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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第四十八話 慟哭

 ズドォン! 一人と一匹で、殆ど頭からおっこちるような姿勢で墜落した。


 実体を持たないはずの頭がグラグラと揺れる感触は気持ち悪い。喪失した重力が一気に戻ってきた感覚で吐きそうだ。同じようにフラリと立ち上がったインドラは、俺よりダメージが薄そうだった。


「……ケッ」

「カーッカッカッ!」


 お互いにまた向き合うと、地上戦に移行した。


 武器が無い分こちらの方が不利だが、音の壁を越えられるのだから、リーチも間合いもこの際関係ない。殆ど無い様な物だ。


 窓ガラスがパリンパリンと割れる音が煩く響く。断続的に飛んでくる雷の槍を炎の槍でもって相殺し、金剛杵を潜り抜けて拳を振りぬく。角度を間違えるとインドラが吹っ飛んでビルの一本や二本ぶち抜きかねない。


 とはいっても、そこまで遠慮せずに全力で殴りぬいているが。ともかく、このままでは埒が明かない。何時までたっても殴り合いが続くだけだ。


 左手に、炎を収束させる。光を歪ませ、風を巻き込み、俺の左手に収束したそれは、使い慣れたクレイモアの形をしている様に見える。輝かしい光を帯びたこれは、一種核炎の剣だ。


 プラズマ――物体の状態変化の一つ。物質は、基本的に温度を上げれば状態が変わる。氷から水に、水から水蒸気に変わって行くように。


 固体、液体、気体の次に存在するのがプラズマな訳だが。エルシェイランの全力の加熱で、空気を無理やり圧縮してプラズマ化した。この握っている剣が、そのプラズマだ。


 熱が漏れない様に簡易的な結界で抑えこみ、光も極力抑えているが――これが直撃したら、人間が蒸発する事は確かだ。形を整えたのは、抑え込むついで。こっちの方が使いやすいからだ。"一応"、魔法で作られたこれなら、インドラ如き目ではない。


 ただし、この剣は適当に振り回す訳にはいかない。そこが難しい所だ。


 適当に――つまり、マッハの速度で振り回したとき、ほぼ確実にプラズマソードを覆っているバリアがはがれる。そうしたら閃光と共に、ビルぐらいは融解させる筈だ。それがいけない。


 しかも、その後の処理がしっかりできる状態で振り回さなければ、ついでといわんばかりに放射能も撒き散らしてしまう。適当に振り回したが最後、大きな隙を生む上、周囲への被害甚大。


 正直、燃費も悪いから、何度も作り直す訳にも行かない。最悪の兵器といえるだろう、人間の住む町で使うには。


 だが。俺が、こいつを仕留めるには、ぶっつけ本番とはいえ、これを使うしかない。


「『さっさと終わらせよう』」

「……クカカ」


 奴も金剛杵を握りなおした。全力で戦いに来る様だった。




 大通りすらも蹂躙する勢いで、音の壁を蹴り破る。左手で殴りぬき、その度に金剛杵で打ち落とされる。ビルを蹴り、時には建物を駆け抜け、人を騒然とさせる。


 正直、今秘匿など考えている暇は無い。連盟の理念を全力でへし折るのはあまりしたくないが、正直インドラは強い。これだけ大判振舞いして、短期決戦をつけるつもりで火力を集中しているのに、ここまで長引いてしまった。


 視界がチラチラとスローモーションになる上に、時間を確認する暇もないから、今何時かも分らない。


 それに、何よりインドラを見過ごしたら、今俺が抑えているだけのパワーが人に向けて解放されてしまう。そうなったら、十数万人規模の犠牲に数千件の被害――下手を打てば、日本の国家機能が揺らぎかねない甚大な被害を及ぼすのは確実だ。


 こいつは此処で殺す。お互いにその理念だけは捨てずに殴りあう。


 槍は正直、飛ばす余裕が減ってきた。先程よりも弾数が減って、雷の槍を相殺するのが精一杯だ。


 それもこれも、この左手のプラズマソードのせいだ。威力は折り紙付きだが、バリアの制御に使う集中力が半端では無い。常に整形の為の障壁を削ってくるおかげで、魔力が常にゴリゴリ削られてしまうのもある。


 一瞬、インドラが突き当たりのビルを曲がりきれずに衝突。そこへすかさず、炎の槍を叩き付けた。


 だが、コンクリートの壁を蹴り飛ばしてインドラが金剛杵を振るう。避け切れず、左足の脛の辺りに直撃して――視界が眩む。


 気が付けば、背中から思いっきりビルに叩き付けられていた。すんでの所で減速できたから完全に粉微塵になる事こそ免れたが、ビルの四階から上部分が完全にぶっとんでしまった。こりゃ隠蔽は無理だな。


 ダメージは中々響いた。左足が普通の炎に戻ってしまっている。普通に待つなら回復には時間が掛かりそうだが。


 飛んで来るインドラが目に入り、視界がスローモーになり始める。その一瞬の間に左足に魔力を注いで直した。考えてみれば、こいつはゾーンという奴なのかもしれない。極限の集中状態で、スポーツ選手等に稀にあるそうだが――。


 手を突いてさっさと起き上がり、瓦礫をぶっ飛ばして、最高速でインドラに体当たりをかます。此方も相当痛手だが、あちらもそれなりに傷は負った筈。加速力はインドラの方が強いから、徐々に押され始めたが、俺は気にせず一本背負いの要領で地面に向かって投げ付けた。


 あまりの高速のせいで、アスファルト製の道路が砕け散り、クレーターができる。その中心点へ向かって突撃、インドラの首根っこを引っつかんだ。


 物理は効きにくいが、完全に効かない訳じゃない。


 そのまま加速を加え、アスファルトにゴリゴリと押し付ける様にして百数十メートルを一気に駆け抜ける。既にグロッキーにも見えるインドラを丁字路の突き当たりで直上へと叩き上げ、その後を追いかける様に俺も飛び上がった。


 左手に握っていた光る剣を、両手で構えて振りかぶる。そして、インドラを追い越す一瞬に切りかかった。


 煌めく閃光が俺の視界を覆いつくす。溢れる炎、解放されたプラズマの奔流に巻き込まれたインドラは、粒子と化して淡く消えた。


 その光は夜の帳は盛大にめくり返され、一瞬だけ暗い町を真昼の様に照らした。




 八つ当たりは、済んだ。光の剣は消え去り、おれは若干火傷しながら、近くの人目に付かないところに着地した。


 ああもう、なんだかむちゃくちゃだ。


 俺のせいだ。


 しっちゃかめっちゃかで整理もなにもできていない心中を無視して、俺は天を見上げた。月は真ん丸で綺麗だった。そんな月に向かって、謎の喪失感に突き上げられて。


 俺は高らかに慟哭した。


 ごめん、ごめん、と。誰に向けてかも分らない謝罪の声。


 暗い夜に、みっともない泣き声が響いた。

これにて第三章は終了です。横話はありません。

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