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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第四十三話 不思議な空間

 薄ぼんやりとした視界の中、エレインと戦う俺を客観的に見る俺が居た。エレインは防戦一方、等ではない。互角か、それ以上の戦いをしている。


 それは唯単純に、経験の量が同等で、実力はあちらの方が上だからだ。無論、俺が"宇宙(かなた)への呼びかけ"を使えば、エレインとはいえどうにもなら無いだろう。ソレこそ、セリンテの爺が三人くらい必要だ。


 しかし、今の俺にエルシェイランの助けは無い。何故なら、今封印されているからだ。そんな事が認識できているのは、今暴走している俺と、客観的に見ている俺が別物であるから。亜幽体離脱、と言ったところだろうか。


 冷静かつ、"何か"に侵食されていない俺の思考だけが今、ふわふわと浮いている。そしてそんな俺の隣に、ニヤニヤと笑う――様な雰囲気を湛えた――鬼女の成れの果ても浮いていた。


「あれがあんたの本性だよ。いやぁ、醜いねえ」


 そう告げた女に対して一瞥をくれたが、俺はすぐに俺とエレインの戦いに視線を戻した。


 あれが俺の本性。そうだ。あれが俺の根っこの部分だろう。自分が何故其処に居るのか分らなくて、居ていいのかも分からず。唯捨てられるのが嫌だという曖昧で出所も分らない、不確定な考えから悪魔を殺してきた、俺の。


 自分の存在価値を生み出すためだけなら何でもする。たったそれだけの、虚ろな怪物だ。


「あぁ、そうだな。……知ってたよ」


 思えば、それは始めからだったと思う。そう。そもそも、生活が苦しくなり始めてから、ずっとだ。自分は此処に居る必要があるのか、とそう悩んできた。


 俺が居ない方が暮しはずっと良かっただろう。育ち盛りで学生な俺が居なければ、両親共にあれほど苦労して金を工面する必要もなかったし、何かと問題を起こしがちな俺の尻拭いも要らなかった。


 そう思ってしまえてから、ずっと。俺が居て、何か変わるのか、と思っていた。何時か「お前は居ない方が良い」といわれるのではないかと、唯々思い続けていたんだ。


 馬鹿な話だ。霊体の身ながら、額を抑えた。しかも、この様だ。自分勝手な悩みに苛まれ、本当に大切な物を見失っている。或いは、最初から、か。もう、良くわかんねぇ。


屍狂(しぐる)い」


 女が唐突に、俺に話しかけた。そこに悪意は、一切感じられなかった。


「意味、分かったかい?」

「……なんとなくは、な」


 要するに……罪だろう。自分の幸せ――この場合は、一種の自己認識欲求に駆り立てられた凶行。屍を積み重ねてでも、それを掴み取ろうとする化け物。屍に狂った物。その類、と言う事だろう。


 全く初対面の、それも悪魔から指摘されていた、と言うのは癪に触ったが、それはこの女もそうだからだろうと、無理くり納得した。


「あんたも、なのか。いや、"だった"のか?」

「そう……さな。一応、"語り手の設定"だと、そうなっているよ」


 意味深な台詞。俺は、無言で続きを促した。頷く訳でもなく、俺に向かって話しかけるでもなく。唯、女は語り出した。自分の――客観的な――"設定"を。


 まず、女が居たのは、"勇者だけど代理が最強なので魔王無視して旅に出ます"、というライトノベルの世界観の中だ。敵キャラながら人気が在り、新参者となった。そこまでは、とりあえず知っている。


 問題は、ライトノベル内での女の設定だ。


 遠い昔、女は村に住んで居たのだと言う。結婚して夫も子供もおり、実に幸せな生活をしていたらしい。


 しかし、それもそう長くは続かなかったのだろう。女の沈痛、と言った風な顔を見て思った。女の話はそのまま続いた。




 そこはラッバル村という所だったらしい。農業をして、不作もあまり無く、日々平穏に過ごしていたのだという。その時女は、まだ頭に不思議で小さな瘤があるだけの、一般女性に過ぎなかったのだという。


 夫のラルクと共に、農業に勤しみ。すこしやっかまれたりしながら、それでも何不自由なく、平和な生活を送っていた。


 しかしある日、家に帰ったとき。自らの家に、火が掛けられていた。その時は焚き火も炊いておらず、明らかな不審火だった。女はその時、家の中に居る自分の子供を思い出して炎の中助けに向かったのだという。


 焼け落ちた木材を、焼け付く事も恐れずに押しのけ、我が子を抱きかかえて外へ飛び出したと。そこの記憶は朧気だったようで、あまり詳しくは言えないらしい。


 しかし、切り抜けた先で見た子は、既に息絶えていたのだという。焼け落ちて来た木材の重みに耐えられなかったのだろうと、女は目を伏せて思い出すように言った。結局、自分に醜い傷だけが残る結果となったのだと。


 そして、涙を流した女に聞こえたのは、夫――否。夫だった男の舌打ちであった。


 火を放ったのは他でもない。夫のはずの男だった。夫は、子供諸共、女を殺そうとしたのである。ご丁寧に理由まで語ってくれたよ、と怒気をあらわにした顔で女は吐き捨てた。


 その時だったという。自分の中に眠る鬼が目覚めたのは。村一晩を焼き払っても尚止まらなかった女は、十数年の時を経て勇者――ラノベの主人公だ――に倒され、消えたのだという。


「それで……こっちに来て、自分が作られただけの存在だと、知ったのか」


 俺は話しが終わったとき、思わずそう呟いた。女は自嘲の笑みを漏らすのを返答にした。


「くだらないね。こんな姿にまでなっちまったのにさ」


 角を触って、そう呟く女は。不意に此方に向いて、俺の肩をガッシと掴んだ。俺は抵抗しなかった。女の顔は、もうニヤついてはいなかった。


「あんたは。あんたはこんな風になるんじゃないよ!」


 血走った目は、後悔の色に染まっていて。俺は反射的に、目を逸らした。ふっと女の手が弱くなって、俺を突き飛ばした。


「いきな。あの光へ向かって」


 女が指差す方向を見れば、なるほど。確かに光が見えた。暗い空間の中で煌めくそれへ、何も言わ、歩き出した俺の背に向けて女の言葉が聞こえた。


「歩き続けな! あんたの道の先に何があっても、歩く事だけはやめちゃいけないよ!」


 叱り付ける様な声に、俺は結局一言も返せないまま。俺はその場を去った。


 歩き続けるか。俺は、そもそも歩き出していたのだろうか。或いは、あの時から止まっていたのかも知れない。不思議な空間は、俺を哲学的思考に陥らせた。

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