第四十六話 不退転の証
ボードが無いのはまぁ、いい。最悪無くても構わない。だが、空を飛べる相手に対する時は話しは別だと思う。
音も無く、白光が俺を狙って降り注ぐ。一瞬遅れて雷鳴が響く。雷に追われるなんて、こんな機会滅多にないぞ、クソッたれ! 残り少ない弾丸をありったけ叩き込んで見たが、なんと電熱で弾丸が気化していた。金属が気化するとか、おかしいだろうが!
しかも、これを空中に居ながらやってくるのである。ぼくのかんがえたさいきょうのあくまってか。
また、白光が迸る。嫌な予感に咄嗟に身を転がし、その矛先から逃げおおせる。とはいえ、このままではジリ貧だ。
「火よ、唯々燃え盛る火よ。今線と化して、我が力と成せ。エルシェイラン」
オレンジ色の高熱の光――熱線砲は狙い違わず、とは行かずとも、確かにインドラの胴体を焼き焦がす。だが、雷の鎧で直撃とは言い切れなかった。銃弾は無効、近接攻撃手段無し。おまけに、魔法も対して効かないときた。
しかも鬼女の時と違って、今度はガチンコで、小細工無しで殴りあっている。だというのに、これだ。マガジンが今ので切れた。これで打ち止めである。
あれだ、何時見たか忘れたが、映画ででかい怪物に銃を撃ち捲くってる兵士の気分だ。多分、銃弾が通じないという点では全く同じ状況だと、半ば呆然とするようにそんな事を思った。
不意に、金剛杵を振るって突進してくるインドラに向かって、思わず印を向けた。どうするかは何も考えて居なかったが、答えはすぐにでた。
「くそ! 火よ!炎燃える鞭よ!エルシェイラン!」
印から迸る、鞭というには太いクラーケンの触手の様な炎。インドラの体を絡めとらんと伸びたそれは、しかし期待とは裏腹に叩き落された。いや、中途から金剛杵で吹き飛ばされているので、断ち切られたと行った方がいいか。
どっちでもいいが、死に瀕した体は、ありがたい事に無意識に横に転がってくれた。そのお陰で、直撃は避けれた。
だが、身に纏う雷までは無理だ。バチンッ! という音と一緒に、体が家から弾ける様な痛みが俺の中に駆け回った。なんとか悲鳴は心の中に押しとどめたが、何時まで持ちこたえられるかは未知数であった。
しかし、だ。元々疲弊し、装備も無いこの身で挑み、無事で済むとは思っていなかった。故に、これは覚悟の時間だ。
約束を破る、覚悟の時間であり。人間を失いかねない、瀬戸際の覚悟をするための。
風が渦を巻く。空気が俄かに、光を帯びて歪む。
「火、それは我が先を示す、指先の灯火」
これが俺の覚悟。迷って惑って狂って血迷って。それでも、手放そうとしなかった、俺の自分らしさ。
エルシェイランは、何度も助けてくれた。エレインの様に、無償で。何度でも、何度でも。それに頼って、今日この日まで戦い抜いてきた。捨てた物は多く、拾ったものは少ない。愚かな事もしたし、頭を抱える日もあった。
でも、今日、何かが定まった。
エレインが、「生きて」と。そう言ってくれたからだ。
まやかしだ。所詮、一ヶ月と共に過ごしていない者の、戯言だ。自分がいつか、そう切り捨ててしまうのが分かっていて、恐い。
だが、それでも。憎むと。恨むと。だからその為に――自分の為に、生きてくれと。そう告白された。コミュ障の男が、盛大な勘違いをしたといって、笑ってくれて構わない。
俺は。決して、彼女の屈託の無い笑みを、勘違いとは言いたくない。
インドラの猛攻が飛ぶ。俺の周りで高まりだした魔力を察してだろう。だが、それは現世に降りようとするエルシェイランの火炎の弾丸によってかき消されていく。
絶対に、死んでも言う物か。
愛を感じた人を、愛を授けてくれた人を。勘違いなどと、言う物か。
「今一つとなりて、共に歩もうか……ッ!?」
脳が軋むのを感じる。体が、心が勝手にリミッターを掛けようとしている。それを食い破る様に、俺は高らかに叫んだ。
「エル、シェイラン――ッ!」
ポ、と。
蛍火一つ。
瞬間、豪炎が包む。体を焼くような痛みと、かさぶたが剥がれて行くような快感を感じる。見れば、左腕の表皮がベリベリとはがれて落ち、真っ白な――元の、母が生んでくれた姿をさらけ出す。
なんだっていい。どうだっていい。俺は、喉の奥から溢れ出る感情に身を任せて、雄叫びを上げた。
「オオオォ、アアァァ――!」
この叫びが、どうなっているかも分からない、エレイン。彼方に届くように。
暖かな光が辺りを支配する。何時もより出力を増した炎は、真っ白に染まっていた。高温の証だ。攻撃力とか火力とかは考えない。この炎がある限り、俺は負けない。
エルシェイランの慰めるような声と、俺と同じ怒りを感じる。理由も似通って、俺……銀二を助けて上げられなかったという、自責の怒りだった。
轟々と燃える炎は、俺の覚悟の証。鬼女が言う通り、俺は死狂いだ。事実、仮初の命とはいえ、躊躇なくこの拳でインドラを殺そうと考えている。命の価値の分からない、最早救いようのない狂人であることは間違いない。
だけど、俺はあんたみたいにはならないよ、と。エルシェイランと一緒に、どこへともなく語りかける。目の前を見据えて、ただ。
俺は今、愛の為に生きているのだ、と。言えば、聞こえは良いかもしれない。だけど、俺にはそんな綺麗な言葉は似合わないと思う。だから、俺は自分の事を、愛狂いと呼ぶのが相応しいと思う。
「『いくぞ。インドラ』」
声が重なる。エルシェイランの声だろうか。俺の低い声とは別に、幼げに聞こえる声が、同じ言葉を話していた。ごめんな、つき合わせて。そういうと、いいよ、別に。そんな声が返って来た。
良い相棒だと思う。
この燐光が、俺のアイデンティティー。引かない、負けない。そして絶対にやり通す。俺のそんな覚悟の証。不退転の証。




