表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
66/67

第六十四話 ずっと良い物を知っている

今回は三千文字です。

「そんな……馬鹿な」


 熱い。


 体の奥底から、尽きないマグマが次々と生まれてきているかのような、そんな熱さ。それが、魔力不足で消し飛びそうになっていた体と思考を繋ぎ止め、炎が再び俺を形取る。熱い、熱い!


「体を構成していた魔力は、再構築不能なまでに消し飛ばしたはず。何故だ、何故!?」


 体が燃える。炎の体が、更に燃えている。


 俺を死なせまいとする強い何かが、俺の心の――否。俺の存在の奥底で激しく渦巻き、燃え上がっているのだ。心が、暖かい。魂が、張り裂けるような痛みと、熱さを訴えている。


 何だろう、これは。刻一刻と体が熱く燃え上がり、その度に何もかもが色鮮やかに、輝いて見える。そう、言うなればそれは、エレインへの。そして、俺の大事な世界への。


「『愛、か』」

「ふざけたことを抜かすな……! 殺す! お前は僕が、此処で殺す!」


 そんな怒号と共に、ニーズヘッグから無数の刃が飛来した。先ほど戦っていた時の様に、刀ではない。魔力を分解する力を秘めた黒い霧でできたような刃だ。先程とは段違いの高密度であった。


 その場から飛びのいて交わすと同時、やや斜め後ろ方向へ飛行。追撃の刃をかわして、上昇し、大きく弧を描きながら、ニーズヘッグに接近した。瞬き一度ほどの時間すら経っていない。


 防御の為か、その場に展開された黒い半球。俺はそれを意にも介さず、一息に喉元へとエネルギーを集中させる。先ほど吐いたレーザーと同じ出力になり、爆発しそうなそれを、更に高熱の膜で押さえつける。


 危険を察したのか、真っ黒な球体からいくつも刃が飛び出した。物理的、魔法的は様々であったが、俺自身の熱で物理的な刃は溶かし、魔法的な刃は須らく槍で打ち落とした。


 更にエネルギーを集中させ、喉元が真っ白に発光しだすまでエネルギーを収束させる。限界が近づいてきたそれを、黒い球体に向けて吐き出す。


 光線となって吐き出されたそれは、黒い球体に一瞬のうちに命中――爆裂。




 空間がピシリと歪み、砕けた。セリンテの作り出した異空間が、太陽か、太陽を越える熱量に耐え切れなかったらしい。瞬間、俺の視界はビル街に戻っていた俺は即座に周囲へ熱が拡散するのを遮断する。下手をすると、ビル街が崩壊しかねない。


「銀二! お前、その姿は……!?」


 ショーンが困惑した様に言った。俺はその声に反応を示さず、上を見上げた。


 神話の怪物がそう易々と死ぬものか。精神が肉体に戻ったと考えて問題ないだろう。現に、遥か上空へ迫る、竜というにはあまりにいびつな触手の塊の中から目が、今まさに見開かれた。


 充血した目は縦長で、金色の眼光を余す事なく放ちまくっている。今にもレーザーでも放って来そうな勢いだ。飛んできたら、撃ち落すが。


「……そんな。失敗したとでも、言うのか」


 セリンテが、絶望したように空を見上げて呟いた。その顔は蒼白で、初老といった具合だった顔を、より老けさせていた。


 そもそも、ニーズヘッグが生き残ってしまった時点で、魔法使い連盟側の敗北――正確には、戦術的敗北は確定している様な物だ。今空を見上げて硬直している連中の事もわかろうという物だ。


 とはいっても、空ばかり見て呆けていないでほしい。先程から「隙あり」とばかりに襲い掛かっている悪魔を始末するのも面倒だ。とはいっても、少しばかり熱を放出するだけで溶けるので、そこまでの苦労ではないが。


 元々の、精神体を完全に消し飛ばし、残る肉体を結界で押さえて全火力でもって跡形もなく吹き飛ばすというのはもはや実行できないだろう。


 肉体に精神が戻った以上、魔力を消し飛ばす黒い霧などの魔法への対抗手段も使えるだろう。そう考えれば、魔法しか消し飛ばす方法のない魔法使いは、いささか不利にすぎる。


 まるで嘲笑うかのように、ニーズヘッグが振動した。


「人類は……地球は、終わってしまうのか……?」

「『いいや。終わらせなどしない』」


 誰かが呟いた諦めの言葉を、俺は否定した。そうだ。まだ終わらせない。続く限り続けさせる。


 家族がいる。ちょっとした友人達がいる。不器用でも、何かしてくれようとした大人がいる。そして、生きてと願ってくれたエレインがいる。


「『俺が、終わらせなどさせない』」


 今の俺なら、いける筈だ。ふうっ、と息を吸い込むように動いてから、俺はセリンテに話しかけた。


「『セリンテ連盟長。俺がやる。市民を避難させておけ』」


 セリンテが俺の方をハッとしたように見た。燃え盛る俺の体がまた一段と白くなり、だんだんと大きくなる。猶予はない。


 人の形を保つのも無理なほど、今の俺の体に秘められたエネルギーが大きくなっている。そう遠くないうちに、俺は人の形を失って、エルシェイランの元々の姿になるんだろう。俺は、セリンテの目をじっと見返した。


「銀二、お前……!?」


 俺は返答を待たずに、周囲の魔力を強引に吸い込み始めた。もともと膨れ上がっていた俺の体が、人の形を失ってゆく。いや、元の姿を取り戻すといった方が、近いのかもしれないな。


 元々、化け物みたいな俺だからなァ。


 体が流動する。再び、凄まじい熱が俺の体の中を満たして行く。


 しかし今度は、まるで満たされて行く様な熱さだ。体の底から湧き上がってくる感情を、筆舌には尽くしがたい。怒りの様な、悲しみのような、勇気の様な、恐れのような。


 俺の体を形作る炎が、ぶわりと膨張を開始する。俺だった物は、もっと別の何かの様に成る。一息に大きくなった俺は、ビルを超え、夜天を切り裂くような閃光と変わっても尚も巨大化を続け、跳躍。


 いや、飛行、といった方がいいか。スカイツリーよりもはるか高く飛翔した俺は、空中で蛇の様にとぐろを巻いた。


「ル、オオオオ――」


 龍だ。いわゆる、中華的、日本的な蛇のような形の龍だ。俺は今、鱗一枚一枚が白く輝く龍になっている。大きさは、俺自身の体が邪魔で見えないが、東京全体を囲めるぐらいだろう。


 視界は完全に四つに分かれ、それぞれが互い違いに動いて、しかし視界ははっきりとしている。


「銀二、行くな!」


 セリンテが叫んでいるのが遠く聞こえる。そうか、軽く六百メートルは上空だもんな。


「『セリンテ連盟長』」


 俺は最後にこれだけ言っておこうと、セリンテを見つめた。セリンテも空を向いて、俺の目を見た。


「『エレインが起きた時、伝えてくれると、助かる』」


 言うが早いか、俺は上空へ向けて加速をはじめた。進行方向には、ニーズヘッグが驚いた様な雰囲気をしながら、俺が来る方へと黒い霧の壁を展開した。


 音速の壁を何百何千と引き裂いて、俺はその壁を一瞬と経たぬうちに突破した。そして、輝く体をしならせて、鞭のようにニーズヘッグに絡みついた。


「くそ、またやり直しになるのか! こんなに入念に努力したのに!」

「『やり直しなどさせん。お前はここで、俺に吸収されるんだ』」


 俺の言葉に、ニーズヘッグが一瞬硬直した。その隙を逃さず、体を拘束したまま、一気に外宇宙に向かって飛び出す。


「何故、何故だ! 君だってこの世界は辛かっただろう!」


 ニーズヘッグが必死に身をよじり触手を唸らせて叫んだ。


「『そうだな。辛かったし、自分の馬鹿馬鹿しさは殴りたくなるぐらいには色々あった。……でも、俺の独り善がりより、世界の破滅より、ずっと良い物を知っているからな』」




 瞬間、黒い歪んだ竜から発された軋む様な絶叫が地球へと降りかかった。浴びせかけられた声は地球全土をほぼ覆い、東京の明け方まで響き続けた。


 それは、慟哭で、絶叫で、激怒で、恐慌の叫びだ。


 しかしそれも、ゆっくりと小さくなって……そして、消えた。

エピローグは本日中か明日には書き上げて投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ