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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第5章

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49・静かな決意


 フランヴェールの屋敷で朝を迎えるのは三年ぶりだ。

 いつもの習慣で日の出前に目が覚めてしまった私は、明るくなっていく空をぼんやりと眺めていた。


 (頭が重い……)

 

 ベッドの上に積まれていた衣服をどかしてどうにか横にはなったものの、あまり眠ることは出来なかった。

 心は依然冷え込んだままで、息苦しい。


 それでも、どうにかして早いうちに、この屋敷から抜け出さなくてはならない。

 そう考えた矢先、部屋の鍵が開けられて、昨日ぶりに継母が姿を現した。

 

「おはよう、レティノア。離婚願いは書けたかしら?」


 部屋に入ってきた継母は、言いながら私へ乾いたパンを投げて寄こす。

 流石に死なせる気は無いらしい。


 継母は私の様子には興味が無いのか、ちらりと一瞥しただけでつかつかと部屋の中を進んでいく。

 そして、昨日とまったく同じ場所に落ちたままの離婚願いを拾い上げた。


 一目見て、私が記名していないことに気づいたらしい。継母は、鋭く目をつりあげた。

 

「まだ書いていないの!? グズな子ね!」


 苛立ちのまま、継母が近くの棚の上に置かれていた箱を腕ではらい落とす。

 箱が崩れ落ち、どさどさと音を立てて床へ転がっていった。


 (……署名なんてしないわ)


 私は継母と目を合わせずに、窓の外を見ていた。

 これは、今の私にできる精一杯の反抗だ。

 

「あなたが書かないならいいわ、こちらで代筆しておくから。いいわね?」


 (……っ)


 私はぐっと下唇を噛んだ。

 こちらの抵抗が対して応えていない様子なのが悔しい。

 思わず睨みつけると、継母は少し驚いた様子だった。

 私がここまで反抗したことなど、今までなかったからだろうか。

 だがそれはほんの一瞬で、すぐに私を嘲笑うようにはっと鼻で笑った。

 

「生意気な目。そんな目をしても、誰も助けてくれやしないわよ。あんたの味方なんて、誰もいないんだから」


 継母はそれだけを言うと、勢いよく扉を閉めて出ていった。


 部屋が再び静かになる。

 私はほっと息を吐き出した。

 知らず知らずのうちに緊張していたのか、体が強ばっていた。


 (……一人の今、何か出来ることはないか探さないと)


 私は決めたのだ。クラウス様の元へ帰ることを諦めないと。

 重い体を動かし、私は立ち上がる。

 

 あれこれと部屋の中を確認していた、その時だった。

 ふと、窓の外の向こうに、こちらへと向かってくる黒髪が見えた気がした。


「……っ!?」


 慌てて窓に駆け寄って、窓枠を掴んで目をこらす。

 屋敷から街の方向かって伸びる道の先に、白い服を風になびかせながら、真っ直ぐにこちらを目指して歩く黒髪が見えた。

 

 (……クラウス様!?)


 間違いない。クラウス様だ。

 こちらへ近づいてくるごとに、その確信が強くなる。

 

 私は窓枠を握りしめたまま、息を止めていた。

 心臓の音が激しく鳴り響き、うるさいほどだった。


 (……もしかして、私を探しに来てくれたの?)


 もしかしなくてもそうだろう。

 クラウス様はそういう人だ。

 

 突然私がいなくなって、クラウス様が探してくれないわけが無い。

 これは自惚れではなく、クラウス様への信頼だ。

 

 クラウス様の姿は、まるで冷え込んだ私の心に差す一筋の光のように思えた。

 姿を見ただけで、不安と緊張で強ばっていた心がいくらか和らいでいく。


 だが、私の部屋からは玄関先の様子が見えない。

 しばらくして、激しく玄関扉が叩かれる音と、階下からドタバタと足音が聞こえてきた。

 恐らく下で揉めているだろうことは推測できるが、いかんせん何を言っているかが聞こえない。


 歯がゆい思いでさらに待っていると、やがて音が止んだ。窓の向こうに、去っていくクラウス様の姿が見える。


「クラウス様……!」


 (気づいて!)

 

 私は咄嗟に窓を叩いた。

 乾いた音が、部屋の中に響く。


 けれどクラウス様には届いていないのか、振り返ってくれることは無かった。

 白い裾を翻しながら、クラウス様の背がどんどんと遠ざかっていく。


 なんて、私は無力なんだろう。

 窓の上に手を乗せたまま、私はたまらず手のひらを握りしめた。

 

 悔しさで胸が焼けるように熱い。

 私は窓に額を押し付けるようにして目を伏せた。


 (……どうしたら良かった? どうしたら気づいて貰えた?)


 咄嗟とはいえ、窓を叩いたのはきっと間違いじゃない。

 その時ふと、視界の隅に緑が見えた。

 窓の外を改めて見ると、この部屋のすぐ真下に低木の植え込みが広がっている。


 (……ここからなら落ちても怪我で済むかも)


 私はそっと窓を開けて身を乗り出した。

 高さはある。だが、飛び降りられないほどではない。

 昨夜は心が弱りきっていて無理だと思った。けれど今の私には、二階からの脱出が不可能では無いように感じられたのだ。


 (……だけど、今じゃない)


 あの両親はきっと、私が二階から飛び降りるわけがないと思っている。

 だから私をここに閉じ込めたはずだ。

 

 それでも確実に逃げられるように、脱走するタイミングは図らなければならない。


 クラウス様の姿はもう、見えなくなってしまった。今飛び降りたところで、クラウス様と会えるよりも先に使用人に止められるのがオチだろう。屋敷の入口には門番がいるのだから。

 失敗したら、二度とチャンスは訪れない。


 (……今は、我慢しないと)


 クラウス様はきっとまた来てくれる。

 

 (……次に、クラウス様が来たら)


 次にクラウス様の姿が見えた時には、私はここから飛び降りる。



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