40・宣戦布告
両親(主に継母)の鬼気迫る視線を浴びる、というハプニングはあったものの、庭園開放初日は無事に終わりを迎えた。
私とクラウス様は教会へ帰るために、庭園の出入口へ向かって歩いていた。
(疲れたけど……、でも満たされた気分だわ)
あの後も、国王陛下と王妃殿下は、やたら私とクラウス様を褒めて持ち上げていた。特に王妃殿下は私のことを気に入ってくれた様子で、式典が終わったあとに、人の波が落ち着くまでお茶でも飲みませんか、と誘ってくれたのだ。
恐ろしいくらいの高待遇に、若干戸惑ってしまう。
だが、国王夫妻が喜んでいたこと自体は、きっと嘘ではない。
庭園を守る重たい鉄扉を抜けた先の道には、来た時同様に教会の馬車が停められていた。
「聖女殿、足元には気をつけてくれ」
「はい」
クラウス様の声に頷きながら、私は馬車に乗り込む。
教会へ向けて馬車が出発しようとしたその時、視界の端に見覚えのある金髪が映った気がした。
はっと庭園とは反対側の通りへ視線を向ければ、見慣れた姿がある。
まばゆい夕陽に照らされた鮮やかな金髪に、私は信じられない思いで目を見開いてしまった。
「――ミレシア……?」
ミレシアだ。あの金の髪は間違いない。
ミレシアは馬車の窓越しに私の姿をみとめると、にこりと笑って手を振ってきた。
まるで、見送っているかのようだ。
(……いや、何してるのよ、あの子は!)
「お願いです! 馬車を止めてください!」
あまりにもミレシアの態度が自然すぎて固まってしまっていた。
我に返った私は、慌てて御者席の騎士に向かって叫ぶように言った。
「聖女殿?」
クラウス様が私を呼ぶ声が聞こえたものの、私は馬車が止まったと同時に扉を開けて飛び出した。
「ミレシア! あなた今までどこに行っていたの!」
ミレシアの元まで駆け寄り、私は彼女の腕を掴む。
「お姉様。せっかくあたしがお見送りしてあげているのに、わざわざ降りてきたの?」
つい強い語気になってしまったが、ミレシアは気にした様子もなく、口元を笑みの形にしたままだった。
だが、その瞳の奥はまったく笑っていない。
「……お姉様はいいわよね。全部手に入れて、みんなにチヤホヤされて」
あまりにもミレシアの声音が冷たくて、ぞわりと心臓が震えた気がした。
彼女のこんな冷えきった声を初めて聞いた。
いつもは少し子どもっぽくて甘え上手な子だった。
ワガママに声を荒らげることはあれど、こんな声色で話すミレシアは初めてだ。
「なに、言ってるのよ」
ミレシアに言葉を返しながら、私は気づいてしまった。
ミレシアは、怒っている。
そして、何に怒っているのかは定かではないが、その怒りは私へ向いているものだと。
「だって、あたしはひとりぼっちで、何もかも上手くいかないのに、お姉様はあんまりにも幸せそうなんだもの。そんなのってずるいわ」
(……ひとりぼっち?)
ミレシアの言葉に、私は内心首をひねった。
そういえば、ミレシアはアレクシス様とやらのもとへ行ったのではなかったのか。
だが近くにアレクシスらしき姿は見当たらない。この場にいるのはミレシアだけだ。
「でもその聖女の立場も、クラウス様との結婚も、元々はあたしのものだったはずよね? だから、返してもらってもいーい?」
ミレシアは私の腕を強く振り払うと、逆に私の腕を掴んで引き寄せた。瞬き一つせず、口元に笑みを張りつけたまま、私を凝視してくる。
そのミレシアの姿は、先ほどの式典で見た継母の形相を彷彿とさせた。
「何、言って……」
至近距離で見据えられて声が出ない。
返すも何も、そもそもはミレシアが一方的に押し付けてきたもののはずだ。
私がどうにかいい返そうと口を開きかけたそのとき、背後から足音が聞こえてきた。
「聖女殿……!」
クラウス様だ。
私を追いかけてきてくれたらしい。
クラウス様は私へと向かってきながらも、鋭い視線でミレシアを捉えていた。その片手は剣の柄へと添えられている。
ミレシアの視線が、こちらへと走ってくるクラウス様の姿を舐めるように動く。
まるで、品定めでもするかのようだ。
「ふぅん……近くで見ると意外。噂があるから相当怖ーい顔をしていると思ってたけど、想像よりずっとかっこいいわ。ちょっといいなって思っちゃった」
ミレシアはくすくすと笑い、甘く囁くように言う。
「……!」
私は自分の心臓が嫌な風に跳ねるのを感じていた。とても、嫌な予感がする。
「それじゃあね、お姉様。クラウス様、またね」
クラウス様が私たちの元へたどり着く直前に、ミレシアはくるりと踵を返した。
振り返ることもなく、ミレシアの背中が夕暮れの城下へと消えていく。
「……聖女殿、あの女性は」
「…………妹です」
取り残された私は項垂れながら、クラウス様の問いに答えるしかなかった。




