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彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
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第六十一話 生き抜く為に、お前が邪魔だ

 飛んできた刃がスローモーに見える。それでも、俺の反射速度ギリギリだ。体感時間の延長、ゾーンに入る感覚がわかって来ているからこそよけられるが、多分使いこなせてなかったら死んでいるだろう。


 完全に殺す気の刃が俺の急所ばかり狙ってくる。しかも、六本の刀が変幻自在に形を変えて襲い掛かってくる。避けるので精一杯だ。そもそも、受けられる様な道具もない。代わりに取り出したデザートイーグルも輪切りにされたしな。


 紙一重で避けられるのは、ひとえにゾーンのおかげだ。


 運動選手とかにたまに見られるらしいが、ゾーンに入るといって、極度の集中状態になる。俺の場合、戦闘に対してそれが発動しているから何とかなっている。


「まったく、魔法の補助なしでそれだっていうんだから君も大概チートだよね」


 そんなことをのたまうニーズヘッグを横目に、俺はエルシェイランに語りかける。俺の力。俺の(みなもと)。俺の中の、俺。


 左目を閉じる。どうせ、二つに別れた視界は、邪魔だ。この暗闇の先、果て無き炎があるはずだ。俺の中の俺の炎。どこかに忘れてきた俺。そこに、すぐそばにいてくれる。そうだろう。


 左目の奥底、ゆらりと揺らぐ灯火が見えた。


「させないよ――ッ!」


 音速に迫る速度で迫る刃を、手を当てて逸らす。もっとだ。もっと意識を尖らせろ――!


 次に飛んできた刃を掌で打って逸らし、同時に左右から来た刃を頭を下げて回避。鼓動と共に、左目の奥の炎が脈打つ。大きくなる。後少し、後少し。もう詠唱は必要ない。俺はここにいる。俺の中の俺も。


 足首を狙ってきた斬撃を、ブーツでもって蹴り飛ばすようにして避け、脇腹の一撃は無視。血が勢い良く出たが、死ぬほどじゃああない。痛みの中、俺はまだ前を向き続けた。手元に引き戻された刃がまた伸びて来るのが見えたからだ。


 顔面を薙ぐ様な軌道で頭部を狙ってきた刀を、横合いから噛んで止めた。歯が痛いが、この程度なんてことはない。炎はもう、目前だ。


 鋏の様に六本の刃が、左右から俺を狙おうとしてきているのが見える。何としてでも俺に"宇宙(かなた)への呼びかけ"を使わせない様にしているらしい。だが、もう無意味だった。


「――来い、エルシェイラン」


 目の奥が激しく点滅した。


「ぐ!? お、ぐ、ガァァァァ――ッ!?」


 頭痛がする。体の細胞がすべてちぎれてしまったかのような痛みが走る。刃はもう、来ない。無駄だと分かっているらしかった。


 グツグツと煮えたぎる様な痛みが、頭から、徐々に全身へと広がっていく。まるで、煮えたぎった油の釜にでも叩き込まれたみたいだ。血管内の血という血が沸騰するような感覚と共に、俺の奥底から何かが燃え上がってきている。


「あ、ぐぉ、ぐ、があっ!」




 嗚咽を漏らしながら、それでも耐え切った時、不意に痛みは消えた。


 目を開けると、俺の視界は一面白炎で埋まっていた。


 心が酷く穏やかで、体の底から温かい。頭痛はもうないし、全身が似られている様な熱さもない。ぬるま湯にでも浸かっているかのようだ。


「やっぱり、いくら周回を重ねても、君はその姿になるんだね。銀二君。いや、エルシェイラン君、といった方がいいかな?」


 まるで見慣れた友人に語りかけるかのように、ニーズヘッグはいう。その顔に、驚愕は存在しない。自分の攻撃を全て受け流されるのを既に想定していたかのような静寂振りである。


「『どっちでもいい。どうでもいい』」


 声が重なる。若干高い、子供の頃の俺の声が、今の低い俺の声に重なってきている。そうだ。この状態が、俺にとって元の姿なんだろう。


 エルシェイランではない。日本の魔法使いである、上谷銀二でもない。ここに存在しているのは、ただの、"何か"だ。


 悪魔でもない。精霊でもない。人間でもない。ましてや、真っ当な生物なわけでもない。ただの化け物。ただの道化。今の俺を、正式には、なんと言えばいいのだろう。分からない。


「そうか……」


 ニーズヘッグはそういうと、俺に向かっていきなり刃を伸ばしてきた。


 音速を超え、俺を切り刻まんと迫った刃は、しかし俺に届く前に消えた。溶けた、というよりは……蒸発した、な。


「……前より、温度が上がってる。不確定要素でも見逃したかな……?」


 俺の目前で"ジュワリ"と気化した刀は、おそらく鉄よりは沸点も高いはずだが、俺の今の温度はそれよりも随分と高いらしい。多分、俺とエルシェイランがより同調しているせいだと思うが。


 刀が振り回されてたし、今度は俺の番だろう。俺は軽く片手を、まるで蝿でも叩く様にして薙いだ。


 瞬間、周囲一体が凄まじい速度で炎上する。酸素があるのかは知らないが、凄い温度なんだろうな。慌てた様に飛び退ったニーズヘッグの指先が、二間接分ほど溶けて無くなっているのが見えた。


「ッ!? ……これほどとは、ね」


 そういいつつ、ニーズヘッグの指がまた元通りに再生する。先程まではそういった類の能力を見せていなかった事から、まだ実力を隠していた事になる。そもそも、傷付かなかった為に、発動させなかった可能性はあるが。


 今の俺と、どちらが強いかは分からない。まだ隠している力の類もありそうだが、全て焼ききればいいだけだ。


「君は……本当に、強いね。今までの周回でも、一度も勝てた事がないんだ」

「『そうか』」


 腕を、もう一薙ぎ。しかし、今度はニーズヘッグの口から吐き出された黒い霧で相殺された。その霧がそのまま、ニーズヘッグの日本刀にへばりついた。真っ黒な刀から、魔力の気配がする。


「でも、僕だって何度も君と戦ってきているんだ。経験のアドバンテージはこっちにある。何度負けたって、僕は人間に戻る事を諦めないから」


 もう一度伸びた黒い刀が、俺の体を薙ぐ。俺は避けもせず、片腕を上げた。


 今度の刀は、溶けて蒸発するような事もなく、俺の上げた腕に刃を立てている。ただし、貫通することは無かった。今の俺は完全な炎であり、本来なら肉体と呼べる物は存在しない。しかし、擬似的に質量のある物質として存在する事は可能だ。


 だいたい、ダイヤモンドぐらいの固さまでなれる。先ほど腕を薙いだ時、同時にその検証もしていた。神話の怪物とどれだけ殴り合えるかは知らないが、少なくとも互角程度にはなれただろう。


 もはや人ではないこの身でも、人間として最後に考えた事だけは覚えていた。


「『あぁ、エレイン。君のうらみの為に人をやめ、何十年、何百年と生き抜いてやろう』」


 狂った答えだ。ほんの一欠けら残った人間の考えが呟いた。ニーズヘッグ。生き抜く為に、お前が邪魔だ。

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