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あるイーグルドライバーの八月六日

ついカッとなって(略

 ハルキウ上空の制空権を巡り、八月六日払暁から始まった一大航空戦は、泥沼の様相を呈していた。

 互いの電子戦により、レーダーも敵味方識別装置もまるで役立たず。

 警戒装置はひっきりなしに悲鳴を上げ、ハルキウ上空に描かれた飛行機雲の終点には黒いシミ。

 脱出ベイルアウト出来れば良いが、よしんば脱出出来たとしても、それが辛うじて味方が維持しているハルキウ市街に降りるか、それともハルキウを包囲下に置いているロシア軍占領地域に降りるかは運次第。そして、ロシア軍に捕まったが最後、控え目に言って良い扱いを受けられるとは思えない。

 まさに航空戦の地獄を極めた世界だな、と嘆息した。

 本日四回目の出撃。度重なるドッグファイトで掛かる大Gに晒され続けた体は、最新鋭の耐Gスーツを持ってしても彼方此方にガタが来ている。

 多分に、この戦いを最後に第一線を退かねばならないだろう、という予感があった。

 疲労はピークに達していて、最初は四機小隊編成だった部隊も、一機ずつ欠けて逝って、今や自分達一機だけ。臨時に小隊を組み直すような時間もなく、けれどもパイロットに無理を圧してでも、出撃は決行された。

 何しろ、相手もまだ諦めていないので。

 古今東西、制空権を握った者が、概ね地上、乃至は海上に於ける優勢を確立する。

 その原理原則に従うなら、今次大戦の天王山、ハルキウ近郊に集結したロシア野戦軍主力を撃滅し、ウクライナを侵略者から解放するには、矢張りハルキウ上空の制空権の確保は至上命題であり、であるが故に、間も無く日没を迎えようという薄暮の時間帯になっても、互いにしつこく攻撃、邀撃の手を繰り出していたのだった。

 自分が駆るF-15Jイーグルに搭載された、二基のF-110-IHI-129ターボファンエンジンが奏でる、甲高い駆動音。与圧密閉され外界と遮断されたコックピットにも届くその音を圧して、電子戦により視界を狭められたJ/APG-2レーダーの画面に目を凝らしていた、後席の兵装システム士官(WSO)から、敵機発見の報せが届く。


「ゼロ・ワン・ゼロ、レーダーコンタクト!」

「ラジャ!」


 相方からの方位の報告。反射的にレーダーに目を遣り、その反応が真っ直ぐこちらを指向していること、そしてこちらよりも高度が低いことを読み取る。敵味方識別装置の反応を待たず、即座にハーフロール、急降下。HMDに捉えた目標物に、コンテナボックスが照準される。ロックオン、


「フォックス・スリー!」


 無線が通じているのか通じていないのかよく理解らない状況下では、ほぼ無意味な宣言と共に、コンフォーマル・フュエル・タンクに懸架されていた、九九式空対空誘導弾が二発、リリースされる。アクティヴ・レーダー・ホーミング、俗に言う打ちっ放しミサイル。

 本来はもっと長距離での視界外射程戦闘に用いられるべきだけれど、既に目標との距離は四〇キロもなかった。一目標に対して二発はオーバーキルかもしれないが、この状況下では中距離空対空ミサイルはデッドウェイトになりかねない。さっさとリリースして身軽になりたかった、と言うのが本音だったが、果たして()()()()()()()()()()回避運動に入る。雲を曳き、チャフ・フレアがリリースされるのが見える。

 どうやら、目標は密集隊形を取っていたため、レーダーが一目標に誤認していたらしい。二機か、四機か。

 どちらにせよ今この瞬間、この機体は数的劣勢に置かれている。こちらが放った九九式空対空誘導弾は二発とも、こちらから見て左に回避した方へ向かっていった。

 その結末を追わずに、自分達のF-15Jは降下を継続し高度を速度に変換しながら、ミサイルが逸れたと気付いて回避運動から再びこちらと向き合おうとしていた目標を、〇四式空対空誘導弾の赤外線シーカーに捉える。ロックオンの長音、リリース。


「フォックス・ツー!」

「ブレイク!」


 後席からの警告に従ってチャフ・フレアをばら撒きながら、直感的にイーグルを右に急旋回。先に九九式空対空誘導弾が追いかけていったもう一方の目標の方へと、機首を振り向ける。視界の端でGメーターが瞬間的に振り切れるのが見える。身体中の血液が、耐Gスーツの強力な締め付けに逆らって急降下する。ブラック・アウト、喪失寸前の意識を叱咤して、なんとか目を見開き続ける。


「チェックシックス!」


 首が折れかねない大Gの中で、それでも機体の死角を振り向き続けていた後席から、再度警告。咄嗟にエアブレーキを開き、フットバーを蹴っ飛ばし、更にバレルロール。瞬間的に速度計があり得ない速度を示し、未来予測位置から()()()()()()()()()()()()()イーグルの残像を、敵ミサイルが無意味に貫く。

 そして自発的に錐揉みに入りかけたイーグルの首尾線上を、赤い星を描いた美しい曲線ラインを描く敵機がオーバーシュートした。


「フォックス・フォー!」


 脊髄反射的に、訓練された右腕はトリガーを引き、敵機の右ストレーキから背面のエアブレーキ、左エンジンと横断して左水平尾翼にかけて、JM61A1・二〇ミリガトリング機関砲が放つタングステン合金製徹甲弾の嵐が蹂躙していくのが見える。大Gと凶悪な風圧に耐える、頑丈な構造を備えたチタンとジュラルミン製の機体も、秒間七〇発で放たれる超音速の徹甲弾に直上から撃ち込まれては、ボール紙の様にバラバラになるしかなかった。

 敵機、Su-35のコックピットから、信じられないものを見たような眼差しを見た、様な気がしたが、エアブレーキを閉じてカウンターを当て、錐揉みから脱したイーグルはすぐにそれを追い越して見えなくなる。

 と、警戒装置が騒ぐ。ロックされている。回避機動で速度を喪失ったイーグルが取る道は、一つしかない。即座にスロットルを全開にしてアフターバーナーを焚き、急降下。高度と残燃料を犠牲に、運動速度を稼ぐ。もう高度は一〇〇〇〇フィートも無かった。瞬く間に地上、ハルキウ市街地が眼前に広がる。

 けれど寸前、イーグルはサイドスティックが折れんばかりに引き付ける操作を受け付けて、地上に超音速の衝撃波と後続の敵ミサイルを叩き付けながら、上昇に転じる。典型的で単純な、インメルマンターン。再度の大Gに、声にならない悲鳴。ビリビリと機体が嫌な振動を立てる。

 けれども既に墜落コースに入っていたイーグルを深追いせずに、高度を取ろうと上昇を始めていた敵Su-35を、イーグルは空中分解するより前に、ループの頂の先に捉えた。長音、リリース。


「フォックス・ツー!」


 Su-35が回避機動に入る。大推力と推力偏向ノズルを活かした、強引な軌道変更。けれども〇四式空対空誘導弾から逃れるには、余りにも時間が無かった。指向製破片弾頭が炸裂し、無数の破片スプリンターがSu-35をズタズタに切り刻んだ。

 アフターバーナーを切って機体を水平に戻す。うんざりするほど煩かった警戒装置の警報音が途切れ、周囲にも機影が見当たらないのを確認してから、後席から声がかかる。


「フュエル・ビンゴ」


 コンフォーマル・フュエル・タンクを装備した「特別な」F-15Jであっても、あれだけ激しく戦えば、嫌になる程あっという間に燃料を消費する。手近な基地に戻るのに必要な最低限の分しか、もう燃料が残っていないと言うことだ。


「ラジャ、RTB」


 武装も、機銃の残弾一四〇発、ミサイルの残弾、〇四式空対空誘導弾が三発。最低限の自衛用残弾しか残っていない。確かに潮時だな、と頷きながら、彼、或いは彼女はイーグルの機首を帰路へと向けた。




 この日、日本国・ウクライナ連合軍とロシア軍の間に生起したハルキウ上空の航空戦は、双方合わせて延べ五〇〇機余り(※ここでは制空戦闘に臨んだ機材のみを数える)を投入したが、双方共に決定的な制空権を得るどころか、機材を消耗し尽くしたため、翌日以降、碌なエア・カバーを野戦軍に掛けられない事態となった。

 後に、この戦いは「八月六日従軍記念航空徽章」という徽章まで作られ従軍者を称えることになったが、果たしてこのような消耗線を真面目に戦うべきだったか否かについては、議論が分かれるところである。

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