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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第5章

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53・白日のもと


 視界が一気に高くなる。

 クラウス様の腕の中にいるのだとようやく実感して、私はほっと息を吐き出した。

 私の体を支えるたくましい腕と伝わる体温に、体の震えが少しずつ収まっていく。

 

「……来て、くれたんですね……クラウス様」


 どうにかそれだけをつぶやくと、クラウス様は私を見下ろして頷いた。

 

「遅くなってしまってすまない」


 (遅くなんてないの。クラウス様は来てくれるって、ずっと信じていた)


 言葉にして伝えたいことがたくさんあった。

 けれど上手く声にならなくて、私はただ首を横に振ることしかできなかった。


 私が呼吸を整えている間にも、クラウス様以外の聖騎士たちは周囲を警戒しつつ、前庭へ広がっていく。

 門番や使用人たちがざわめき、父も継母もミレシアもルーヴェン公爵までも、その異様な気配を感じ取っているのか、表情を強ばらせていた。


「……ほほほ。何をおっしゃいますの? あなたの妻はミレシアでございます。この子はルーヴェン公爵家へ嫁ぐ予定でございますので、お放しくださいな」


 継母の声が、場に走る緊張を切り裂いた。

 対するクラウス様は、微動だにせず継母を見返している。


「ちがうな。俺の妻はただ一人、レティノアだけだ」


 その声は、まるで宣誓のように響いた。

 はっきりと断言してくれたクラウス様に、私の胸がじんと熱くなる。

 

 継母は一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに肩を竦めて笑った。


「残念ね、離婚願いはこちらで出させていただいておりますのでお諦めを」


「……その離婚願い、受理される予定は無いそうだがな」


「はっ?」


 継母と父が、そろって目を瞬かせる。

 呆然とする二人をよそに、クラウス様は私をそっと地へ下ろすと、後ろへ控えていた聖騎士の一人へ預けるように渡した。

 

 クラウス様に代わって私を守るように隣へ立つ聖騎士に、なんだか見覚えがあった。

 よく見れば、先日、クラウス様の執務室へ足を運んだ際に、騎士団寮を案内してくれた若い騎士だ。

 彼は私の視線に気づいたのか、安心させるようににこりと微笑んだ。


「今日はレティノアを返してもらうためだけに来たのではない。別の用事もある」


 クラウス様は言いながら、継母たちを追い詰めるかのように一歩踏み出す。

 

「……王命により、フランヴェール伯爵夫妻、及びミレシア伯爵令嬢を公文書変造罪、身分詐称の容疑者として連行する」


 低いクラウス様の声が前庭に静かに響いた。

 重たい言葉の羅列に、場の空気の緊張感が増していく。


 (……王命……、公文書変造罪……)


 私の胸に広がっていたのは衝撃と「ああ、やっぱりか」という落胆に近いものだった。

 ルイスの話を聞いた時に、もしやと思ってはいた。それでも、どうしてもショックは感じてしまう。


 クラウス様は懐から一枚の書状を取り出すと、ゆっくりと広げて見せた。

 その動作はまるで逃げ道を塞ぐかのようだ。

 

「なっ! 何を理由に! そんな勝手なことが許されると思っているのか!」


 父が声を荒らげる。

 しかしクラウス様は、冷静なまま言葉を返した。


「王命だと言ったはずだ。聖女に関する公文書を変造した罪の容疑がお前たちにかかっている。陛下が大層お怒りだそうだ」


「しょ、証拠はどこにある!」


 父はクラウス様へと怒鳴るように叫ぶ。

 そこへ割り込むように、私の後ろから軽やかな足音が聞こえてきた。


「証拠? 三年前の記録係ならとっくに色々吐いてるよ」


 ルイスだ。

 いつの間にやってきていたのだろう。

 聖騎士の間を縫ってクラウス様の隣へ立ったルイスは、どこか楽しげな様子だった。


「フランヴェール伯爵様に、レティノアちゃんがクラウスを助けた記録をミレシアちゃんが助けたことにしろ、って脅されましたってね」

 

 ルイスの一言に、ざわめきが広がる。使用人たちがみな口を押さえていた。

 

「彼が本来書いていた正しい報告書も、フランヴェール家が彼に報酬として押し付けた小切手も、ぜんぶ押収済み」


 ルイスは肩をすくめて、どこか呆れたように笑っている。

 彼の口調は軽いものの、内容がとんでもなく重い。場の空気がどんどんと沈んでいくのは、私の目にも明らかだった。


「伯爵様~、いっくらミレシアちゃんを聖女にしたかったからって、公文書変造は立派な罪だよ? それに、偽の報告書に書かれていた聖女ミレシアの奇跡が嘘ってことなら、ミレシアちゃんも罪人だな。聖女の名を(かた)って国王陛下までをも(あざむ)いたわけだから」


 言いながら、ルイスは両親の影に隠れていたミレシアへと視線を向ける。

 継母と父は、悔しそうに歯をかみ締めていた。


「……そういうわけで、陛下がお前たちをお呼びだ。同行してもらおう」


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