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彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
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第六十三話 まだ、負ける訳には行かないんだったな

一話更新です。

申し訳ない。

 暗い。


 ぬるま湯に漬かっているかのような暖かさの中で、俺は浮遊感に身を任せて暗闇を見つめている。


 ――俺は、死んだのだろうか? もしくは、ニーズヘッグの中に取り込まれ様としているのだろうか。


 とにかくわかる事は、思考以外には何もできないこと。目を開く事はできないし、全身がまったく動かない。束縛されているような感覚もなく、脱力の極みにいるような、そんな状態だ。


 意識が消えかけているのは分かる。ゆっくりと、思考領域が狭まっているのを感じるから。死の間際は色々なものがスローリーになって、走馬灯が見えるという。


 だが、俺の視界に走馬灯の類は見えない。もう人間ではないからだろうか。それとも、俺自身走馬灯に見るような事はないと思っているのだろうか。


 ふわり。果てのない深淵の先に、何かもやもやとした物が見えた。それはゆっくりと形を変えて、俺の知っている人物へと姿を変えた。


 ――玲奈、岡田、前川。クラスの中心角で、優等生。人間だった俺と知り合いだった奴ら。


 三人はどうしているだろうか。今、凄まじい数の下級悪魔があふれかえる中、必死に戦っている筈だ。まだ生きているだろうか。


 玲奈は、口の悪い俺に対して、よく付き合ってくれた。岡田は、妙な関係ながら、やはり俺と話してくれる辺り、根は悪い奴じゃない。


 前川は――忘れていたことが、ただ申し訳ない。そして、心配してくれていたのに、最後の最後まで謝れず、どうしようもなくもやもやとする。魔法についての才覚はありそうだから、魔法使いとしては一流になれるかもしれない。


 三人とも、何だかんだいって、心配だ。素質はあるだろうから、俺よりも強くなる事は間違いない。奴らの誰かが"宇宙(かなた)への呼びかけ"を覚えない事を祈るばかりだ。


 すむ世界が違った。頭の良さも違ったし、そもそも魔法使いと一般人という、大きな差があった。すむ世界が違うと言って、羨ましくて避けているのを誤魔化していたのかもしれない。


 不意に、薄ぼんやりとしたその姿が掻き消え、変わりに別の姿が浮かぶ。


 あれは、魔法使い連盟の者たちだろうか。みな一様に輪郭はぼやけ、定まらない。それはたぶん、俺が完全にその顔を覚える事をしなかったからだろう。協力は苦手で、会話はもっと苦手だった。


 そんな中で、唯一輪郭のぼやけていない者もいる。セリンテの爺だ。


 随分迷惑をかけたと思う。戦ってばかりの俺は、周りを見る様な余裕もなかった。きっと、何度も警告をしてくれていたのだろう。でも俺は、それを汲み取ろうともしなかった。結果、ここ一ヶ月その類を受け取っていない。


 思えば婆様に、面倒を見てくれと頼まれたのかもしれない。


 何時までも日本にいる訳にもいかないだろうから、頻度は少なめだった。爺、爺と呼ばず、セリンテ連盟長と一度でも言ってやった方が良かっただろうか。今は、もうどうでもいいことか。


 また、姿が薄れる。


 次に形どられたのは、俺の家族。父、健治(けんじ)。母、波恵(なみえ)。兄、(はじめ)。姉、(みなと)。ここ最近は、あまり話さなかった。心残りばかりだ。


 生み、育ててくれた両親を。自分よりも早く生まれ、自分の夢を諦めようとはしなかった兄弟を。諸々を置いて先に死ぬ事が、どれだけ不孝か。


 まだ、生んでくれてありがとう、も。家族でよかった、も。何一つ言っていない。仕事ばかりであまり会えなかった両親に、俺なんかの為に働いて、学校に通わせてくれてありがとう、と。夢を追い求めた兄弟達に、これからも頑張ってくれ、と。


 なぜ、感謝が言えなかったのだろう。俺が魔法使いだということを、何故伝えられなかったのだろう。


 変化が怖くて、それらを口にできなかった、俺のせいだろうか。存在価値の在り処を、ありえない所に求めたせいだろうか。分からない。取り返しのつかないところ――最後まで、結局わかりはしなかった。


 伝えられるなら、感謝を伝えたい。こんなどうしようもない俺の家族であってくれてありがとうと、何度だって伝えたい。


 僅かに動いた俺の腕が、家族の影へと伸びて――その瞬間、俺の家族の姿は掻き消えた。


 伸びた手の、力が抜ける。


 そうだ。きっと、俺なんか居なくても上谷家は大丈夫だ。きっと、父も母も兄も姉も。きっと、元気でやっていけるさ。きっと、きっと。


 願わくば……俺の居ない世界で、どうか笑っていて欲しい。


 影が、また揺らめく。現れたその姿。


 柔和な笑みを浮かべるその顔、キラリと光っている怪しげな青い目。長いプラチナブロンドの髪。


「……エレイン」


 そこに居る影は正に、エレインそのものだ。


 思えば、一ヶ月もない付き合いであった。不意に会い、ともに戦い、そしてまた不意に――俺の手によって傷付いた。


 笑みを浮かべるその顔には、俺への怨嗟はない。だけど、彼女は俺を恨んでいる。きっと、その恨みは酷く根深いはずだ。俺を許してはくれないだろうな。


 変におちゃらけていて、妙に俺を心配してくれていて。あぁ、思えば、少しはセリンテの爺に見ていてくれとでも言われたのかもしれないな。でも、その親切のおかげで、俺は精霊化現象が分かったんだし。


 それに、鬼女は、彼女が居なければどうにもならなかった。あれだけ魔力が残っていない状態では、"宇宙(かなた)への呼びかけ"しか方法はなかっただろう。


 それも、奴の本体――オベリスクに気づけなかったら、"呼びかけ"を使えても、勝てたかどうかは分からなかった。それはまぁ、前川の情報のおかげだが……。


 それで。俺が、好きになった相手。たぶん、きっかけはそう大した事じゃない。心配される事に慣れなくて、ちょっと勘違いしたとか、その程度だ。


 勘違いで良い。どうせ一方通行の愛情なんてこんなものだ。それに、これはたぶん、墓まで持っていくだろうから。


 今度こそ伸ばした影が、エレインの影に触れた。


 不思議と存在していた浮遊感が消え、一気に落下が訪れる。暗い、暗い、果てのない暗闇の底への落下が始まった。




 玲奈、岡田、前川。


 魔法使い連盟員、セリンテの爺。ついでに婆様。


 父さん。母さん。兄さん、姉さん。


 エレイン。




 全部の影が俺の脳裏で瞬いて、消えてゆく。俺の中のエレインが、俺の目を見つめた。


 あぁ、エレイン。


 ごめんな。




 まだ、負ける訳には行かないんだったな。


 抵抗できない下方向への加速感の中、俺は必死にもがいた。手が動く。足が動く。なら、何処へだっていける筈だ。足掻く俺の視界に、煌く炎が見えた。


「エルシェイラン……ッ! 来いッ!」


 必死に伸ばした手が、エルシェイランへと届いた。

 恐らく、次回が最終回、次々回がエピローグになるかと思われます。

両方が書き終わり次第投稿いたします。


 反省点ばかりのこの作品をここまで読んでいただけた皆様、本当にありがとうございます。そして、もうしばらくお待ちください。


 感動の、待望の、とはいかなくても、後悔だけはしたくないので。エンディングを、迎えさせてみます。

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