3話
私を見下ろすように取り囲む子供達は、およそ子供には似つかわしくない表情を浮かべていた。
どう考えても好意的に接しようという顔つきではない。
「よぉ、りっちゃん。オレはカフェオレな?」
「オレは炭酸の甘いやつ」
「コーヒーにしようかな」
「オレはなんでもいいや。ただ急げな」
お世辞にも利口そうとは言えない連中は、それぞれ謎の単語を口にする。
それが何かを問おうとしたところで、早く立てという言葉と共に頭を叩かれた。
素晴らしい。この私にそのような狼藉を働くとは。
愚かもここまでくれば勇敢だ。
物怖じしないその態度だけは褒めてやる。
と、言いたいところだが。
私はもはや世界の覇者である魔王トリスではないのだ。
今の私は一陸人。転生と同時に性まで転換してしまった。まぁ別にいいのだけど。
とにかくしがない男の子なのだ。
当然、机に程度の低い悪口を書かれた程くらいで、彼がこの人生を手放したがったとは思えない。
彼を追いつめた原因は他にあると考えていた。が、これほど下品な連中の仕業だったとは。
真に受ける陸人も陸人だ。こんなものは適当に叩きつぶせば良いのだ。
「てめぇ聞いてんのかよ!」
金髪で眉の太い、おそらくは主犯格の男は拳を作って振り被る。
頭にヒットする寸前、頭部にごく小さな結界を貼った。
傍目に見れば、私の頭を殴ったようにしか見えないだろう。
実際はダメージどころか触れられた感触すらないのだが。
悪ガキは手首を押さえてうずくまり、いてぇと唸った。
「おい! いま何した!」
「ところで、カフェオレとはなんだ。その他についても説明しろ」
「よくわかんねぇけど、手首ぐねっちまった」
「ばーか、こんなヤツ相手になにやってんだよ」
「悪ぃ悪ぃ」
そうこうしている間にチャイムが鳴った。
この組織は鐘を合図に動いているのだ。この鐘の音は絶対であった。
蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが席に着くとほぼ同時に、
一人の大人が入ってきて、小一時間授業を行なう。
ちなみに、あの大人達は教師というものらしい。
手持ちの教科書を粗方読み尽くしてしまった私は、退屈していた。
もちろん、速読の技術などはない。ただ、魔法を用いて最短で内容を把握したのである。
教師に見えないように鞄の中を弄って見ると、指先が何やら硬いものに触れた。
これは……。
取り出して見ると、先ほど私が羨望の眼差しを向けていた、謎の四角い機械である。
なんと、陸人も持っていたのか。これは僥倖。
私は早速それを手に取ってみた。見よう見まねで画面に触れると明るくなった。
視界に飛び込んだのは見事な樹である。
ピンクの花びらが束の間の生を謳歌するかの如く咲き乱れていた。
色々と触ってみたが、全くよく分からない。左右に動く絵、とんと触れると始まる何か。
まるで魔法のようだと思った。これはあとでサクラに詳しく聞いた方が良さそうだ。
ポケットにしまうと、授業が終わるのをただ待った。
教師の話はあまり参考にならない、さきほど教科書の内容を全て理解してしまったのだ。
目新しく感じる話は特になかった。
授業が終わると、私は隣の、さきほど女が戻っていった教室へと足を向けた。
奴隷仲間と談笑しているところを見ると、彼女もまた、この生活に何の疑問も抱いていないように見える。
話しかける前に彼女は私の姿に気付いたようだ。
「おい、サクラ」
「なに? 珍しいね」
「何かあったら訊ねてこいと言ったのはお前だろう」
「そうだけどさ。で、何? どうした?」
「これの使い方を知りたい」
「……どうした?」
「何故だ」
私はプレートをサクラに見せながら、教えを乞うた。
人にこのようなことを訊ねるのも、本当に久しぶりだ。
何せ私に分からないことなど無かった。
しかし、このプレートは完全に私の理解を超えていた。
原理が全く理解できない。
使い方を探ろうにも、魔法をどのように適用させればいいのか分からないのだ。
こればかりはこの世界の人間に訊ねる他無い。
私が頭を下げているというのに、サクラは心配そうな顔をして、少し背伸びをして額に触れてきた。
「あのさ、熱でもあるの?」
「熱? ないが?」
「あって欲しかったよ」
「む?」
どういうことだ。
私の体調不良を願うなど、言語道断である。
仕返しに1週間ほど高熱で苦しむ呪系魔法をかけてやろうかと思ったが、
案内役がいないと困るのでやめた。
「あのさ、陸人、本当に今日おかしいよ。どうしたの?」
「では聞くが、お前の言う陸人とはなんだ。真似してみよ」
「へぇ!? う、うーん……なんだろう、えっと、いくよ? 「どうせオレなんて……
いいんだ、サクラは悪くない……全部オレが悪いんだ……いつもいつも、迷惑かけてごめん。
学校ではオレに話しかけない方がいいよ……」 って感じ」
「ふむ。分かった」
「え?」
「ご、ごめん、急に話しかけちゃって……でも、これの使い方聞きたくて……」
「完璧にこなすのやめて」
「どうかオレに教えてはくれぬか?」
「最後の最後でボロ出てんじゃん」
せっかく真似をしてやったというのに、この小娘は一体何様なのだ。
陸人という少年はサクラを巻き込むまいとしていたようだ。
それにしても少し内気過ぎる気はしたが、私は彼の優しさを愚かだとは思わない。
優しさだけでは何も成せない、ただそれだけだ。
言葉とは裏腹に、サクラは私に丁寧に”スマホ”というものの使い方を教えてくれた。
なかなか分かりやすかった。その道に就けというと、サクラはバーカと言って舌を出す。
「ふむ。サクラのおかげで大分分かった。なるほどなぁ」
「よぅー陸人」
「む?」
顔をあげると、そこには先ほどの少年達がいた。
痛めたであろう拳はもう平気なんだろうか。
彼らは私の腕を掴むと、サクラに「サクラちゃーん、ちょっと陸人借りてくぜー」等と声をかけた。
彼女の返事を待たずに私の腕を引くと、教室とは違う方向に向かって歩き出す。
振り払うことなど造作もないが、彼らが陸人に何をしようとしいるのか、少し興味があった。
廊下を歩く奴隷共が彼らを避けるように道を空ける。どうやら誰もこの者達とは関わり合いになりたくないようだ。
階段を登り、ドアを開けると、そこは外だった。
屋上に出たことを理解した私は、その光景に戦慄した。
なんと、縁にフェンスが設けられているのだ。
玄関以外からは絶対に出させないという強い意志を感じる。
奴隷の管理は徹底されているようだ。
まばらだが、先客も何組かいた。
彼らは私が、というよりも陸人が囲まれている事に一切の関心を示さない。
まるでいつもの事だとでも言うように、私達は彼らの風景と化していた。
先程サクラに教えられた口調を思い出しながら、私は口を開く。
「な、何の用……?」
「おい、急にいつも通りじゃねーか」
「お前さっきのキャラどうしたんだよ」
「さっきの……?」
「とぼけてんじゃねぇよ!」
リーダー格の膝が身体に近付く。しかし私は結界を張らなかった。
いままで陸人が受けてきた痛みを、その身で体験してみたいと思ったのだ。
「うぐっ……!」
息が止まりそうになる。崩れ落ちるようにして、倒れ込む。
その瞬間、今度は脇腹を蹴られ、重力に引っ張られる身体の軌道が少し変わる。
これほどとは。
陸人は、いや、人間というものは、かくも弱い生き物なのか。
立て続けに振るわれる暴力。
ここまでされても、先客達は見て見ぬふりを決め込んでいる。弱い。あらゆる意味で、弱い。
「おいおい、そんなリアクションすんなよ。オレ達がいじめてるみてーじゃん」
こんな毎日が繰り広げられていたなら、陸人が人生そのものを憂う気持ちもよく分かる。
物にはいたずらをされ、自尊心を傷付けられ、身体までをも好きにいたぶられる。
「りっちゃーん。ほら、オレと勝負しよーぜ? な?」
先程は、突然性格が変われば奇異の目で見られるかと思い、些か自分を押さえるべきかと考えた。
それまでの陸人のように振る舞いつつ、この世界に馴染んでいけたらと思ったのだ。
しかし、ダメだ。
私はどうしても許せない。
気弱で臆病だが、人を思いやることのできる、この少年を標的にする連中が。
優しさだけでは何も出来ないという、私の考えは変わらない。
ならば私が貸してやろう、圧倒的な力というやつを。
「いいんだな?」
「あ?」
他者に直接魔力を込めた攻撃をするのは初めてだ。
私の怒りがコントロールを鈍らせる。
加減をするのは元より苦手だ。私は全力で身体能力アップの補助魔法をかけた。
ただし、右手の拳の中指に限定して。
力をコントロールするよりも、範囲をコントロールする方がずっとやりやすい。
ここまで配慮しても最悪は死ぬかもしれないが、それ以上は譲れなかった。
殺人が重罪なのは理解している、おそらくどんな世界でも、
まともな場所であれば、それは変わらないだろう。
万が一が起こってしまった場合は、ここにいる連中の記憶を改ざんすればいい。どうとでもなる。
私にこなせない魔法などないのだ。
金髪の男の懐に入り込む。
ぐっと足を踏み込み、拳に力を込める。
そうして私は、彼の腹部を思い切り殴った。
軽々と吹っ飛ぶ体は、さすがに無関心を決め込んでいた者共の目を引いた。
フェンスに激突して地面に落ちる男子生徒を、その場にいる全員が目撃した。
残った三人は情けない声を上げて、今しがた通ったドアへと走った。
後日談になるが、主犯の少年は、フェンスのつなぎ目、
ボルトの部分に左腕がぶつかり、粉砕骨折したそうだ。
私の回復魔法を使えば完治など雑作もない事だが、
自ら成敗したクズに施すほど、私はお人好しではないのだ。




