38・賛辞と敵意
(……ん? あれ?)
人混みの中に、見覚えのある華やかな金髪が見えたような気がして、一瞬だけ足を止めてしまった。
(ミレシア……?)
だが、人の波に紛れ、金の髪を見失ってしまう。……私の見間違いだったのだろうか。
「……聖女殿?」
「す、すみません、大丈夫です」
(……金の髪なんて、よくある色だわ。こんなところにいるなら、とっくの昔に見つけられてる)
私の様子に気づいたクラウス様が小さく声をかけてきて、私は慌てて前へと向き直った。
門を抜け、私はクラウス様に導かれるように石畳の敷かれた庭園を進んでいく。
さすがは妃殿下自慢の庭園なだけはある。
園内に咲く花々はどれもみずみずしく咲き誇っており、思わず目を奪われてしまう。
色鮮やかな花びらが青空の下風に揺れるさまは、息を呑むほど美しい。
庭園の中には、招かれた貴族たちが談笑していた。
(……もしかしたら、うちの親もいるかもしれない)
先ほどの金の髪が、まだ私の頭に残っていた。
ミレシアの動向が気になる。彼らが捜索しているはずだが、どうなっているのか問いただしたいところだ。
くるりと視線を巡らせては見たものの、すぐに見つけることは出来なかった。
国王陛下と王妃殿下は、庭園の端にあるガゼボの下にいた。
私は二人の前までたどり着くと、服の裾をひいて頭を下げる。
「国王陛下、王妃殿下。レティノア・フランヴェールでございます。本日は妃殿下の育まれた庭園が穏やかに人々を迎え入れ、無事に開放期間を終えられますよう、祈りを捧げさせていただきます」
「まあまあまあ、ようこそおいでくださいました! よろしくお願いいたしますわね」
妃殿下は扇子で口元を隠しながらも、嬉しそうに微笑みを返してくれた。
その隣で私の姿を見た陛下は、ふむと納得したように頷いている。
「そなたは確か……フランヴェールの姉の方か。なるほどな、あやつらの言う相応の代わりとはそなたであったか」
(……そういえば、お父様が陛下にミレシア失踪の一連を報告するって言っていたものね)
一体どのように報告したのやら。
私に利がない報告をしたのは確かだろうが、陛下はそれを受けて何を思っているのだろう。考えが読めない方だ。
「何度か妹君の影に隠れているのを見かけたことはあるが、直接そなたの力を見るのは初めてだな……。しっかりと務めるように」
「……はい。もちろんでございます」
陛下の言葉通り、今までに参加した式典では、聖女補佐官としてミレシアに付き従う形だった。
とはいえ、いざ祈るような場面になるとミレシアはいつもトンズラするのだが。
立場が補佐官な以上、いくらミレシアが「お姉様任せたわ!」と言おうとも、さすがに式典の場では代わりに祈ることは許されない。いつもは式が終わったあとで一人祈りをささげていた。
(聖女として式典で祈りを捧げるなんて、よく考えたら初めてだわ)
そんなことを考えながら、私はクラウス様とともに庭園の中央へと向かう。
中央は円形に開けており、そこには小さな噴水と聖女像があった。
(……なんだか、教会の聖女像よりも暗く見えるのは気のせいかしら)
晴れ渡る空の下にあるにもかかわらず聖女像の顔つきが、教会のものと比べて暗いように思えた。
気のせいと言われれば、それまでなのだけれど。
(……いけない。そんなことよりも祈らないと……)
周囲の注目が集まるなか、私は気持ちを切り替えて聖女像の前に両膝をついた。
「初代聖女・エルティアナ様……。どうか、この庭園が妃殿下の願いの元、訪れる人々を癒し、安らぎをもたらしますように……聖なるご加護をお与えくださいませ」
指を組みあわせ、静かに目を閉じる。
私が祈りの言葉を終えた一瞬、ぽう、とまぶたの裏で聖女像が輝いたような気がした。
風がふきぬけ空気が変わる。
やんだ後に庭園へ残ったのは、教会に流れるものと似た清浄な空気だった。
立ち上がり聖女像へ視線を戻すと、先ほどよりも顔つきが明るく、微笑んでいるように見えた。だがよくよく見れば、いつもの教会で見る聖女像と変わらない気もする。
(……やっぱりさっき暗い表情をしているような気がしたのは気のせいだったのね)
一拍置いて、周囲の貴族から歓声が上がり、拍手が鳴り響いた。その熱は柵の外にいる人々にまで伝わり、波紋のように広がっていく。
「そなたの祈りが……これほど見事とは思わなんだ……」
ふと気がつけば、国王陛下、王妃殿下が揃って近づいてきていた。
「今まで妹君に隠れて目立たなかったが……。素晴らしい……! 聖女像が輝くところをわしは初めて見た! 先までとは明らかに空気も違う!」
陛下は先ほどとは打って変わり、すっかり興奮しているようだった。
(ええ? 気のせいでしょ?)
一瞬輝いたように思えた聖女像は、もういつも通りにしか見えない。
空気も、教会のものと同じだろう。
先ほどとは違う、と言われても、私には慣れた空気がするような気がするといったレベルのものだ。
何故ここまで国王をはじめとした周囲の人間が感激しているのか、理解できなくてこちらは困惑してしまう。
「これほどまでの聖女を育てていたとは! フランヴェール伯を褒めたたえねば!」
しかし陛下はこちらの困惑に気づいていないのか、早口でそう言うと私の手を握った。
「レティノアといったか。そなたとクラウスほどの騎士がいれば、この国は安泰である! 今後ともこの国で暮らすように!」
「……は、はぁ」
陛下から感じられる妙な熱量に、こちらは戸惑ったままの返答しかできない。
陛下の隣で、王妃はふふと笑みをこぼしていた。
「そうね。それにお二人共、とてもよくお似合いですわ。聖騎士団長も、以前より表情が穏やかになったように思います」
「……っ」
妃殿下の言葉に、顔が赤くなってしまったのが自分でもわかった。
お似合いと言われたことだけではなく、クラウス様の表情が穏やかになった、と言われたことに胸が熱くなったのだ。
私はちらりと隣に立つクラウス様を見上げた。
確かに、中庭で初めて会った時はもっと硬く張り詰めた表情をしていたように思う。それに比べたら、かなり硬さが取れている気がした。
(クラウス様の表情が変わった理由が私にあるなら、嬉しいわ)
「どうした」
「っいいえ……」
視線に気づいたクラウス様が尋ねてきて、私はさっと顔を逸らした。
……逸らした先で、見つけてしまったのだ。
私の両親――フランヴェール伯爵夫妻が、式典の場にふさわしくない表情で、私の方を凝視しているのを。
(……ひっ)
父の方は気まずそうな、それでいてどこか悔しそうな表情で私を見ている。
継母はと言うと、まるで恐ろしい悪魔のような形相をして、私の方をきつく睨んでいた。
(……見なかったことにしたい)
怖すぎる。一種のホラー体験をした気分だ。
私は咄嗟に、明後日の方向へ視線をやった。
さっきまであった胸の熱さは、冷たい視線によってすっかり上書きされてしまっていた。




