第六十二話 それは、もう見たから
「あのさぁ、僕思うんだよ」
腕を連続して三回振り回す。炎腕三回分の凄まじい火柱が上り、ニーズヘッグは掻き消えた――かに、思えた。
その火柱を真っ二つに両断して、ニーズヘッグが飛び出す。その後ろにも三体程の
ニーズヘッグの姿が見える。即製分身か。また新しい力……。
「君の火力って酸素による燃焼じゃないよね。多分、魔力的な燃焼だと思うんだけどさ」
水かけても消えないし、酸素そのものを消しても燃えるし、とぶつぶついいながら、挟み込む様にして十八本の刀が伸びてきた。それを上昇して避けながら、更に四発火柱を立てたが、分身を一体削るので精一杯だった。
分身の刀も伸縮自在な上、分身ずつの身体能力もそう落ちている訳ではない。しかも、先ほどからもう十本程の刀が変幻自在に飛び回り、俺に襲いかかって来るのである。飛んでいる方は伸びたり自動再生したりはしないが、一本一本が音速を超える速度で飛んできているので油断はできない。
「だからさ、魔力分解作用のある黒霧を研究して作り出したんだけど、これが僕の魔力も削るの何の」
ミサイルか何かのようにして追随してきた刀を、二本ほど直接拳を叩き込んで蒸発させると、体から分離させて四本の白炎の槍を放つ。
インドラ戦にも使ったこの技だが、その頃よりも、俺自身の温度がひたすら上昇しているので、威力も比例して大きくなっている。多分、一本でビルぐらい溶かすんじゃないか。ビルが無いからわからんが。
「一応当たる度に君の魔力も削ってるんだけどさ、君の魔力って非純魔力を合成して随時補給してるから、全く意味がないんだよね……」
何事かを呟きつつ、ニーズヘッグは黒い刀を振りかざして三本の槍を両断し、もう一本の槍を飲み込んだ。異空間収納……いや、違うな。ニーズヘッグの魔力が上昇している所を見るに、魔力を分解して吸収したか。
「とはいっても、君の攻撃もこれで届かないんだけどね」
そういいながら、またしても分身。計四十本程の刃が乱舞し、九本かそこらの刀が俺を追尾して飛んで来る。地表付近で急停止、急上昇して飛んできた刀を避け、伸びてきた刃は炎を吐いて纏めて消し飛ばした。
背中をブースターにして加速、何十ものマッハの壁を突き破って分身の何体かを音速による衝撃で消し、もう一体の頭を蹴りで粉砕。と同時、伸びてきた刃をてのひらを向けて消滅させる。
今度は足裏から火を噴いて急上昇、その余波で一体の分身が消し飛ぶ。
「『届かないかどうかは、試してみればいい』」
俺はニーズヘッグから急速に離れ、久方振りに地面に降り立った。そこから生えてきた刃を全て溶かしながら、思いっきり上半身をのけぞらせて、喉元へと力をためた。一瞬で収束したエネルギーをさらに圧縮。暴走寸前のそれを、一気にニーズヘッグに向かって吐き出した。
瞬間、光速で吐き出されたその熱線砲が青白い閃光を撒き散らして飛ぶ。強引に引きちぎられた音速の壁が悲鳴を上げ、ニーズヘッグがいた地点で更に爆発。キノコ雲一歩手前の爆煙が上がった。
光線が走った先、爆煙で覆われたそこに、ニーズヘッグの気配はない。
――瞬間、後ろから来る殺気に、反射的に裏拳を繰り出す。火柱が立ちのぼり、俺に襲いかかってきていた刃が消失する。だが、消えたその分身の先に、ニーズヘッグが笑っているのも見えた。
高速移動か? いや、動きの気配は感じなかった。瞬間移動だな。
「これも凌ぐ、と。何回繰り返したか分からないけど、君がこれほど強かったのは今回だけだよ。良くも悪くも、周回が変わってきているのかもしれない」
また、刀が増える。五十本か? 六十本か? 数えるのも馬鹿らしい。
「『お前の周回など知らん。お前は、俺が、今殺す』」
「できるものなら、やって見るといい」
ニーズヘッグの言葉と同時、何十という刀が音の壁を突き破る。俺はそれの幾つかを炎の槍で焼き払い打ち落とし、ついでに腕も振り回して熱を飛ばし、幾つかを蒸発させた。
突進してきた分身二体を腕からの火炎放射で焼き払ったが、その瞬間、ニーズヘッグの分身が全身から光を放った。と同時、凄まじい魔力の高まりを感じ、とっさに後退したものの、何キロメートルにも及ぶ爆炎から逃げ切ることは出来なかった。
吹き飛ばされながらも、加速された思考の中で体勢を立て直し、飛んできたニーズヘッグを迎え撃つ。腕を鞭の様に振るって叩き落すと、追撃で光線も放った。
再度爆風が起こったが、ニーズヘッグの気配はそのまま残っている。
ならば、と何発も何発も口から光線を放つ。何度も何度も直撃させれば、いかな神話の怪物とはいえ死ぬのでは、という希望があった。
しかし、それは爆風の中から飛んできた刃で霧散する。やはりどうも、死ななかったらしい。だが、閃光の中で、いくらか焼けどを負っているニーズヘッグの姿も確認できた。
となれば、恐らくはあの黒い霧を奴はまとえないのか? そういえば先ほど、魔力を分解する作用があるといっていた。俺ほど不定形ではないとはいえ、奴も魔力で体を作っているはず。
なら、遠慮なく攻撃を叩き込み、再生が不可能なレベルまで焼き尽くす事ができれば、勝ち目はあるな。
爆風が消え、見えてきたのは。ニーズヘッグの分身の代わりに、再び出現した空を舞う無数の刀。百本なんてものじゃない。千、二千――少なくとも、数えるのは無理だな。そう判断して、俺も炎の槍を展開する。
魔力任せな分数は少ないが、それでも威力は十分だ。ざっと、八百本程出現させた。
一瞬で飛び出したお互いの飛び道具が、空中で砕け、消える。その間、俺はプラズマの剣を作り出してニーズヘッグに切りかかっていた。六角形の防壁は一撃で崩れ去った。
「それは予測済みだよ」
防壁で勢いが落ちたそれを刀で受け止めたニーズヘッグの口から、黒い霧が漏れている。俺はそれを確認して、一気に側面から加速。止まった状態からドリフトでもするように、ニーズヘッグの背後に回りこんだ。
「『消え去れ』」
振りかざしたプラズマの剣が尾を引いて、ニーズヘッグの体で閃光を撒き散らして炸裂した――かに、思えた。
しかし、現実はプラズマの剣は消し飛ばされ、俺の上半身が首を除いて消し飛ばされていた。
目を見開いた俺は、ニーズヘッグの後頭部にいびつな口が生えているのを見た。そして、その口から吐ききった後であろう魔力を分解する黒い霧が漏れているのも。
「『ば……か、な……!?』」
黒い霧が俺の魔力を一息に削り取ってゆく。もう、危険地帯は振り切れた。存在が、俺が、あっけなく塵に帰ろうとしていく。
「君は凄く強くなってたけど――それは、もう見たから」
そういったニーズヘッグの姿を最後に、俺の意識は闇に落ちていった。




