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偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。  作者: 雨宮羽那
第3章

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28・聖騎士団長の親友(仮)


 銀髪の青年は私の姿が視界に入っていないのか、クラウス様へ歩み寄ると親しげな様子で肩に腕を回した。

 

「相変わらず、小難しい顔をしてるなぁ。ようやく念願の聖騎士団長になったわけだろ? もっと景気のいい晴れやかな顔をしてくれよ」


 晴れやかな顔をしているのは、どちらかといえばこの青年の方だろう。

 透き通った青空のような瞳が、彼の爽やかさをより際立たせている。

 青年は言いながら、クラウス様の肩をばんばんと叩いていた。

 かなり容赦のない力で叩かれているようで、クラウス様は眉間に皺を寄せている。見るからに不愉快そうだ。

 

「……あの」


 私は一体どうしたものやら。

 恐る恐る声をかけると、銀髪の青年は私の存在に気づいたようだった。ぱちりと青い瞳を瞬かせている。……なんだか芝居がかっていてわざとらしい。


「おや、君は……。もしやレティノア・フランヴェール?」


「え、あ、はい」


 突然フルネームで呼ばれたものだから、すっかり虚をつかれてしまった。

 青年は興味深そうな様子で、私のことを見ている。


「確か、フランヴェール伯と……、フランヴェールの遠縁で聖女の能力を持つお母上の間に生まれた娘だっけ? なかなかのサラブレッドだ」


 確かに、私は彼の言う通り、聖女の家系の正統な後継者であるフランヴェール伯と、その遠縁にあたりながらも聖女の力を持って生まれた母との間に生まれた。

 彼ら二人の結婚は、私の祖父によって無理やり決められたものだったと聞いている。

 だが、祖父は既に亡くなり、父は母亡き後すぐに再婚したので、今ではその事情を知る人間はほんのひと握りしかいない。


 (どうしてこの人、お母様のことを知ってるの?)


 私の疑問は顔に出てしまっていたらしい。私の様子に気づいたルイスは、眉を一つあげて少しだけ口元を緩めた。


「ああ、警戒しないでくれ。職業柄、ちょっと君のことを調べさせてもらっただけさ。ごめんね」


「……職業柄?」

 

「はじめまして、俺はルイス・フィンレイ。気軽にルイスって呼んでくれ。城で教会の記録係を担当している、しがない文官さ。以後お見知り置きを」


 (教会の記録係……。確か、公的な報告書を作る人だったはず)


 つまり彼は、教会側が城へ提出した報告を整理し、正式な文書としてまとめてくれているということか。

 

 ルイスは舞台役者か何かのように、胸に手を当てると私に向かって頭を下げた。

 そのまま私の片手をそっと取り、手の甲にキスをするかのように、軽く持ち上げて自身の口元へ運んでいく。

 唇が私の手の甲に触れる寸前、ルイスは動きを止めた。見れば彼はぱちりとウインクをしていた。


「……何をしに来た。ルイス」


 低い声が割り込んできて、私ははっとする。すっかりルイスの調子に流されていた。

 顔を上げると、クラウス様はさらに不機嫌そうな様子だった。

 腕を組み、ルイスを見下ろすような冷えた視線を向けている。


「ちょっと野暮用でね。……ってそんな睨むなよ。ただの挨拶じゃないか」


「……聖女殿の許可も得ずに触るな」


 クラウス様は低く呻くような声で言った。クラウス様の底冷えするような威圧感がルイスに向けられている。だが、ルイス本人はまるで気づいていないようだ。平然としている。

 そしてクラウス様の発言に何やらピンときたようで、にやりと目を細めた。

 

「! はっはーん、なるほどね〜。さてはお前、レティノアちゃんに挨拶のキスすらしたことないな? 俺に嫉妬してるんだろう?」


「……ぐっ」


 クラウス様は何やら苦しげに胸を押さえた。……図星だったのだろうか。


 (まぁ、嫉妬云々はともかく。挨拶のキスなんて、クラウス様からされたことないものね)


 そもそもこの人は、私と一緒に住むことになったその日に、「俺はあなたに触れるつもりはない」と宣言した人だ。


 (……なんだか、悔しいわ)


 それはつまり、私には女としての魅力がないということで――。

 改めて考えると、やはりグサリとくるものがある。

 

「レティノアちゃん、こいつむっつりなだけだから気にしないでね」


「むっつ……?」


「おい! 聖女殿に余計なことを吹き込むな!!」


 聞きなれないルイスの言葉に戸惑っていると、クラウス様が見たこともないくらい怒っていた。

 今にも掴みかかりそうな勢いでルイスへ叫んでいるが、ルイスは何処吹く風。肩を竦めて笑っている。


「なんだよ、釣れないな。俺たち親友だろ?」


「断じて違う!」


「いやー、レティノアちゃん、よくこんな堅物と結婚したね。満足してる? 俺でよければ話聞くよ?」


「は、はぁ……」


 正直嵐のような会話の流れに私はついていけていない。

 曖昧な返事をする私の代わりに、クラウス様が割り込んだ。


「わざわざ俺の目の前で聖女殿に粉をかけるな。お前いつか本当に刺されるぞ。この間も恋人のいる令嬢を誘ったとかで、相手の男とトラブルになっていただろう」


「ああ、あれは彼女に恋人がいるなんて知らなかったんだよ。俺はただ、美しい女性に声をかけただけ、不可抗力さ」


 (なんだか、すごい人ね……)


 明るく爽やかで、おそらく女癖があまり良くなさそうだ。あとトラブルも多そう。悪い人ではなさそうだが……。


 明らかにクラウス様とはタイプが違うが、これでも気はあっているのだろう。……多分。

 二人はその後も、私をそっちのけで言い合いをしていた。あまりの騒々しさに、頃合いを見計らって私はそっとその場を後にすることにした。

 

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