第五十三話 ちっぽけな決意
岡田が二人と合流し、一言挨拶を入れて帰って言った後の日。その後俺は、手持ち無沙汰にふらふらとしていた。
最初に装備増強の為と渡された金で銃も弾も買い足し、クレイモアも新調はしておいた。懐かしいホバーボードは後二日程で修理が終わるという。魔法によるコーティングの成されたパーカーの修復及び強化も終了している。
今の俺にできる事はもう無いと言って良いだろう。
となれば、後は暇なだけだ。
俺は何をする事もなく、診療所の周囲をゆっくりと歩いていた。無論、尚美先生の監視はあるが、それも比較的ファジーだからできる事だ。それに、万が一があったら先生は俺の命を奪える様に設定されているから支障はないのだろうが……。
「銀二」
そんな無表情な声に振り返って見ると、案の定前川だった。眼鏡をクイッと指で持ち上げる姿は、何時もと変わらない様に見える。まるで、普通の女子高生のように。
「前川か」
「そう」
基本的に俺と同じ無愛想。だが、俺にない人望の様な物を持っている。前川はそんな奴だ。頭脳明晰で学年どころか地域でトップの成績を保っている。
正直、岡田や玲奈と同じぐらい、一番縁の遠い人間だと思っていた。
「何故ここに?」
前川が聞いてきた。診療所近くとはいえ、今の状態の俺は迂闊に外に出歩けないと話していたからだろう。一応幻視というか、幻影を被せているから接触可能距離まで近づかれなければ問題ない。
その旨を伝えると、「そう」という返答が返って来た。前川は俺と話したいのか、手で招いて別のところへ誘導し始めた。俺は別にやることもなかったので、それについていった。
ついたのは近くの公園だ。平日である為か、人通りは少ない。そこのベンチにおもむろに腰掛けた前川の隣、一人分あけて座った。口をついて出た言葉は、「それで?」だった。
「岡田から、聞いた。この件が終わったとき、あなたは牢獄に入るだろう、と」
その言葉に対し、俺はああ、と頷いた。その件については、前、岡田に伝えたとおりだ。セリンテの爺に確認も取ったが、恐らくそうだろう、との返答が返って来た。
まぁ、そもそも俺が生きていたら、の話ではあるが……。
「断固抗議する。銀二、あなたに入って欲しくない。」
「いや、俺は……人も殺したし、アレインも、その……傷つけちまったしな」
今更反論もできず、するつもりもない。だから、その時はその時、運命だと思って大人しく牢獄で余生を過ごすつもりだった。
前川の声色は本気の様で、その手は小刻みに震えている様に見えた。俺は気のせいだと思った。組んだ足に、載せた手をふと見た。かけらも震えてはいなかった。
「それでも。むしろ、だからこそ貴方には外にいて貰いたい」
凛とした声で言い放った彼女は、じっと俺の方を見ていた。
「貴方は、もっと深みに行ってしまう。私が知らない所で、貴方が傷つく」
「……何故、そこまで言ってくれる?」
喋る気はなかったが、俺の口は不意に開いた。そう、それだけが疑問だ。はるか何年も昔、傘を手渡した事だけで、今ここで、こうまで言うのはおかしい。
俺は、嫌われ者だ。魔法使い連中は基本、非純魔力の影響を受けない。だからこそ忘れがちだが、絶対に変わらないのだ。俺と前川が始めてあったのだろうその時期に、彼女はまだ魔法使いではない。
彼女の目にも、爪を研ぐ猛獣の様に写っていた筈だ。
「傘を渡すあなたは確かに怖かった。でも、それだけが――一目見た印象が人間性とイコールで結びつかない事はある」
じっと見つめる前川から、俺は顔を逸らした。何だか、後ろめたいような。どこか、そんな気がした。以外と、人間らしい部分が少しは残っている物だな。そんな場違いな感想を抱いた。
「貴方の目は優しかった。でも皆、貴方を怖いという。皆、貴方を遠ざけようとする」
そんな俺に気づいていて尚、前川は話しかけ続けた。
「きっと、あなたはそうやって人知れず傷つく。好かれるのを諦めながら、守ろうと躍起になる」
馬鹿げた推論に過ぎない。そういって切り捨て、逃げ出す事も出来た。唯、俺はその場から動けないでいた。一種の、因果応報と言う奴なのだろうか。俺にも報いが来たのだろうか? いや、唯の思い違いだ。
そう考えて俺は目を瞑った。
「牢獄なんて、格好の場所。貴方は一人で傷つき続ける。それが嫌だから、断固講義する」
大きく息を吐いた。
「もう決定した事だ」
敢えて言おう。凄く嬉しい。とはいっても、外面的で、感情に起伏は生まれない。それでも、嬉しい。
報われようと行動したわけじゃない。唯使命感で戦い、その結果に愚まで犯し、それでも尚こうして庇ってくれる奴がいるのが、すごく嬉しい。
でも、もう決定した事。エレインが言った。「生きて」と。だから俺は生きる。でも、罪は裁かれるべきだ。牢獄はその意味でうってつけだった。
生きていられる。罪も償える。だから俺は。
「牢獄にいても、罪は償えない。それは、唯の自己満足」
そんな俺の弱い言い訳に、前川は容赦なく針を刺した。それは、心臓を射抜いたかのような、致命の傷だ。俺は糸で縫い付けられてしまったかのように口を開けなくなった。
「罪を償うと言うことは、誠心誠意、心から謝罪の意を告げること。出来ないのなら、それを行動で示すこと。牢獄に入っておとなしくするのは、謝罪ではない」
俺は軽く天を見上げた。
「そう……か。そうだな」
自己満足か。自分やろうとしていた事をここまで完全に言い切られてしまうと、いっそ清々しいぐらいだ。
結局、俺は逃げたかっただけなのだろうか。自分の犯した罪から、逃げようとしただけか。結局人間でなくなりかけてもこれと言うことは、俺は元々こういう人間だったのだろうか?
見苦しくて吐き気がする。大きくため息を吐いた。依然として、前川の顔は見る事ができなかった。
「すまん」
だから俺は逃げ出した。肯定されるのが怖かった。
牢獄に行くと決めたのは俺だ。嫌われ者でしかない――いや、そうだろうと思い込んでいた――俺が入っても、何も変わらないと思っていた。
だけれども、こんなに肯定されるとは思ってなどいなかった。
肯定されるのが怖かった。自分が世界から消える事が否定されるのが怖かった。自分のちっぽけな決意が揺らぐのが怖くて仕方がなかった。
そうして、前川から。そして、玲奈からも逃げる様に四日を過ごす事になる。
後、七日だ。
申し訳ございません。書きだめが底を突いてきたので、今回は一話更新です。




