56・幸福に包まれて(最終話)
フランヴェール伯爵夫妻とミレシアが王命によって連行された日からしばらくの月日が経った。
あれから、私を取り巻く環境は少しだけ変わった。
結局、私の両親は公文書変造罪で処罰され、父は爵位を剥奪されることになった。今は継母とともに、辺境の地で労働に従事しているそうだ。
ミレシアは地方の小さな教会へ送られることとなり、静かな場所で罪と向き合う日々を過ごしていると風の噂で聞いた。
父の爵位は剥奪されたものの、フランヴェールの家名そのものは残されることになった。
そうして、空いてしまったフランヴェール家当主の座は、父の代わりとして私が引き継ぐことになったのだ。
さらに、前々任者の記録係が保管していた本来の報告書――私がクラウス様を助けた一件と、今までミレシアの代わりとして聖女の活動をしていたことが正しく認められ……。
私は国王陛下により、正式な聖女として任命された。
つまり、今の私は聖女であり伯爵家当主でもある。目が回りそうなほどに忙しい日々だ。
それでも頑張れるのは、クラウス様がそばで手伝ってくれているからだろう。
(……いつか、お父様たちが戻ってきたら)
その時は、少しだけでも言葉を交わせたらいい。
今までの行いを許せるかどうかは別ではあるが、家族としての何かを作り直せたらと願っている。
(……今日という日に、私の家族はいない。けれど、私を想ってくれる人はちゃんといる)
今日は、クラウス様との結婚式が行われる日だ。
クラウス様とは、ずっと籍だけは夫婦だった。
けれど、父の「式は後日改めて話し合う」という発言によって挙式が後回しになり続けていた。
それが今日、ようやく挙げられることになったのだ。
式は、いつもの教会で行われた。
招いたのは、私たちに関わりのあるごく限られた人たちだけだ。
国王陛下と王妃殿下、セリナ、ルイス、そして聖騎士団の騎士たち。
この教会には私以外の聖職者はいないので、神父の代役を国王陛下が務めてくださった。恐れ多いやら、ありがたいやら……。なんだか胸がそわそわしてしまう。
そして今、教会の中庭でブーケトスが行われようとしている。
教会の中庭には、柔らかな光が差し込んでいた。
穏やかに流れる風が、花壇の花々をそっと揺らしている。
私は銀の刺繍が施された純白のドレスに身を包み、ブーケを胸に抱えていた。
クラウス様の琥珀の瞳を思わせる、淡い黄色の花束だ。
私の傍らには、黒のタキシードを着こなしたクラウス様がいる。
「未婚者の方は、男女関係なくどうぞ前へお願いします」
私の声に応じて、聖騎士たちが数人控えめに前へ出てきた。
そして、セリナも少し戸惑いながらその輪に加わる。未婚女性は当然ながら、彼女だけだ。
「いや、せっかくだから参加するけどさ……。私そんな予定ないのよね――」
「まあまあ。とりあえずほら、セリナちゃん、真ん中空いてるよ」
端にいたセリナは、ルイスによって強引に中央へと連れていかれている。
(ぼやきながらも一応参加してくれるのがセリナのいいところよね)
付き合いのいい友人にくすりと笑いながら、私はブーケを抱えたまま背を向ける。
深呼吸を一つして、花束を空へと放った。
ブーケは高く舞い上がり、弧を描く。
そして、花束は真っ直ぐにセリナの腕の中へと収まった。
どうやら騎士たちが妙な気を利かせて、さりげなく身を引いていたらしい。
「……えっ、私?」
セリナがぽかんと目を丸くしていると、すぐそばにいたルイスが笑いながら声をかけていた。
「セリナちゃん、結婚の予定はないんだっけ?」
「……ないけど」
「じゃあ俺とかどう?」
「はぁ!? あんたみたいな女たらし、絶ッ対にお断りよ!」
セリナが真っ赤になりながら、ルイスを睨みつけている。
二人のテンポのいい掛け合いに、周囲には自然と笑いが広がっていた。
少し離れた位置でその様子を眺めながら、私もくすりと微笑んでしまう。
隣にはクラウス様がいて、自分の結婚式を楽しそうに祝ってくれる人たちがいる。
こんなにも幸せを感じられる日が来るなんて、今まで想像すらしていなかった。
ふと、クラウス様の指が私の指先に触れた。
そのまま手を取られ、指先を優しく絡められる。
「……クラウス様、私、とても幸せです」
私はクラウス様の肩にそっと寄り添いながら、呟いた。
「……そうか」
私の言葉にクラウス様は一瞬目を見開く。
それから、満足そうに目元を細めていた。
「……これからもあなたの幸せを……ずっと、隣で守らせてくれ」
言いながら、クラウス様は握っていた私の手を自分の口元へ引き寄せた。
そっと手の甲に、クラウス様の唇が触れる。
「レティノア……。愛している」
それはまるで、先ほど教会で誓った言葉を繰り返すかのように。
クラウス様の飾らない言葉が、私の胸の奥へ深く染み込んでいく。
(クラウス様とならきっと、どんな日々だって乗り越えていける)
「私も……愛しています、クラウス様」
この幸せが、ずっと続けばいい。
目が眩むほどの幸福に包まれながら、私はクラウス様の手を握り返した。
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