47・掴んだ証拠と消えた妻(sideクラウス)
「……いや、まさか前々任者までたらい回しにされるとは思わなかったな」
「……ああ」
夕暮れの中、クラウスたちは教会に戻る道を歩いていた。
朝に教会を出発して最初に訪ねたのは、ルイスの前任――三年前の事件直後に教会の記録係を任されていた人物だった。
だが、彼は三年前の事件には直接関与しておらず、何も知らないという。
クラウスたちは仕方なく、さらにその前の担当者の元へ足を運ぶことになったのだ。
ようやく話を聞き終えた頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
「けどまぁ、お前の威圧感のおかげであっさり証拠も手に入ったしよかったな」
ルイスは手帳に挟んだ紙片へ視線を落とす。
そこには、破り取られた三年前の正しい報告書と、フランヴェール家から前々任者へ送られた未使用の小切手が収められていた。
どちらも、前々任者から証拠として預かったものだ。
先ほどまでの前々任者の様子を思い出して、クラウスはため息をついた。
「……少し俺が見ただけで口を割るなら、はなから隠さねばいいものを」
件の担当者は、ルイスが問い詰める中、隣でクラウスが黙って視線を向けていると、いつの間にか震え上がっていた。
そうして、証拠とともにあっさりすべてを自白したのだ。
――フランヴェール伯爵に脅されて正しい報告書を破棄し書き換えた、と。
「……見た? 睨んで圧をかけたの間違いだろ……」
「そんなことはしていない」
呆れたようにルイスがこちらへ視線を向けてくるが、クラウスからしてみれば非常に心外である。
クラウスとしては、睨んだ覚えも圧をかけた覚えもない。
(そういえば、王国騎士団時代にもよく尋問に駆り出されていたな)
担当でもないのに尋問の場に呼ばれていけば「お前は立っているだけでいいから」と言われて立たされたことをふと思い出した。
(俺の顔はそんなに怖いか……?)
「ま、あとのことは俺に任せな。とりあえずこれを陛下に提出して、もろもろ報告してくるよ。これでレティノアちゃんの立場が少しはマシになるといいな」
「ああ」
そんな会話をしながら教会の門までたどり着く。
だが、聖騎士が慌てた様子で駆け寄ってくるのを見て、クラウスは眉をひそめた。
「く、クラウス団長!! レティノア様が……!」
クラウス、レティノアの名前の聖騎士の様子に、瞬時に警戒する。
「……レティノアがどうした」
「実は――」
聖騎士が言葉を継ごうとしたその瞬間、甲高い声が割り込んできた。
「クラウス様ぁ! おかえりなさいませ! お待ちしておりました!」
声と同時に、少女がクラウスの腕へと飛びついてくる。
目を見張るほど鮮やかな金髪に、クラウスは見覚えがあった。
昨日の式典の帰り道、レティノアと話していた彼女の妹だと、クラウスはすぐに気づく。
しかし、クラウスはあの場で顔を少し合わせただけで、ほぼ初対面に等しい。それなのに、態度があまりにも馴れ馴れしく不自然だ。
クラウスは眉をひそめながら少女を見下ろした。
「……たしか、レティノアの妹の――」
「はい、ミレシア・フランヴェールと申します。以後よろしくお願いしますわ!」
ミレシアはにこりと満面の笑みを浮かべてクラウスを見上げた。
「……以後? どういうことだ」
以後、という言葉に妙な引っかかりを覚えて、クラウスは怪訝な目を向けてしまう。
それになにより、がっしりと掴まれた腕が不快だ。
「これからはお姉様ではなくこのあたしが、クラウス様の妻としてたーっぷり御奉仕してあげる!」
ミレシアは笑顔を浮かべたまま、クラウスの腕へぎゅうと体を押し付けてくる。
「もともとあたしがクラウス様と結婚するはずだったんだもの。これが正しいかたちだわ」
ミレシアの声を聞いていると、なぜだか焦燥感がじわじわと広がっていくようだった。
いてもたってもいられなくなり、クラウスはまとわりついていたミレシアの腕を振りほどいた。
そのまま鉄柵を抜ける。足早に庭を突っ切って、教会の扉を開けた。
礼拝堂はがらんとしていた。聖女像のまわりには、火の消えたキャンドルだけが残っている。
その静けさは、クラウスの不安をさらに煽るようだった。
(レティノア)
焦る気持ちの中、クラウスは礼拝堂を見渡すが、レティノアの姿はどこにもない。
クラウスはそのまま礼拝堂の奥の通路へ足を向けた。
だが、ダイニングにも、レティノアの部屋にも、やはりどこにも姿が見えないのだ。
呆然と立ち尽くしていると、クラウスの後を追ってきたのか、二人分の足音が聞こえてきた。
振り返ればミレシアと……心配してついてきたのかルイスの姿があった。




