第四十五話 怒りの生贄
ダンダンダンッ! とデザートイーグルの銃声が鳴り響く。凄まじい速度で飛ぶ銃弾は、しかし一瞬の間にインドラの持つ金剛杵で弾き落とされる。それでも、両手でしっかりと握って、決して照準はずらさない。遮二無二撃ち込んで、一発かすれば儲け物だ。
その程度の思考ながらも、キッチリと頭に向けて全弾撃ち込んで行く。便利な物だ、と思いつつ
結局一発も掠らなかったデザートイーグルを放り捨て、ベレッタを呼び出し。片手で狙えるようになったのだから、エルシェイランによる攻撃も織り交ぜる。
「火よ、うねりたなびく火よ《ラスタレン・ロ・ヴェル》! エルシェイラン!」
ゴウオッ。印から、蛇の様にうねる炎が這い出た。高速でインドラへ襲い掛かるのは、正しく毒蛇か何かの様だ。鬱陶しげに払っても、一時的に掻き消えてはすぐに戻ってくる。俺はその間、ベレッタを乱射するだけだ。
俺が放った八発目の弾丸をインドラが弾いた時、僅かな隙にインドラの脇腹に炎の蛇が食らいついた。すぐにかき消されたが、それでも確実な爪痕を残して行ってくれた。
「カ、カ、カ」
それでも哄笑をやめないインドラ。確かに掠り傷だが、そこまで軽い傷ではないはずだ。無表情なまま、俺は弾丸を撃ち込み続け――弾薬が切れる。思えば、買ってからずっと弾薬を補充していないから、恐らくは武器庫に残っている二,三マガジンで終わりだろう。と、そんな事を思った。
となれば、俺は本格的に魔法に頼る他無い。得体の知れない黒いのに浮気した俺でもエルシェイランは許してくれる様だった。
「……火よ、五月雨の如き火よ。。エルシェイラン」
久々に使ったその魔法を、天空へと向けて放つ。炎の弾は重量こそもってはいないが、それでも重力にしたがって落ちてくる。ならば、三十発近い炎が大瀑布のごとくふってくるのは当たり前だ。
数秒後に降ってくるだろうそれを、インドラは察知したのか。俺に向かって手に持った金剛杵を振りかぶった。ソレに対して、俺は左腕を咄嗟に掲げてガードする。
ガキィン! と金属の高い音が、俺の腕とインドラの武器が当った音だ。俺の――悪魔化した腕は、予想以上に硬かったらしい。黒い産毛の様な細く短い毛が無数に生え、筋肉で満ち満ちたこの真っ黒な腕が、異常な硬さを発揮していた。
そう言えば、自分の左腕が悪魔化したことすら忘れていた。怪我をしていたから、再生の途中で悪魔の、つまり鬼女の魔力が混じったからこんな事になったんだろう。俺は悪魔が嫌いだ。嫌いだが――。
使える物は、使わせてもらう。
「お、らァッ!」
振り回した左腕は、想像以上の腕力を持っていた。受け止めた金剛杵を、二本の手から手放させないまでも、大きく体を開けさせる事ができる。その腹へ、思いっきり拳をねじ込む。
金剛杵を手放した方の手が、その攻撃を受け止めようとして、バキバキと原型を留めなくなった。
「クッ!? ……か、カカカカカッ!」
それでも尚、哄笑をやめないそいつに、苦笑いしかできなくなるように。
「山ほど魔力注いでやるよ! 受け取れ!」
また、天へ向かって印を向ける。無論、唱えるのは弾幕を貼る五月雨のやつだが、今度は多重詠唱――数がちがうのだ。
「火よ、火よ、火よッ! 五月雨の如き火よッ!。エルシェイラン! 焼き焦がせ!」
天空へと放たれるのは、百を優に超える数の火の弾丸が飛んで行く。そこに、最初に放ったの火の雨が降り注いだ。
驚くべきは、それを二本の金剛杵で器用に振り払うインドラだ。だが、今度は哄笑する余裕も全くなさそうだった。無誘導の火の雨は、要するに読み様がないからだ。それが数十発とんでこれば、俺だったら死んでいただろう。
とはいえ、一発一発の威力は低い。金剛杵で払うぐらいの注意は引けたみたいだが、どこまで言っても下級魔法は下級魔法だからな。
しかし、今ので半分は魔力がもっていかれた。今の内に叩く他は無いだろう。クレイモアは自分で握りつぶしてしまって唯の鉄屑になったので、おもむろにスレッジハンマーを呼び出した。
嘘だろ、片手で持てたぞ。とはいっても、悪魔の方の片手で、だが。益々人間離れしてるな俺。まぁ、どうでもいい。今は考えない。
金剛杵二本で火の雨を掻い潜っているようだが、そこで俺がスレッジハンマーで殴りかかれば、どうかな?
「おらおらおらおらッ! ヘし折れろ!」
金剛杵の一本を下ろして、此方に対処してくるインドラ。だが、一本では火の雨を弾き切れなくなったのか。数発が体に当るのを許した。苦悶の表情、肉の焼ける臭い。
一瞬気が抜けたそいつの顔へ、ばれないように呼び出していたメリケンサックを叩き込んでやった。
雷の神とか抜かす割に、雷で攻撃して来ないのを見て、今なら殴れると思ったからだ。俺の、人の身による拳とはいえ、渾身の一撃がインドラにたたらを踏ませた。
畳み掛けようかと考えたが、俯いたインドラの様子がおかしい。俺は一歩下がった。哄笑をあげ続けていた奴だったが、既にその動きは停止している。だが、金剛杵を握り締める四本の腕が、筋肉で膨張していくのは見えた。
「……カ、カ、カ。ク、カカカッ! クカカカカカカカカッ!」
それは、俺を嘲笑っているのではない。怒りだ。こけにされたと思ったか、自分が拳で揺らいでしまったのが悔しいのか。どちらにせよ、その怒りの矛先が俺を向いているのには違いない。
バシッと音がする。打撃音にも似たそれは、インドラを包みだした雷気の音だろう。直にその音はバリバリとなり始め、ゴロゴロと雷の様な轟音へと変わって行く。
雷を纏ったそいつに対して、俺は「面倒だな」という感想しか浮かばなかった。スレッジハンマーは金属製で、今の所残っている近接攻撃の手段はこれしかない。電撃の度合いにもよるが、纏っている雷を見るに、黒焦げですむかどうか。
スレッジハンマーは倉庫に戻し、本格的に魔法を使う準備。片手だけで持っていた印を、両手に持つようにする。八つ当たりはまだ、終わらない。
何でお前が出てきたかなんてどうでもいい。お前が何をしに来たかなんてどうでもいい。インドラ。俺の怒りの生贄になれよ――!




