通りじゃねーか」

「お前さっきのキャラどうしたんだよ」

「さっきの……?」

「とぼけてんじゃねぇよ!」


 リーダー格の膝が身体に近付く。しかし私は結界を張らなかった。

 いままで陸人が受けてきた痛みを、その身で体験してみたいと思ったのだ。


「うぐっ……!」


 息が止まりそうになる。崩れ落ちるようにして、倒れ込む。

 その瞬間、今度は脇腹を蹴られ、重力に引っ張られる身体の軌道が少し変わる。


 これほどとは。

 陸人は、いや、人間というものは、かくも弱い生き物なのか。

 立て続けに振るわれる暴力。

 ここまでされても、先客達は見て見ぬふりを決め込んでいる。弱い。あらゆる意味で、弱い。


「おいおい、そんなリアクションすんなよ。オレ達がいじめてるみてーじゃん」


 こんな毎日が繰り広げられていたなら、陸人が人生そのものを憂う気持ちもよく分かる。

 物にはいたずらをされ、自尊心を傷付けられ、身体までをも好きにいたぶられる。


「りっちゃーん。ほら、オレと勝負しよーぜ? な?」


 先程は、突然性格が変われば奇異の目で見られるかと思い、些か自分を押さえるべきかと考えた。

 それまでの陸人のように振る舞いつつ、この世界に馴染んでいけたらと思ったのだ。


 しかし、ダメだ。


 私はどうしても許せない。

 気弱で臆病だが、人を思いやることのできる、この少年を標的にする連中が。

 優しさだけでは何も出来ないという、私の考えは変わらない。

 ならば私が貸してやろう、圧倒的な力というやつを。


「いいんだな?」

「あ?」


 他者に直接魔力を込めた攻撃をするのは初めてだ。

 私の怒りがコントロールを鈍らせる。

 加減をするのは元より苦手だ。私は全力で身体能力アップの補助魔法をかけた。

 ただし、右手の拳の中指に限定して。

 力をコントロールするよりも、範囲をコントロールする方がずっとやりやすい。


 ここまで配慮しても最悪は死ぬかもしれないが、それ以上は譲れなかった。

 殺人が重罪なのは理解している、おそらくどんな世界でも、

 まともな場所であれば、それは変わらないだろう。

 万が一が起こってしまった場合は、ここにいる連中の記憶を改ざんすればいい。どうとでもなる。

 私にこなせない魔法などないのだ。


 金髪の男の懐に入り込む。

 ぐっと足を踏み込み、拳に力を込める。

 そうして私は、彼の腹部を思い切り殴った。


 軽々と吹っ飛ぶ体は、さすがに無関心を決め込んでいた者共の目を引いた。

 フェンスに激突して地面に落ちる男子生徒を、その場にいる全員が目撃した。

 残った三人は情けない声を上げて、今しがた通ったドアへと走った。



 後日談になるが、主犯の少年は、フェンスのつなぎ目、

 ボルトの部分に左腕がぶつかり、粉砕骨折したそうだ。

 私の回復魔法を使えば完治など雑作もない事だが、

 自ら成敗したクズに施すほど、私はお人好しではないのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ