第五十五話 俺の歩んできた道
申し訳ない、最近ずっとこれです。
少し自己嫌悪で死にたくなってはいますが、何とか完結はさせるつもりですので。
さて。俺はようやく、決戦に向かっての準備を始めた。
診療所の地下室に増設された訓練場は思いの外広く作られており、そこならボードの練習もできる。とはいっても、使う事はもう殆ど無いのだろうが……。
スラムロールや急制動、急加速と色々やっていく。大分久しぶりで腕は鈍っているが、飛ぶことに関しては馬鹿みたいな超高速で行っていたから、そこまで支障はない。むしろ、あの日から視界が酷くスローモーで困っている。
超高速に目が慣れてしまったせいで、どうもボードの移動がスローリーに感じてしまうのだ。この点に関しては、まぁ何度かやっているうちになれるだろうと反復練習中である。
最後にクレイモアを召還し、高速で回転して中空を切り裂いて、一旦のリハビリを終える。随分久々の感覚と感触に慣れないが、決戦の時にそうは言っていられない。いち早く、前の感覚を取り戻さなければ。
クレイモアを投げ捨てて倉庫に戻し、俺は備え付けの簡素なベンチに座り込んだ。あまりきついという感じはしない。感を取り戻しているだけにすぎないからだろうか。
ふと、近くに誰かが立った気配がして、俺は顔を上げた。
「銀二。……横、座るぞ」
目に入ったのは銀色の長いひげ。セリンテの爺だった。俺は適当に頷いて、また俯いた。セリンテの爺が隣に座る気配がする。何となく居心地が悪くてもぞもぞと座りなおした。
無言のまま、暫く時間が流れた。
「……何の用だよ」
そんな沈黙に耐えられなくなって、俺は思わず声を出した。いや、耐えられなくなった、というのは少し違うな。何というのだろうか。人と話したくなったのかもしれないな。ふとそんなとりとめも無い事を思った。
「相変わらずだな、銀二。いや、レベスケノンと言ったほうがいいか?」
顔も見ずに発された言葉への返答は、同じく顔を見ずに発されたんだろう。お互いに、正面の壁か、もしくは地面を見ている。相手の事を極力視界に入れない様にしていた。が、俺はおもむろに立ち上がって上に置いてある販売機まで歩いていった。戻ってくるまで、セリンテの爺はベンチから一切動きはしなかった。
俺は無言でコーヒーを投げつけた。無論、それを無防備に受けるような爺でもなく受け取った。俺は適当に炭酸系だ。
二人して同時に飲んで、またしばらく沈黙。
「どっちでもいい」
俺がボソッと、その沈黙を破る。そうか。そんな返事を、俺は貧乏ゆすりしながら聞いた。
「……すまなかったな」
「何が」
謝られる様なことをされた覚えはない。むしろ、俺が謝らないといけないことばかりだ。街には大損害を与えた上大勢に見られて秘匿のやりようもないし、それ以前に暴走した挙句何人もの人間を死に至らしめている。
そして、エレインも。俺は不意に、缶ジュースが手の中で温くなっていくのを感じた。
「何もかもだ。そもそも、私達は最初からすべて間違っていたのだろう」
セリンテの爺は、片手で頭を抑えながら言った。初めから? 俺は口に出さず、その疑問を喉元で震わせた。
「お前を――まだ子供だったお前を、一人で戦わせる事がそもそも異常だった。確かに、戦力にはなりえた。だが私達は、たった一人の子供を戦わせる事がどれだけおかしな事か、理解できないほど愚かだった……」
コーヒーを手にしたまま、まるで懺悔するかの様にしてセリンテの爺は言った。そんな事を言われても、こっちが困ってしまう。確かに、まだ中学生に過ぎなかった俺を、一人で東京守護につかせる時点で相当狂っているだろう。
だがそれは、魔法使いの絶対数が少なかった事も要因のひとつだろう。見た事はないが、"恐怖の大王"戦が終わって五年も経っておらず、まだ復元ができていない頃の話だ。それも仕方ないと思う。
焦っていたのだと思う。このままでは、連盟理念が――影から世界を守る事ができなくなってしまう。たぶん、そう考えていたのだろうと思う。
皆一様に、習慣が壊れてしまうのが怖かったんだろう。自分たちが、現実社会からすればどう考えても異端な自分たちが、どんな目で見られるのか。そして、魔法が広がった世界がどうなるのか、知りたくもなかったんだろう。
俺は炭酸ジュースを空けて飲んだ。シュワシュワと口で弾けた柑橘系の味が、そのまま胃の中でしばらく踊り続けていた。
「改めて――本当に、すまなかった」
セリンテの爺が立ち上がって、俺の方に頭を下げた。本当に申し訳なさそうな爺を、俺は無感動に見つめた。何も、怒っている訳じゃあない。何も、無関心な訳でもない。唯々、俺は爺を見つめた。
そんで、その顎を蹴り上げた。反射的にガードしたみたいだから、そこまでダメージは無さそうだ。
「何をッ――!?」
「あのさ」
そうこうして顔を上げたセリンテの爺に、俺は座ったまま話す。
「確かに、俺は連盟のせいでこうなったと、そう言えるかもしれない」
トン、トン、トン、トン。俺はベンチを指でつついた。ああ、そうだろう。俺は魔法使い連盟のせいでここまで壊れてしまったと言って、押し付けるのは簡単だ。心を楽にしてしまえる。
だが、違うだろう。そうじゃないだろう。
「だが、俺がこうなったのは何処まで行っても俺のせいだ」
俺の責任なんだ。大体、魔法使いにならなければよかった。俺が悪魔を狩ることに、俺自身が抗議してれば良かった。はじめから、俺は俺のままで良いんだと肯定さえできていれば、俺はエレインを傷つけることは無かった。
何処まで行っても、存在理由を見つけられなかった、俺の弱さから来た物だ。全て。俺がこうして壊れかけなのも、俺のせいに過ぎない。
「だから。あんまり抱え込みすぎないでくれ。否定しないでくれ」
すっくと立ち上がって、俺はセリンテの爺に背中を向けて練習場に歩き出した。デザートイーグルの射撃に慣れておかないといけない。
「銀二……」
「それと」
何か言いかけた声を遮って、再度発言。そのまましばらく立ち止まってから、俺は一度だけ振り返って言った。
「俺の歩んできた道だ。誰のでもない、俺の。だから……やっと何か掴めた、俺の道まで、否定しないでくれ」
俺はまた背中を向けて歩き出した。倉庫から拳銃を取り出して、練習用のゴム弾を詰めて、練習を再開した。
セリンテの爺が話しかけてくることは無かった。
後、三日。




