第五十九話 経験済み
魔法が飛び交う。呪文が幾重に重なり合って響く。大混乱の中、俺はひたすら魔法を唱えて、伸びてくる刀を弾いていた。
あれからさらに、追加で三人魔法使いが来た。今は俺、ショーン、その他五人の七人体制で攻撃に挑んでいる。セリンテの爺も既に準備が終わった様で、奴の防御が剥がれる瞬間を狙っているらしかった。
しかし――こいつ、半端じゃなく固い。いや、多分肉体的な硬度は平均的な人間とそう変わりないだろう。間接の稼動域も、見る限りでは、人間と同程度に見える。
だが、その魔法的防御力は半端なものじゃあない。さっきの六角形の防壁もそうだが、俺の熱線砲の魔法でも傷一つ付かない上に、火力を集中させて砕いても、数秒としないうちに再生しやがった。
セリンテの爺は空間ごとぶった切れるから、爺なら何とかできるかも知れないが、今は多分、結界を発動直前で抑えるので精一杯だろう。
今七人で攻撃していたから何とかなっていたが、俺の残り魔力もかつかつだ。他は、魔力量が多いから、まだしばらくは大丈夫だろうが……。実質攻撃しているのは六人だけだ。
最低限、"宇宙への呼びかけ"を発動できる程度の魔力しか残っていない。あれは最終手段だ。発動さえしてしまえば、後はエルシェイランが酸素毎空気中の非純魔力を合成して純魔力にするので、それ以上の魔力は必要ない。
だが、多分……次の行使が、最後だろう。
精霊化は、進めば進むほど、変化率もどんどん上がっていく。一度目は白髪が増え、左目が若干崩れた程度だった。しかし、それに対して二度目で白髪が八割程度に、左目が完全に二つに分かれ、右目も崩れている。
今、ここにたっている俺の、八割がたは精霊で出来てしまっている。精霊化が始まって一度目の時に変化率が二割だった事を考えると、変化率が四倍だ。次使って、更に四倍になるのなら……そう単純に考えても、三十二割。俺が三人精霊になって、尚お釣りがくる。
となれば、俺が人間でいられる筈はない。完全に一体の精霊と化してしまうだろう。
「戦闘中に考え事は……いけないよね」
不意に、飛んできた刀を咄嗟にクレイモアで受け止めた。危うく心臓ぶち抜かれる所だった……!
俺は頭を左右に振って意識をはっきりさせ、再び戦闘に意識を向ける。くそ、雷だの氷だの炎だののせいで視界がカラフルに弾けまくってなんも見えねぇ。
それでも、爆炎と粉塵の隙間を縫って飛んできた刀を、見逃さず弾き飛ばす。その先を、睨む様に見据えた。ニーズヘッグが倒れる気配はいまだ、無い。
「注意してないと、横合いから刀が飛んで来て死んだりするからね」
「ご忠告どうも、クソ蛇」
俺は再び銃弾をぶっ放した。何も、銃が撃てなくなった訳でもない。あたりもしないし、殆ど弾き返されるだけだが、撃たないよりはマシだろう。
事実、物理攻撃でしかな銃撃は十分に脅威のようで、無視するような事もない。わずかでも集中が散らせられるなら、弾丸は惜しまない。パパパパパパンッ、と連続して拳銃の乾いた発砲音がなる。
全て弾き返されるが、知ったことじゃない。また召還したベレッタで、これでもかと撃ちまくる。幸い、決戦の為の準備に山ほどの銃弾を頼んだおかげで、弾丸は有り余っている。
弾切れしたベレッタを投げ捨て、新たに弾のこもっている方のベレッタを呼び出す。武装、弾薬ともに制限がないなら、俺だって撃ち放題だ。現代の銃火器の力は絶大である。
銃声、爆音、衝撃音、風切音、ジェットの音。聞くのも煩わしくなってくるような多様な音が響きまくって、耳がキンキンしている。飛び回って銃を乱射しているから、余計だ。まぁ、それだけしても全然食らってる様子のない奴さんの防御力の方が腹が立つが。
そうして飛び回っていると、またしてもこちら側の増援だ。雑魚悪魔の相手は、何人かが担当して、ニーズヘッグと戦闘してる奴らを妨害させないようにしているらしい。
正直、情けない事だが、はじき返される銃弾と高速で伸びてくる日本刀を受けるだけで精一杯だ。この状況で魔法だのなんだのが飛んできたら、よけられる気はしない。
抑えてくれるだけ、俺の負担が減る。そして、周りの奴らの負担も減る。ありがたいことだ。
「僕は君単体と戦いたかったんだけど、やっぱりこうなるかぁ。何度繰り返しても対複数になるんだよね」
ニーズヘッグはそんな事をつぶやきながら、日本刀を増やした。計二本――かと思えば、肩の上に、さらに四本の腕が浮いた。真っ黒いそれも、日本刀と同じく、自分の体の一部を整形しているのだろう。
その腕のそれぞれが日本刀を握り締め、合計六本。その全部が高速で伸縮し、折れても自動回復可能。まったく、とんだ化け物だよな。しかも、戦闘中に、瞬き一つ行くか行かないかの時間で出来るんだからな。
瞬間、六本の内四本が俺に向かって飛んできた。一息にジェットを吹かして加速し、二本は何とか回避。遅れて来た二本の内一本をクレイモアで弾き飛ばし、もう一本は首を逸らして避けた。
残り二本は、俺の後ろ――というか、他の魔法使いを狙って伸ばして来たらしい。何とか弾けたみたいだが、俺が抑えられると、攻撃に集中出来ないだろう。
「やっぱり、この阿修羅形態まではどうやっても引きずり出される。まったく、君には驚かされるよ」
そんな事を嘯き、また六本の刃が俺たちに向かって伸びるようになった。俺は必死に飛び回ってその刃を受けるが、そうする度にクレイモアがガリガリと削れて行く音がする上、何度も援護を邪魔しちまってる。
厄介な、と歯を食いしばって、もう一本の刃を弾き飛ばした。瞬間、その刃が鞭の様にしなって俺の方へ絡みついた。
「――なッ!?」
必死に反対方向にジェット噴射して、その鞭の様な刃に抵抗しようとしたが、そんな抵抗を紙の様に引き裂いて俺はニーズヘッグの方へ引きずり込まれ手しまった。ショーンの呼ぶ声を最後に、俺は別空間へと道連れに引きずりこまれる事になる。
「ようこそ、セリンテの作り出した結界空間へ」
ニーズヘッグは、俺の方を見ながら両手を広げていった。何故こいつがその事を――あぁ、そうか。見透かされていた、というか……経験済みか。
「僕と君しかいないけど、ゆっくりして行こうよ」
「……世界樹の根っこはねえよ」
俺はクレイモアを握り締め、震えを抑えながら呟いた。それでも俺は、再びニーズヘッグを睨み付けた。




