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彼方より響く声に  作者: 秋月
最終章 消失とバイバイ、なんてな
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第四十九話 ニーズヘッグ

 白い病室。傷だらけで、包帯だらけで眠るエレイン。俺がその傍らに立つ事は無い。許されてはいるが、俺が嫌なだけだ。


 あれから二日経ったが、エレインが目を覚ます事はなかった。死んでいるのではない。血液の過剰流出と、深い火傷。後は、魔力的要因。そんな諸々のせいで、植物状態になっているらしい。


 尚美先生をもってしても、相当に時間が要るらしい。一年か、二年か。或いは、それ以上か……。それすらも分からないらしい。


 暴れていた俺の強さがどんな物だったかは想像しかできないが、それでも相当に強かったのだろう事は容易に分かる。何せ、"宇宙への呼びかけ"を除けば、力量的には俺とどっこいどっこいだった筈だ。


 不思議と、罪悪感はなかった。


 何というのだろうか。夢の中でやった事を報告されていた様な、不思議な気分だった。でも、俺が彼女を傷つけたのは確かで、何だか混乱してきた。


 家には戻っていない。多分、今の俺の姿を見ても、困惑するだけだし。何より、人を傷つけた身として、合わせる顔がなかった。


 今の俺は尚美先生の診療所の鏡で見ただけだが、少なくとも頭髪の八割以上が白髪になって、左目の瞳が完全に二つに分かれていた。コロボーマ、という病気の様な状態らしい。俺の左側の視界は、瞳に合わせて二つに割れている。複眼を通してみたら、こんな感じなのだろうか。


 右目も、瞳の輪郭がふやけた様に崩れた様になっている。視覚に特に変化はない。


 左腕は悪魔化していた名残か、肘から先が真っ白だ。痛みも引きつるような感じもないが、正直これでは、大手を振って外は歩けないだろう。今も、エルシェイランに頼んで幻影を発動している状態だ。


 今の状態は、大よそ人間とは言えない。だが、それが俺には。エレインを深く傷つけた、その代償なのではないかと、そう思えた。




 前々から、魔法使い連盟の"虚空庫"……"情報"の概念精霊使いに依頼し、ずっと"空から来るあの方"について、さまざまな事を調べてもらっていた。


 その結果がようやくでたと、セリンテの爺が俺に連絡してきた。


 俺の扱いは、問題を起こした身であるが、その戦力を捨てがたいという理由から、尚美先生という監視者付の自由行動が許されている。無論、敵視はされているのだが、どうでもいい。


 ともかく、重要なのは、今週の会議に俺も出ていいということだ。多分、大きな進展がある。そして、事件の全容が明らかになるだろう。この一連の事件も、終わりの兆しが見えた、という事だ。


 とはいっても、俺はこの有様である。人を殺し、大手を振って歩けない姿になり、あまつさえパートナーであったエレインまで傷つけた。正直、ここいらで死んでおくのが一番いいと思う。


 そんなことを考えながら、俺は連盟の異次元会議場へ意識を飛ばす。いくつか顔も出揃っていて、現れた俺に対して辛辣な視線を向けていた。


「チッ」


 舌打ちが、態々聞こえる様に発される。伝える意思がなければ、この場ではどれだけ叫んでも伝わらないのだが。まぁ、こんなものだろう。仲間の頭を撃ち抜いた大馬鹿であり、悪魔に呑まれかけた大馬鹿でもある。そんな奴を少なくとも良い目ではみれまい。


 ましてや、殆ど白髪、両目とも尋常な状態ではないからな。何処の中二病発症者だ、と言われても仕方がない。俺は何も言わずに目を閉じて、会議が始まるのを待った。


 数十分の間を無言のまま過ごして、ようやく会議が始まるようだった。いつの間にか、セリンテの爺も来ている。


「それではこれより、会議を始める」

「悪魔を入れて、か?」

「ドイツ代表、黙れ」


 開始の合図を遮る様な野次が飛び、すぐさまセリンテの隣の席の女がそれを叩き落す。あの銀髪の女は、"虚空庫"だろう。戦闘向きではない力である為、代表は任されず、こういった事態以外は会議に出席していない。


「……改めて、会議を始める物とする。だが、今回は特殊な事情により、各自の報告を省かせてもらう」


 ――「"虚空庫"が見つけた」。その言葉に、会議の皆が静まりかえる。騒がしかった訳ではないが、それでも突然雰囲気が静かになるのは不思議な物がある。まぁ、"虚空庫"が見つける情報とは、須らく重要な物であるから、当たり前ではあるのだが。


「大いなる者――"あの方"とやらが何者なのか。その答えは、宇宙(そら)から来る悪魔である事がわかった。そしてそいつに、人類抹殺の意思があることに」


 ざわざわ、と俄かに騒がしくなる会議。今度は"虚空庫"も文句は言わなかった。


 今まで例の殆ど無かった宇宙からの訪問者だ。一度目は、かの有名なノストラダムスの予言集に載っていた"恐怖の大王"である。1999年七月、茂文の婆様が出た最後のでかい戦いって事になる。


 あれについては多くは語られない。壮絶な戦いになったらしいからだ。しかし、魔法使いの七割が死亡、負傷した大災害だった事は確からしい。


 "多くの人がその力を信じていた"からこそ、恐怖の大王の力は強大であったという。あくまでも人づての話ながら、とにかくその点だけは数十の生き残った魔法使いがそうだと言っている。


 そんな事があってまだ二十年も経ってない訳であるから、多少騒がしくなるのは仕方がないこととも言えた。俺はそれを無言で眺めてから、"虚空庫"とセリンテの爺に目で促した。


 セリンテの爺が咳払いし、会議がまた静かになる。


「これは、昨日銀二に接触して来たという、ニドホグ……ニーズヘッグだと推定される」


 一瞬、幾つかの視線が俺に向いてから離れた。ニーズヘッグ……北欧神話の蛇だ。氷の国(ニブルヘイム)のフヴェルゲルミルの泉に住み、ユグドラシル――世界樹の木の根の一つを噛んでいるとされている怪物の一つだ。


 神話より出典される怪物は強くなる傾向がある。おそらく、ニーズヘッグもその類だと予想できる。


「到達予測は後二週間弱。地点は、日本、東京」


 俺に接触した時点で、それはある程度予測がついていた。そうでない奴らはざわざわとしているが、何だっていい。


 問題なのは、そいつが持っているとされる能力だ。俺が、考えうる最悪の状況の幾つかをセリンテの爺に送りつけたから、多分考察がすんでいるはずだ。俺と違ってセリンテの爺は優秀だからな。


「そして、恐らく――"世界時間逆行"。それも、"自らが死んだタイミングで発動する"能力を所持している」


 俺が挙げた最悪の状況の一つではあるが、また無理難題だ。ラノベじゃねぇんだぞ。"死に戻り"ってか。そんなこんなで、ニーズヘッグ討伐作戦は最初から凄まじく紛糾する事になる。

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