第四十話 決して奪われるな
その日は基礎の基礎だけで終わり、一旦解散。また明日、エレインの家で魔法の勉強会だ。俺は彼女の代わりに、悪魔の討伐を行う。エレインは勉強会に参加させようとしてきたが、悪魔の討伐は毎日行うのが決まりだ、と押し切ったら渋々引き下がっていった。
さて。俺はまた、悪魔討伐だ。今十時弱って所だろうか? まぁ、時間はどうでもいいと思う。家に戻って、装備を着込んで、夜の街に狩りに出る。
エレインは、今日はお休みだ。まぁ、元々俺一人でやってきたんだから、何も不都合はない。
とはいっても、魔法使い就任の儀……面倒臭い事に名称が統一されていないが、まぁ儀式は酷く疲れた。
ああいうしっかりとした物をやると肩がこるのは、きっと俺だけじゃない筈だ。と言う事は、小・中学校の校長もこんな気分だったのだろうか? 長い話が必要ないだけ、俺の方がましか。
まぁそんな事はどうでもいい。悪魔を殺そう。
俺にはそれしかないのだから。
轟々と燃える炎が、一切合財の悪魔の生きていた証を焼き崩していく。エルシェイランの調子はいつも通りだ。誰よりも信頼できる、というのは言いすぎではない筈だ。
ふとエレインの顔が頭に浮かぶ。あいつは? と、俺の何処かが聞いてきた。……どうだろうな。信頼はできる、が……。
ブンッ、と頭を振って考えを追い出す。余計な事は考えるべきではない。
しかしまぁ、今日は数が少ないな。今の所、十二個の内、悪魔が未発生の物が四つ。悪魔が少ないのは良い事だが、あまりに唐突に過ぎる。これと言った兆候無く、突然減っている。
此処数ヶ月起こっている、"あのお方"とやらが関与していると思われる悪魔の増加傾向。それが、こんなにも唐突に止む筈が無い。
セリンテの爺に連絡をしようとして、鴉が出て来ない事に気付いた。
「……? 来たれ。……駄目か」
何だ? 通信障害? と言う事は、非純魔力か純魔力が集中している? ……意図的なことだとするなら……。
周囲への警戒を強くしながら、目に魔力を集中させる。さて、見えるか――?
一瞬、塔かと見紛う光の量。全部純魔力? 街一つ、沈められるレベルで集まっていないか? 東京の中心付近へ集まっていく光の筋が、一つに集まって。そこから、天空へ伸びている。あれは、一体。
魔力を集める事は、意図的でなければこんな形にはならない。なるとしたら、それこそ宇宙誕生の確率並みだ。誰かが何かに、魔力を供給している? となれば、集められた魔力は何かに。
気付いたときに暗がりに立っていたのは、やつれたサラリーマンの様な男だった。
「やぁ。元気かな? 銀二君」
「……誰だ」
剣を印から引き抜いて振り向く。壁に凭れて腕を組んだそいつは、普通の人間に見えなくは無い。唯、目が金色に染まっていなければ、の話だ。
悪魔ではないだろう。独特の気配を感じない。だが、人間でもない? 並々ならない気配だ。鋭く見据えている筈なのに、気がつけば消えてしまう気すらする。
薄気味悪い。幽霊が居るのなら、多分こんな感じなのだろう
「冷たいなぁ。まぁ折角だから教えてあげるよ。僕の名前は『――」
ギャリ。脳漿を石で削られたような感覚。
「ギッ――!?」
要するに、激痛が走った。男の名を聞くのを頭全体で拒否している様な痛みだった。剣を取り落としそうになったのを、何とか盛大にしかめっ面をするだけで留めた。今のは、一体?
「』だよ。聞こえなかった? まぁ、外なる者の名だし」
「何だと……?」
外なる者? ……"上位者"? 馬鹿な。実体を持って顕現するなんてありえない。しかし、今の声は何だ。聞き取れない所の話ではなかった。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ。少し話をしにきただけなんだ」
話。話だと。ふざけるなよ。グッと剣を持つ手に力を込めようとしたが、ふと気付くと周囲をドーム状のバリアが覆っているのに気付いた。召還した筈の剣は一切動かない。いや、違う。俺の手首が空間に固定されていた。
「あ、忘れてた。話をする為に、結界を張らせてもらったよ」
つまり、空間固定じゃなく、俺の体の周囲に物理結界を張ったのか。何時の間に……? 光の塔がまだ見えていると言う事は、今も魔力を見る事ができる筈だ。その動きすら一切感じさせずに、だと?
「大体察したみたいだから、話をしよっか」
位階が違う、か。クソッたれだな、おい。
「僕はさっき言ったとおり……と言っても、君には聞こえなかったか。そうだね、ニドホグとでも呼んでくれ」
ニドホグ。どこかで聞いたような気がするのだが。まぁどうでもいい。
「それで、何の用だ」
「つれないなぁ。まぁ、簡単に言ってしまえばちょっとした雑談だよ」
はぁ? と、思わず声が漏れた。聞き間違えだと、良かったのだが。かと思えば、本当に雑談を始めやがった。好きな物は何かとか、趣味は、好きな人は居るの? 俺は一切答え無かった。
ギリッと、歯軋りして男を睨み付けたが、「恐い恐い」と適当に流された。警戒こそしていたものの、こいつが手を出してきたとき何かできるか、と聞かれれば怪しい所だった。
「うーん。嫌われてるみたいだし、僕はここらで退散するよ」
男はそういってクルリと踵を返した。が、ふと思い出した様に振り向くと、ニヤニヤとした顔で言った。
「新しい魔法使いが、来たんだっけ?」
何がおかしい。睨みだけでそう伝えても、やはりニドホグは何処か飄々とした態度で、口を開いた。
「お仕事、奪われないように、ね」
結界が解除された瞬間にクレイモアを全力で投擲したが、もはやニドホグの姿は無く、俺のクレイモアがコンクリートの壁に突き刺さっただけだった。
仕事を奪われないように、だと。百も承知だ。それに、あいつらはまだまだ見習い。俺の仕事が奪われる、何て事は無いはず。無い、はずだ。
頭のどこかで、声がする。決して奪われるなと。百も承知だと、自分に言い聞かせるように呟いた。俺は、東京を守らないといけないんだから。
この使命、奪われてたまるものか。
悪魔、殺すべし……!




