第四十七話 痛恨のミス
先制を奪い取って、まずは全力で殴りかかる。この体で雷は問題あるのかを検証しなければ戦いにならない。一瞬で浮かび、すぐさま背中で火を噴いて加速した。
慌てて避けるインドラだが、遅い。生憎ながら、俺はジェット機でもミサイルでもないんだ。高機動高加速高火力がこの状態の取り柄だからな。炎の拳は、避けるインドラの顔を否応なく強かに打ちつけた。
一瞬、ビリッと来た。が、どうって事は無い。体を構成する魔力の炎も削れていないし、全く問題はなさそうだ。インドラの頬が焼き焦げ、あちらも本気を出そうとしているようだった。
「キケ、カカカカ。クカカカカカッ!」
雷がその出力を上げていく。数億、数兆アンペア? まぁ、雷の塊と炎の塊がぶつかり合うのに変わりはないか。拳を強く握り締め、いざ一撃。
肘からブースターを噴かせば、拳は加速する。体の前面から火を出して加速すれば急速離脱できる。高機動は伊達じゃない。但し、あくまでも炎であるので、攻撃力はそこまででもない。加速をかければ充分ではあるが。
逆に雷を纏ったインドラは、高速ではあるが、機動にはやや難があるように見えた。直角的な機動しか行えないようだが、しかしその速度は計り知れない。俺よりマッハ一、一、二早い。その程度と見た。
その速度で金剛杵が振られれば、いくら非実体の俺でもひとたまりもあるまい。だが、それも当らなければ良い話。幸い、俺にはコーナリング性能が高いから、回避は楽だ。
一撃、二撃、三撃、四撃。全力で回転までつけて捻りこんでいる筈なのだが、一向に削れる気配がない。無為に水でも殴ってる気分だが、雷が手で掻っ攫えているのは感じている。となれば、奴も俺と同じ非実体の状態だと考えた方がよさそうだ。
「なら、こいつはどうだッ!」
自分の体を形成し、切り離し、超高温の炎の槍を作り出す。非実体だろうが、所詮は魔力の塊。同じ純魔力には干渉せざるを得ないのだから、こうするのが一番良い。
投げ槍の様に次々と投げて行く槍を、インドラは回避していく。が、一発、二発と着実に被弾して行く。動きが直線的でワンパターンだから、向きさえ分かっていれば、後はそこらにあたりをつけて投げつければいいだけだ。
次々被弾していく槍に焦りを覚えたのか、奴さんも雷を切り離して槍を作り出す。俺の様に投げるのではなく、自分の周囲に浮かす形だ。俺もあれでやればよかった。
バチンッ! と雷の槍が宙空を迸る。慌てて回避する俺の後方で雷が虚空へ消えて行く。奴と違って俺は全身がブースターで自由自在に動けるが、その分加速力は劣る。どっこいどっこいと言ったところだ。
今度は俺も炎を体から切り離して浮かし、その状態で発射する。インドラも避けつつ、槍を放つ。魔法の槍の応酬が始まり、お互いに空中を飛び回りながら槍を投げつけるドッグファイトが始まった。
「カァッ!」
「そらそら!」
閃光と白光が入り乱れて、夜の帳を翻す。人知を超える威力の攻撃が雨霰とぶっぱなされては虚空に消えて行く。今の俺は、前よりエルシェイランとの融合が進んでいるから、恐らく魔力量も段違いだ。
なんと言っても、エルシェイランが吸い込む非純魔力を片っ端から純魔力に変えてくれるから、魔力の心配がいらなくなっている。
しかも吸い込む量も半端じゃあない。この白炎を維持する為の酸素量がイコール吸い込む魔力量に変わっているから、多分今の俺は結構強い。
唯、その敵であるインドラも、そう易々と攻撃を入れさせてはくれない。数投げれる俺はあたりを付けて適当にぶっ放しているが、インドラは一発一発が鋭く重い。当れば甚大な被害が出るのは一目瞭然であり、命中を避けるべきなのは明らかだ。
右、左、上、下、急加速に急減速、スラムロールも加えてひたすら避けながら適当にぶっ放して行く。流石にマッハの速度で飛んでいたら、地形など気にしている暇は無い。此処はどこだ? もう既に東京では無いだろう。
そんな事を気にしている間もなく、数十の閃光が俺を貫こうと迫る。
急制動、急発進、急上昇、急下降。縦横無尽の飛び回りさえ止めなければ、俺に雷の槍が当たる事はない。網の目の様に大量に降ってくる槍を、その隙間を縫う様に飛んでインドラへ向かう。
振るわれる金剛杵に対して、背面跳びの様にして避けてから、渾身の力で蹴りつけた。相当に電力が上がっているせいか、俺のほうにもダメージもあった。が、マッハで殴りつけた甲斐あってか、それなりにダメージは与えられたようだった。俺に来る雷のダメージは、奴が受けたダメージとイコールで結ばれている。
「キッ、キカカカカ」
それでも尚、笑うインドラ。こいつには、死に対する恐れがないのだろうか? それとも、自信過剰? まぁ、何だっていい。
こいつは殺すべき悪魔であり、俺の八つ当たりの対象と言う事に一切の変わりはない。
展開された雷の槍をよけるべく一息に後方へ向かって飛び退る。先程まで居た所を閃光が煌めいた。
「『笑っていられるのも、今の内だ』」
エルシェイランが一瞬、俺の声と被せて声を発した。ブウン、という音と共に大量に展開した雷の槍に対抗するべく、俺もエルシェイランに槍の制御を任せて多数召還した。
もはや、下へ当ったときの被害など考えない出力と威力だ。
「『いくぞ?』」
「クーッカッカッカッカッカァ!」
再び、宙空を俺とインドラが駆け回る。先程よりも閃光は派手になり、空中に花火の様に灯りを散らす。
常に三百六十度視界を確保し、一瞬たりとも気が抜かない。足裏からブーストを掛けて急制動を書け、即座に急上昇。雷の槍が通り抜けていく。
スローモーな視界は、しかし光速かと見まがう程の速さには対応しきれない。感覚で避けているに過ぎない。それのおかげでかえってパターン化せず、避け切れているのかも知れないが。
弾けた雷がパチンと俺の体を打つ。だが、こんな物かすり傷だと切り捨てて、再加速。もう自分が何処に居るのかすら半分分らないまま、それでもがむしゃらに炎の槍を放ち続けた。
そうしていて、数分。いやに長い数分が過ぎて、気が緩んだのか、俺は一瞬で突っ込んで来たインドラに対処できない痛恨のミスをやらかした。
その後、バランス――平衡感覚すら失って、俺とインドラはキリキリクルクルとお互いに体が縺れて思うように動けぬまま、浮上すらできずに地面に追突する事になる。




