表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

2話

 

 幼馴染みだと名乗る女が迎えに来たお陰で、私は迷うことなく”学校”とやらに辿り着くことができた。

 そして、彼女のあとを付いて部屋に入ろうとして驚いた。


 そこには所狭しと、粗末な机と椅子が並べられているのだ。

 靴がずらりと並べられていた時点で嫌な予感はしていたが……私は奴隷に転生してしまったのか。


 このようなところに押し込められているというのに、子供達は朗らかに笑いながら

 朝の挨拶を交わしていた。嘆かわしいと言ったらない。

 これらは、自身が不幸であることも知らぬ故、このように笑い合っているのだ。


 なるほど、退屈しない世界に飛ばされると聞いてはいたが、まさかこう来るとは。

 あのフェアリエルとかいう妖精、見た目に反してかなりの鬼畜らしい。


「ふふ……よい。覇者たる私に、最も縁遠かった環境じゃないか。まずは観光のつもりで、楽しむとしよう」

「アンタ何言ってんの?」

「気にするな。して、私の席は?」

「はぁ? 隣のクラスでしょうが! さっきから頭大丈夫!?」


 目の前の娘はとにかく声が高く、それに反比例するように背が低い。

 他に特筆すべき点といえば、長い髪と大きな目と胸くらいか。

 ふわふわの髪はとても触り心地が良さそうで、彼女の動きに合わせて右へ左へと振り回されている。

 私の美的センスと照らし合わせても、かなり美しい娘であると言えよう。

 しかし、全てがそのやかましさで帳消しにされていると言っても過言ではない。

 ぎゃあぎゃあと騒がれるのは昔から好きではないのだ。


 昔、プチオークの大群が私を囲んで騒ぎ立てたときのことを思い出した。

 あまりにも鬱陶しくて、殲滅大魔法を用いてそれを一掃したのだ。

 私ほどの実力者であれば、それほど大それた魔法を使わずとも手を払うだけで、

 少なくとも前方のそれらを文字通り瞬殺できたというのに。


 この女には沈黙魔法を使ってやろうか。

 私の指先が呪文(リリック)をなぞろうとした瞬間、大きな音が鳴り響いた。


「あー、ほら、チャイム鳴っちゃったよ」

「む……?」


 これは戦闘の合図だろうか。

 だとしたら彼らは何故、あんなにも平然としていられるのだ。

 私は室内に閉じ込められている奴隷達を見やる。


「予鈴鳴ったんだから、寝ぼけてないで自分のクラスに行きなよ?」

「案内することを許そう」

「はぁ?」


 こうして私は幼馴染のサクラという女に、席へと案内させた。

 私としてはそこまでで充分だったのだが、サクラは座ろうとした私を制止した。


「待って」

「なんだ」

「いいから。あっち見てて」


 意味が分からぬ。あちらを見ろと言われてそうする阿呆がどこにいるというのだ。

 他人に指図されるとは、一体何百年ぶりだろうか。

 感慨深く頷いていると、サクラは鞄から雑巾を取り出し、ごしごしと机を拭いた。

 些か乱暴にも思えるその仕草からは、必死さが見て取れる。


「はい。じゃあ私戻るからね。なんかあったら私の教室来ていいからね。

 って言っても、まぁ、来ないんだろうけどさ」


 サクラは駆け足で部屋から出て行く。

 この空間は教室というらしい。

 教室の一番後ろ、真ん中の席が私の場所、ということだ。


 私は腰掛けると、復元魔法を使用した。

 サクラが必死に私に見せまいとしていたものの正体が気になったのだ。


 ところで、私は魔法の使用を一切制限されていない。

 その気になればこの建物を焼き尽くしたり、叩き潰すこともできるが、それはしない。

 先ほども言った通り、私は当面の間、できる限り大人しくこの人生を楽しむのだ。


 フェアリエルの話によると、素体となる身体は、魂が死んでしまった者の物だ。

 つまり、この身体の主だった男は、何かが理由で心から死を望んでいた。


 彼の願いを叶え、私の退屈をしのぐ。

 まさにwin-winといった関係で、私は(にのまえ)陸人(りくと)として生まれ変わり、

 彼の人生の続きを担うことになったのだ。


 彼が何故、魂を病むに至ったかは知らない。

 サクラが必死に隠そうとしたものに、その一端が隠れている気がしてならなかったのだ。


「ほう……これは……」


 机には死ねだのキモいだのという言葉が汚い字で書かれていた。

 文字については見た事がないものだったが、魔法を使えばどうとでもなる。


 なるほど、彼を傷付けないよう、サクラはこれを消したのか。

 彼女が雑巾を持ち歩いているということは、こういったことは日常茶飯事なのだろう。

 しかし、これだけで心が死んでしまうほど思い詰めたりするだろうか。

 事情は少しだけ理解できたが、決定的なものとは思えない。


「ホームルーム始めるぞー」


 一人の大人が入ってくると、それまで騒々しかった子供達が私語をやめた。

 立ち上がる周囲に合わせて立ってみる。おはようございますと言って頭を下げるのでまた倣う。

 どうやらこの教室の習慣のようだ。さすが奴隷。しっかりと調教されているらしい。


 しかし、人の、いや、全ての生物の上に立っていた私に言わせれば、どうにも落ち着かない。

 元の彼の生活を尊重したいとは思うが、少し風に当たりたかった。

 挨拶を終えて着席する者共を見下ろしながら、私は座ることなく出入り口へと足を運ぼうとした。


(にのまえ)! どこへいく!」

「外だが?」

「何を言っているんだ! 座れ!」


 なるほど、自由というものはないらしい。随分と閉塞的な組織である。

 とりあえず私は言われた通りに席へと戻ると、腰を下ろした。


 大人がどうでもいい話をしているが、子供達は存外上の空な者が多い。

 しっかりと視線を前に向け、姿勢正しく聞いている者もいるにはいるが、ほとんどの者が

 机の下でなにやら機械を触ったり本を読んだりしている。

 なるほど、どこかに行くことは許されずとも、あのようにして時間を潰すのは有りなのか。


 私はサクラに準備させた鞄を開くと、歴史と世界史の”きょーかしょ”を手に取った。

 まずはこの世界を知ることに時間を使おう、そう思ったのだ。


 気付くと、既に”にじかんめ”とやらが終わっていた。

 私はじっと座り、教科書達に目を通していたのだ。

 この世界については大体わかった。特に化学の教科書は興味深かった。

 私が元いた世界とはまるで違う法則で物事が動いている。それを感じさせた。


 ふと気になったことだが、この世界の住民はみなどれほどの魔力を有しているのだろうか。

 化学や、歴史の教科書からも察するに、機械の発展が目覚ましいのは確かだ。

 よく見ると、子供達がしきりにポケットから取り出す端末も、なかなかに興味深い代物である。

 しかし、私には、どうにもそれが、低い魔力をカバーする為に発達したものに思えてならない。

 呪術学や自然魔法など、魔法に関する教科書が一切無いというのが、どうしても気になるのだ。


 あまり大掛かりな呪文を発動させるのはマズい、可能性があるということだ。

 私がいたのは様々な世界の中でも、空気中に存在する魔力濃度が最も濃いと言われる、まさに魔の世界である。

 空気中の魔力濃度については、重力のようなものと認識してもらえるといいかもしれない。

 私達の世界は魔力に満ちあふれており、その耐性がない者が訪れれば、必ず身体に異変を来す。

 その濃さに耐えられないからだ。


 つまり、濃い空気の中で育った私達は、魔力というものに魂が順応しており、芯まで染み込んでいる。

 いつもの調子で強い魔法を使ってしまうと、異常な魔力の高さを検知し、然るべき機関が動いてしまうかもしれない、ということだ。

 この世界に合わせて加減をする必要があろうだろう、そう考えている。

 現に、私の世界では、妙な魔力を察知した時には、直属の軍が現地に赴くこともあったのだから。


 サーチ能力は持っている。とりあえずはこの教室内の子供達の魔力を測ってみよう。

 私の能力がこの世界でどのような反応をするのかは分からないが、復元魔法が使えた。

 無反応ということはないだろう。


「展開……!」


 私は小声でそう唱えると、周囲の子供達の頭の上に魔力を数値化させて表示する。

 そして目を疑った。


 なんと、全ての者の頭の上に、ゼロという数字が浮かんでいるのである。

 まさか。そんな。有り得ない。

 試しに、私自身にその魔法を使ってみる。

 魔力濃度の違う世界で、サーチが正常に機能していないと判断したのだ。


 手のひらの上に数字を出してみると、そこには74986413988と表示されていた。

 ふむ。つまり。

 この世界に魔法を使える者はいない、ということになる。

 にわかには信じ難いが、数値が指し示すのはそういうことだ。


 私にとっては嬉しいニュースとしか言いようがない。

 この世界では、私がどんなに強い魔法を使っても、消費された魔力からそれを理解できる者は存在しない。

 それは分かりやすく言うと、やりたい放題、ということになる。


 手のひらを見つめながらそんなことを考えていると、突然机をガンと蹴られた。

 顔を上げると、そこには意地の悪そうな表情を浮かべた子供が4名、私を囲うように立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ