エピローグ 彼方より響く声に
不意に、朝日が差して、私は目覚めた。寝ぼけ眼のまま体を起こすと、ぼんやりとした明るさが、目覚まし時計の針を照らしていた。
「……六時かぁ。ちょっと早かった、かな」
ケータイも確認すると、前川さんから一件、岡田君から一件メールが入っていた。でも、件名はどっちも同じだ。「覚えてる?」。
内容を流し見て、二人に「分かってるよ」の件名でメールを一斉送信して、ベッドから降りた。考えてみれば、もう五年になる。早いものだなぁ、とまるで他人事のように思った。
とりあえず一階に下りて、朝ごはんを食べる。食パンにバターを塗って焼いただけの簡素なものだけど、別にいい。元々、そこまで大食らいでもない。それに今日は大事な日だから、万が一にも遅れたら大変だ。
服を着替えて、ちょっとだけ化粧もした。あんまり変わらない気もするけど、まぁ、皆から見ると変わっているのかな? 鏡の前でくるりと一回転。うん、いい感じ。
「あ、これ……ふふ、懐かしいな」
この格好、最後に銀二君と会った時と一緒だ。本当に懐かしくて、涙が出そうになった。
彼が地球を飛び出して、あのおっきなうねうねした目玉の怪物みたいなの――ニーズヘッグと言ったらしい――を引きずってはるか私達の知らない場所、外宇宙まで引きずって行ってしまった日から、もう五年。
ニーズヘッグが地球を襲って、魔法の事が公になったあの事件が、東京大変動って呼ばれるようになったのは、四年ぐらい前。
流石に魔法使い連盟の総力でも、何万という人々が見た、煌々と輝いて空を"彼"を無かった事には出来なかったみたいで、結局魔法の存在は世界中に知れ渡った。
凄いよね、魔法使いの皆は、特例公務員って扱いになったみたい。私もだ。
「うん。……行かなきゃね」
朝の天気予報を見終わった私は、そそくさと家を後にした。今日は仕事は……つまり、悪魔の退治は、お休みだ。魔法使いの数が凄く増えたから、銀二君がいたころより休みの類は増えている。
私の行く先は、銀二君の家。つまり、上谷家だ。銀二君のお父さんとお母さんが住んでいる。一年周期で、皆で会いに行く。銀二君の話とか、まだ帰ってこないだとか、そんな話をするのだ。でも、今日は私一人だけ。二人はちょっと忙しいらしい。
こんこん、とドアをノックすると、そう時間もかからずにドアが開いた。出てきたのは、ちょっと釣り目気味な、「出来る人」という雰囲気のする女性。銀二君のお母さんである、波恵さんだ。お父さんの方は、多分仕事中、かな。
釣り目の所は凄く銀二君に似ている。たぶんお母さんの方から遺伝したんだろう。
「あら、玲奈ちゃん。今年も来てくれたのね。元気そうで良かったわ」
「はい、おかげさまで。波恵さんも、無理はされてないようで、何よりです」
銀二君が居なくなって色々な事情を知って、一時期放心状態だった。でも、何とか立ち直って、銀二君を待つようになった。
何も手に付かない日もある、と笑って言われた事もある。たまに寂しくなって、誰かに居てほしい日もあると。
「もう、五年ですね」
そういった私の言葉に、波恵さんは俯いた。
「そう……ね。もう、五年になるのね。……はぁ、すっかりおばちゃんになっちゃったわ」
「そ、そんな事無いですよ! まだまだお若いです!」
実際、放心時は数段老けているように見えた波恵さんも、元通りに――見た目だけ――若返っている。四十代とは思えないぐらいだ。
最近はエクササイズに通っていたりもするとか。何というか、本格的に若返ろうとしている様にしか見えない。前聞いたら、「帰って来た時に変わり果ててたら、あの子がびっくりするでしょ?」と返されて、納得したのを思い出す。
「あらそう? ふふ、うれしいわね」
口元を軽く隠しながら、波恵さんは悪戯っぽくいった。何か、こういう女性に憧れていると岡田君に言ったら、「やめとけ」、といわれた。なんでだろう。
「あの子はほんと、こんなかわいい子放って、何時まで帰ってこないつもりなのかしら」
今度は私が俯く番だった。
宇宙は毎日観測されて、万が一宇宙から彼が帰って来た時、どうとでも対応出来る様にセリンテのお爺さんが配慮してくれている。でも、五年たった今でも、彼の背中しか見えず、それも何光年と離れた場所からちらついているだけだ。
いまどうしているのかも分からないから、彼が何時帰ってくるかも、分からない。
「まぁ、きっと帰ってくるでしょうけどね。」
私が俯いていると、波恵さんが不意にそういった。私は顔を上げて、その顔をじっと見つめた。
「……銀二はね。不義理とか、無責任とか、そういう言葉が嫌いなの。皆を待たせてるから、きっと戻ってくるわよ」
彼が魔法使いだと判明してから、いろんな事が起こった。起こりすぎた。
学校が襲われて。私が、魔法使いになったり。地球が滅亡しそうになったり。かと思えば彼が龍になってうねうねしたお化けをつれてどっかいったり。
私は波恵さんと話し終わった帰り道、不意に空を見た。今日は雲一つ無い、からっとした日だ。太陽が輝いてる。あの日落ちてきたニーズヘッグの影も無い。彼の姿も。
うん。行かなきゃ。彼が帰ってきた時に、また戦わせなきゃいけないのは、嫌だ。今日は休みのはずだったけど、私は二人に連絡を入れて、武器をとりに戻ることにした。走り出した私は、太陽の横に、別の発光体があるのに気づかなかった。
――ザ、ザザザザザザ……。
壊れかけで放置されたラジオから、ノイズが発生し始める。存在しないはずの周波数から、その微かな声を受け取っているのだ。
そのラジオから、酷くか細く平坦な声が流れ始める。嘆願の様にも聞こえるそれは、誰にともなく呟かれた独り言のようであった。
――貴方に、この声は届いていますか?
――俺は、"何か"守る事ができたんでしょうか?
――俺は、そろそろ帰ってきます。
彼方より響く声に、感極まったように、誰かの返事が聞こえた。
「……お帰りなさイ」
その声の主が誰だったのか。遥か彼方に居る"彼"に届いたのか。
――それこそ、神のみぞ知る、と言う物なのだろう。
これにて拙作、"彼方より響く声に"は完結となります。
反省点と失敗点に塗れたこの作品を、最後までお読みいただき、ありがとうございました。そして、駄作にお時間をとらせてしまい、申し訳ありません。
この作品が完結したら、削除してしまおうか、とも少し考えました。改めて見返してみると、お見せするのもはずかしいものばかりで、本当に消してしまおうかとまだ考えています。
ですが、自分がこういう点で失敗したのだと言うことを形として残しておくため、"彼方より響く声に"は、小説家になろう廃棄物デブリとして、宙を漂わせる事にします。
様々な教訓を胸に、この作品の締めとさせていただきます。
長い間このうだうだと鬱陶しい作品にお付き合いいただき、真にありがとうございました。
それでは。




