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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第3章

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35・湖畔の告白


 城下町の大きな通りを抜けると、人通りは次第に少なくなっていった。ほどなくして、木々に囲まれた湖が見えてくる。

 湖のほとりは、街のざわめきが嘘のように静かなものだった。

 聞こえてくるのは葉擦れの音だけで、透き通るような湖面にはただ緩やかに雲の影が流れている。


 ほとりをゆっくりと歩きながら、私は心が凪いでいくのを感じていた。


 (ここって、こんなに落ち着く場所だったのね)

 

 湖畔の存在自体は知っていた。だが、仕事に追われる日々の中で、自分の用事で外に出られる機会は滅多にない。だから、私が湖畔に来るのはこれが初めてだった。

 目に映る景色がすべて新鮮に感じられる。


 やがて開けた場所へたどり着き、クラウス様は足を止めた。

 ここが目的地だろうか。

 

「クラウス様……。今日はどうして、私を誘ってくださったんですか?」


 真っ直ぐな瞳で水面を見つめているクラウス様へ、私はそっと切り出してみた。

 クラウス様は、水面から私へと視線をうつす。


「……あなたに、伝えたいことがあったんだ」


「伝えたいこと?」

 

「……先日、ルイスに諭された。誰が聖女殿を幸せにするんだ、お前しかいないだろ、と」


「……クラウス、様?」

 

 私がクラウス様の名前を呼んだ瞬間、さああと強い風が吹いた。

 思わず風になびく髪を押さえる。視線を戻すと、彼は私の足元へ跪いていた。


 (……っ!?)


 さすがは騎士と言ったところだろうか。

 片膝をついて頭を垂れる様が、絵になるほど美しい。

 完璧すぎるその所作につい見とれてしまった。だが、葉擦れの音が聞こえてきてすぐに我に返る。

 私は慌ててクラウス様へ声をかけた。


「く、クラウス様、立ってください……!」


「いや、このままでいい」


 クラウス様は短く首を振っただけで、立ち上がる様子を見せない。

 なぜ、クラウス様は私に跪いているのだろう。混乱しすぎて、私は意味もなく手をさ迷わせてしまう。


「……まずは、非礼を詫びさせてくれ」

 

 聞こえてきた声があまりにも真剣で、私はぴたりと動きを止めた。

 

「俺は……結婚をしたというのに、あなたにはっきりと想いを伝えていなかった。それは、あなたに負担をかけたくなかったというのもあるが……。結局は、ただの俺のエゴだ」


 クラウス様は、私に何を伝えようとしているのだろう。

 胸の奥で鳴る心臓の音がやけに速くなっているような気がして、私は胸元をぎゅっと押さえる。

 クラウス様はゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐに私を見つめた。

 

「……俺は、あなたを幸せにしたいと思っている」


 (……っ)


 真っ直ぐな言葉と真剣な瞳を向けられて、呼吸が止まるかと思った。

 驚きすぎて、うまく息が吸えない。

 胸の奥から熱いものが溢れて、全身に広がっていく。


「あなたに命を救われたあの日から、ずっとそばにいくことだけを考えてきた」


 命を救われた、という言葉に一瞬心がざわついた。それは本当に私だろうか。疑念が脳裏をよぎる。

 だけれど、言葉はでてこなかった。クラウス様の嘘のない真っ直ぐな瞳から目がそらせないのだ。

 

「あの日から、俺のすべてはあなたのものだ。あなたが触れるなといえば触れないし、話しかけるなといえば黙っている。ただ……一番近くで、あなたを守ることだけは許してほしい」


 (……もしかしてクラウス様が「私に触れるつもりはない」って言ったのって――)


 クラウス様の言葉に、思い当たる節があった。

 クラウス様が教会へ暮らすことになったあの日に言い放たれた、「俺はあなたに触れるつもりはない」という言葉。

 あれは、私を女として見られない、というような意味ではなく、私へ配慮した結果ということだろうか……?

 けれど、次に放たれたクラウス様のたった一言で私の考えはすべて霧散してしまった。

 

「俺は、あなたのことが――心の底から好きなんだ」


「!?!?」


 (クラウス様が、私のことを好き……?)

 

 頭の中が真っ白になってしまって、何も考えられなくなる。

 心臓も、顔も、指先も、全身の血すべてが沸騰してしまったかのように熱くてたまらない。


 それでも、私は懸命に頭を働かせた。

 クラウス様は、真剣に想いを伝えてくれている。

 それ自体はとても嬉しいことだ。手放しで喜べたら、どんなによかったことだろう。

 しかし私たちの間には問題が多すぎるのだ。


「あ、あの……!」


「……返事も、無理に考えなくていい。俺ごときが、あなたの心を煩わせるつもりはない」


「ち、違います、そうではなくて……!」


 クラウス様の言葉を遮ると、私は一度息を吐いた。


「クラウス様のお気持ちは、とても……とても嬉しいんです」

 

 クラウス様を助けたのは、私なのか、ミレシアなのか。

 これだけは、必ず今この場で、確認しなくてはならない。ここで尋ねないと、クラウス様を騙すことになってしまう。

 けれど、いざ口に出そうとすると体が震えた。


 それでも、意を決して言葉を続ける。


「でもそれは……、本当に私ですか? 私じゃなくて妹――ミレシアに向けられたものではありませんか?」




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