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彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
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第五十一話 始まりはしょうもないこと

 さて。後二週間で地球が滅亡しかねない、というレベルのお話だが、微妙に実感がわかない。


 自分が深くかかわってこそいる物の、正直色々な事が起こりすぎて、鈍い頭では反応しきれていない。ともかく、準備は進めるべきだろう。


 もう家族とは会えないのだろうか。ふと、忙しい頭で呟く。


 まぁ無理だろう、と思う。たぶん、この見た目で会いに行っても門前払いをくらうだけだし、万が一くらわなくてもこの状況をどう説明すればいいか分からない。何より、魔法使い連盟が許さないだろう。


 となれば、学校にも行けない。元々行く意味もなかったのだが、いざこうして行くなと言われてしまうと何処か感じるものが――いや、ないな。元々そこまで居心地の良い場所でもなかった。


 ただ、そうなると――俺が人間であった証が、もう一つ消える事になるのだろうか。




「銀二……か?」


 ベンチに座って手に持った缶コーヒーをブラブラさせていると、ふと横合いから声が聞こえた。ちらっと見てみると、岡田だった。随分久しぶりのような錯覚を覚えてしまうが、実際に会ってないのは、三日か、四日ぐらいだろうか。


「岡田か」


 何とは無しに口にすると、「やっぱりか」と返される。寧ろ、良く分かったな、と言いたくなった。


 今の俺の見た目は相当酷い。左目の瞳は二つに分かれてしまっているし、頭髪は黒髪がほんの少し残っている程度で、ほぼすべてが白髪だ。銀とかそういうのじゃなく、艶の無い白髪だった。


 しかも、右目の瞳孔も若干崩れている。


 鏡で見てみたが、一瞬自分の顔かと疑った。鋭い目や顔付き、髪型は変わっていないのだが、そう思うほど変わり果ててしまっているのだ。


 岡田はどっかりとベンチに座って、こちらを横目でジロジロと見てから話かけて来た。


「お前……何か、その……凄い事になったなぁ」

「あぁ。……自分でも、とんでもない事やらかしたんだって分かるさ」


 ゴクリ、とコーヒーを嚥下する。苦い味が舌に伝わってきた。


「これから、どうなるんだ? お前」


 そうだなぁ、と曖昧に返事をしてまた一口コーヒーを口に含んだ。どうなるのかは、正直俺が聞きたいところだ。貴重な人材である魔法使いを殺してもいるし、街に――悪魔討伐の名目があったとしても――相当の被害を出した。


 多分、魔法使い連盟でも有罪判決が出るだろう。見たことは無いが、今は滅ぼせない悪魔だとか、そういうのを入れる独房がロシアの方にあるらしい。そこにぶち込まれるんだろう。と、岡田に伝えた。


 俺に異論は無い。自分がした事の重大さはわかっているつもりだ。


「独房、か。仮にもクラスメイトが入る場所としては、最悪な場所だな」

「……言われてみれば、そうだな」


 同窓会か何かで「あいつ来てないけど何してるんだ?」の返答が、「独房ってよ」は、流石に場の空気が悪くなると言う物だろう。


「そういえば、前川と玲奈は? 来てないのか?」


 ふと疑問に思った事を吐き出す。エレインが回復の目処があるとは言え植物状態である今、確かショーンに魔法を教わっている筈の三人組は、ほぼ何時も一緒だ。


 思えば、こいつらの人生を崩したのも俺なんだな、とふと思った。


「今は、エレインの見舞いだ。追い出されて来たんだよ」


 ため息と同時に吐き出されたそんな言葉にクスリとしようとしたが、愛想笑いのようになってしまう気がしてやめた。


「そうだったのか。……コーヒー、いるか?」

「くれるなら、貰う」


 俺は傍らに置いてあったコーヒーを軽く岡田にほうり投げた。パシッと乾いた音を立て、岡田がそれを受け取った。


「サンキュ」


 缶を開ける音が響く。思えば、こいつとは大分妙な関係だと思う。つい一ヶ月前までは目の敵にされていて、それから色々あって何か慣れなれしくなって、また戻って。今度は、同じ魔法使いだ。


 正直、何がどういう因果でこうなったのか、微妙に理解できない。


 こいつを同じ魔法使い――ようするに、護法士の同僚として接するべきか? それとも、普通のクラスメイト……友人のように接すればいいのか? 後者だとすれば、いったいどういう反応をすればいい? そんな感じで、俺は岡田について悩んでいる。


 岡田は生徒会長だ。黒髪は程よく伸びていて、しかし前髪が伸びすぎている訳ではない。規律については人一倍真面目で、傷だらけの俺を不良と断定して目の敵にしていた。まぁ、それは別にいいんだ。実際不真面目ではあるのだし。


 正義感は強いし、有名企業のボンボンで、運動神経も中々良い。何と言うか……。そう、ヒーロー染みている、というか。俺と比べると、大分違う。ほぼ正反対と言い換えてもいい。


 そんなこいつが、俺は微妙に分からないままでいた。


「俺ってさ」


 唐突に、岡田が口を開いた。何だ、と思って目だけそちらを向けたら、「瞳が二つある目だけで見られるってこええなおい」と軽口を言って、続けた。


「俺ってさ。お前がよく分からないんだよな」


 二人して、コーヒーを一口飲んだ。


「まぁ、自分からしてもよく分からんがな」

「あーいや、共感できないとかじゃなくてな。チグハグな所はあるけど」


 ボリボリ、と岡田は頭を掻いた。俺は首を傾げて、また一口コーヒーを飲んだ。後一口ぐらいだろうか。缶コーヒーの飲み口から中が見えて、ふとそう思った。


「いやさ。言いにくかったら別にいんだけどよ。……お前、なんでそんなに使命に固執するんだ?」


 今度はこっちが頭を掻く番だった。何でも、セリンテの爺から俺の事を少し聞き、使命……というか、仕事に執着がある事を知ったらしい。


 爺、余計な事を。まぁ別に、嫌な思い出だが、話したく無いほどでもない。どんな過去も、一度飲み込んでしまいさえすれば唯の出来事に過ぎない。


 そんな事を考えながら、昔話でも良いなら、と呟く。岡田は頷き。俺は診療所廊下の、天井をぼんやりと見つめた。


 唯の過去だ。今思えば、今の俺の状態を形作ったのは最初も最初、そもそも家庭環境に難があったと思う。


 父も、母も、姉も、兄も。誰も悪い事は、無いのだろうが……。


「……まぁ、始まりはしょうもないことだよ」

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