24・親友は気にかける
「それでは聖女殿。俺は一度騎士団寮へ向かうが、何かあれば遠慮なく呼んでくれ」
「はい。お気をつけて」
巡礼訪問が終わって、数日がたった。
私とクラウス様の関係は、表面上巡礼訪問前と変わっていない……ように思えた。
朝、私が身支度を整え、祈りを捧げている頃に、クラウス様が一度教会へ戻ってくる。
そして、私の祈りを見届けた後に、今のように一度騎士団寮へと向かっていく。その後は日によってまちまちだ。教会周辺の見回りをしている日もあれば、夜まで姿を見せない日もある。
巡礼訪問でクラウス様と出かけた効果だろうか。同居始めたばかりの頃よりは、クラウス様と会話が続くようになった。
だがそれは、クラウス様への想いに気づいてしまった私にとっては、残酷すぎる日常だった。
(……ほんとやってらんないわよ。人生ってつらい……)
政略的な結婚をした相手に、仄かな恋心を抱いてしまった。
そう言葉にすると、なんだか甘く聞こえなくもない。なんなら、もうすでにゴールインしているわけだから、幸せそうに聞こえる。
しかし実情はというと、結婚は一時的なものであり、離婚させられる可能性が高く、おまけに夫は私の妹のことが好きかもしれない、ときた。
(初代聖女・エルティアナ様、私何か悪いことをしましたか? 毎日あなたに祈りを捧げてるんですけど? なんですか、この仕打ち。まだ祈りが足りないって言うんですか?)
いつもは敬意を持って祈りを捧げている相手にすら絡んでしまうくらい、私はすっかりやさぐれていた。
なぜよりにもよって、他に好きな相手がいるであろう人に恋心なんてものを抱いてしまったのか。
しかもこちらは初恋だ。ハードルが高すぎるにもほどがある。
「はぁ…………」
クラウス様が出ていき一人になった教会で、私は盛大なため息を吐き出した。とりあえず掃除を始めようと、物置からほうきを取り出す。
今日は外での仕事はなく、一日中教会での仕事の予定だった。
掃除に、溜まっている報告書の作成に、訪問者があればその対応。
聖女と聖女補佐の業務だけでも忙しいのに、クラウス様の悩みまで追加されたものだからやさぐれずにはいられない。
誰もいない礼拝堂に、床をはくほうきの音と私のため息だけが落ちていく。その時、
「レティノアー、いるー? 追加で依頼したいことができたから持ってきたんだけど――」
入口の扉が開いて、明るい声が飛びこんできた。
「セリナ」
見慣れた私の親友、セリナだ。基本は月に二度の訪問なのに、今月は三度目。なかなかに珍しい。
セリナは礼拝堂周辺の掃き掃除をしていた私を見つけた瞬間、ぎょっと目を見開いた。
「ってうわ! あんた、なんでそんな辛気臭い顔してるの!?」
「……辛気臭いとは失礼ね」
私はそんなに酷い顔をしていたのだろうか。
掃除する手を止め、私はほうきを片手にセリナへ近づく。
「それで、追加の依頼ってなに?」
セリナは私の様子を気にしつつも、依頼の方が先だと考えたのだろう。依頼書をこちらに差し出しながら口を開いた。
「王城の隣にある王宮庭園を知ってるわよね?」
「ええ。妃殿下が作られている庭園よね?」
ここから少し離れたところに、王城がある。その隣の敷地に、王妃殿下が自ら育てられている庭園があるのは、セレノレア国民なら誰でも知っていることだ。
「そう。それがようやく完成したみたいで、王妃様がしばらく一般開放するって言い出してさ。で、何事もなく開放期間が終わるように、初日の式典であんたに祈りを捧げて欲しいんだって」
「……わかったわ」
「まぁ、また日にちが確定したら追って連絡に来るわ」
庭が完成したのはめでたいが、こちらは仕事が増えて複雑な気分だ。
(……あの子は、今どこにいるんだろう)
ふと私の頭に、ミレシアのことがよぎった。
彼女がいなくなってから、既にそれなりの日数がたっている。
散々仕事を押し付けられて迷惑は被っているが、それでもミレシアは私の妹だ。すぐ見つかるだろうと思っていないのに、こんなにまで見つからないなんて。恋人のアレクシス様とやらが一緒にいてくれているのかもしれないが、さすがに安否が心配だ。
(ミレシアがいたら、「式典だけは参加するわ! お祈りとかはお姉様の担当ね!」とかなんだか言いそうだわ)
心配をかき消すためにいつものミレシアを脳裏に思い浮かべたものの、仕事を押し付けてくるさましか想像できなかったのは日頃の行いというやつか。
ミレシアは聖女の仕事をまともにしないくせに、外からどう見られるかは常に気にしていたように思う。一度も祈らないのに毎朝教会へ顔を出すし、式典などは必ず参加だけはする。
(――それでも、クラウス様はミレシアのことが大切、なのよね?)
なんだか悔しいやら悲しいやら心配やらで、感情がぐちゃぐちゃだった。
「……あんた、ほんとに大丈夫? なんかあった?」
セリナは黙り込んでしまった私の様子を見て、心配そうに顔を覗き込んできた。




