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彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
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第五十六話 自分の影におびえたりはしない

 また一話更新です。

今月中には最後まで書けると思うので、どうかもう少しだけお付き合いくださいませ。

「やっと、会ってくれましたね」


 玲奈が俺を前にしてそういった。


 俺は今、久々に校門に立っていた。何故此処に来たのかは、よくわからない。懐かしくなったのかもしれない。無論、近くに尚美先生がついて来てくれている。今日は休院日らしい。


「あぁ。……久しぶりだな、玲奈」


 俺はクルリと振り向いた。玲奈は今日は私服だった。そうか、今日は日曜日だったな、と今更の様に思い出した。


「追いかけたら逃げちゃうんですから。会うのも一苦労です」


 そういった彼女は、しかしあまり怒っていないようにも見えた。どこか静かな気分であるようでもあった。


 「少し歩きませんか」と言った彼女に対して、俺はこっくりと頷いた。断る気にもなれず、そうする理由も殆ど無かった。精々、訓練程度だが、俺の実力はある程度成熟してしまっているから、これ以上の成長は酷くゆっくりだ。


 付け焼刃は、確りとした刃が最初からあるなら、無い方がいい。茂文の婆様の古い言葉に従うなら、訓練はもう無駄だ。もう勘は取り戻してあるし、最低限取り戻せたのだから、これ以上は必要ない。


 彼女の後ろ、三歩分程離れた場所をコツコツと歩いていっていると、玲奈がふと振り返ったのを感じて俺は顔を上げた。


「何か、凄く久しぶりな気がします。こうやって歩くの」

「そうなのか」


 俺もだ、という言葉は何故か出てこなかった。いつ振りだろうか。こうして悪魔の事を考えず町を歩くというのは。日曜日故に人通りは多いが、俺と玲奈が歩いているのはあまり見られていない。


 人は自分が思うよりも、周りの人間の事を見ていないのだな、と気づいたのは随分最近の事になる。それをもう二年早く気づけていればな、とも。俺の生きている意味なんて誰も気にしてはいないのだと気づけてしまえば、どれだけ楽だったのか、とも。


 とはいっても、それが元で今がある。良いとも言えないが悪いとも言い切れず、何とも言えはしなかった。


「それで……色々、大変な事になってますよね」


 まるで他人事の様に玲奈が言った。いや、多分他人事のつもりでは無いのだろう。自分の"日常"という観点からすれば、あり得ない事態が何度も連続している。混乱してしまっているのだろうな。


 自分の友人の内二人が魔法使いだとか、自分も魔法使いになるだとか、俺が罪人になるだとか、色々とある。俺だって玲奈の立場なら……いや、どうだろうな。大分常人の思考は外れてしまっているが……。まぁ、混乱だってするだろう。仕方ない。


「そうだな。地球存亡だから……な。大変って言えば、大変だろうよ」


 俺は頭を掻きながら、また歩き出した玲奈に追随する様に歩き出す。町は何処か賑やかで、明日も明後日も、自分が死ぬ日まで平和である事を疑ってはいない。


 どこか楽観視していて、それが何となく羨ましい。俺はそんな事を考えながら、鮮やかな町を見つめた。灰色のビルばかりでも、夕暮れ色に染まれば少しはマシという物だろうか。太陽はまだ高い。昼前か後か、そのぐらいだろう。


「銀二君は、これからどうなるんですか?」

「俺か。……まぁ、牢獄に入るか、もう少し減刑が入るか……。ま、そんなところだろ」


 玲奈が振り向きもせずに歩きながら話しかけてきたので、俺は適当に返した。まぁ、前川もあれだけ「抗議する」と言っていた事だし、俺ももう少し生きるべく頑張って見ようと思えた。


 まぁ、それも俺が、ニーズへッグとの戦いで死ななければの話であるのだが。


「随分かるーく、罪人である事を認めるんですね?」

「罪人だからな」


 自他共に罪人であるのだから、今更否定した所でどうにもなるまい。それでも牢獄入りは回避しようという気になれているのだから、少しは前向きになれていると思う。


「私、牢獄にクッキー差し入れにいくとかしたくないですからね」

「安心しろ。ちっとぐらいは抵抗するつもりだし、何より牢獄は差し入れ厳禁だからな」


 うわ、ホントですか? そんな事を言いながら彼女は俺の方を振り向いた。その顔はほんのりと笑顔を浮かべている。あぁ、本当だ。そう返せば、あらら、と声が返ってきた。


「……何だか、すごく久しぶりです」


 玲奈がそんな会話の中、ポツリと言った。俺は、「何が」と返した。


「こうして、銀二君と普通のお話するのが、ですよ」


 一瞬で何処か寂しげな顔になった玲奈は、しかし俺の方を見て目を逸らそうとはしなかった。目を離したら消えてしまう雲でも見つめているかのようであった。


「私、銀二君と話すのがこれで最後なんて、嫌ですからね」


 その目に涙さえ湛えて、玲奈は俺を睨み付けた。俺はそれに、結局何の考えも抱かないまま「そうだな」と返した。高確率で――いや。ほぼ確実に、これが最後になるだろうという事が、俺の中で渦巻いていたせいかもしれない。


 話すのが最後になるのが、怖いのだろうか。俺は、そんな事もない。殆ど、人と話してこなかったような俺だ。いや、それを避けてきたのが俺だ。そのせいか、人と話す事に関して、俺はそこまで重要視していない。


 だが、常日頃から人と喋る事が当たり前になっていて、皆と仲良くしてきた玲奈は、どうだろうか。


 人一人――少なくとも、彼女が友人だと思っているであろう俺を、みすみす見殺しにしてしまったら、どうだろうか。二度と話せなかったら……。


「生きてくださいね。絶対です」


 そういうと彼女は、耐えられなかったかのように何処かへと走り出した。俺はそれを、呆然と見ていた。


 皆に生きてと言われて、俺は馬鹿だったんだな、と改めて考える。自分が望まれていない等と、良く考えられたものだ、と。非純魔力がなんだ。両親から受け継いだ俺の強面がなんだ。喋り下手なのが何だ。


 俺はこんなにも、周りに気づけていない大馬鹿野郎だった。そんな事に、俺はようやく気づいたのだ。しかし、涙の一滴すら出てきはせず、俺は診療所へと踵を返した。


 もう、何処へも戻れはしない。唯の感傷だ。俺はもう、人ではない場所、精霊の領域へと踏み込んでしまっている。人間として、当たり前の様に生きていく事すら出来ない。


 だから、もう迷っている訳にはいかない。


 ――相当な戦いになる。だから、俺は命を捨てて、生きる覚悟で望もう。


 大きく矛盾した決意だ。死にに行く訳ではない、というのは言い訳だろうか。それでも俺は、もう、振り向かない。もう、決して、大事な物だけは失わないと決めた。


 もう、俺は自分の影におびえたりはしないんだ。


 ニーズヘッグ襲撃は、明日だ。

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