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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十九話 新たな魔法使い達

 何だかんだ、二時間過ごした。やや退屈ではあったが、前川が「水平思考クイズ集」なる本を出してくれたから、それほどではなかった。本当、どこから出しているんだろうか。鞄は殆ど膨らんでいないように見えるのだが。


「ごめン、ちょっと時間空きスぎたネ」


 八時五十分ぐらいに、エレインが来て、部屋の中にいる全員に言った。ちなみにその時は、セバスチャンが持って来たスコーン(?)を美味しく頂いているところだった。


 何でも、必要な宝石の用意に時間がかかったらしい。幾ら資金が潤沢とはいえ、特定の店から宝石をまとめ買いする訳にも行かず、色んな場所を回っていたらしい。俺は結局見習いに過ぎなかった分、その辺りの事情には疎かった。


「それジャ、急いデ儀式の準備しちゃオう」


 そういって踵を返したエレインを見て、俺はゆるりと立ち上がった。高いソファって、どうしても性に合わない。柔らか過ぎて尻がむずむずした。


「あ、エレイン。私も何か手伝える事ありますか?」


 続く様に立ち上がった玲奈が手伝いを申し出たが、エレインは「危ないからいい」と断り、先に儀式の間として使用する地下室に行った。俺は部屋の三人に


「準備ができたら呼ぶ」


 と言って、そのまま部屋を出た。




 扉を押しのけ、左右に首を振って周囲を確認した。エレインはまだ廊下に居た様で、俺は早足で彼女に付いていく事にした。とはいっても、身長、というより足の長さの差は結構ある。そう掛からないうちに、俺は彼女に追いついた。


「ネェ」

「……何だよ?」


 歩みを止めないまま、唐突にエレインが俺に声を掛けた。俺は少し間を空けて返事をした。


「あノ子達が魔法使いニなるノ、よく認めタわネ?」

「認めわけじゃ、ねぇよ」


 まぁ、結局は認めた形にはなるんだが。


「セリンテの爺も認めたし、本人達も覚悟できているらしいからな。俺が止める理由も無いだろ」


 別に、魔法使いになるなと言っている訳じゃないし。魔法使い側の戦力が増えるのは、喜ばしい事だろう。少なくとも、頭ではそう理解しているはずだ。


「フーン」


 と、何となく訝しげなエレインに「何だよ」と聞いた。しかし、「何でモ」と返されてしまえば、それ以上追求できなかった。


「唯、チグハグだナ、ッテ」


 何が? とまた問いかけたが、今度は返事が帰ってくる事もなかった。エレインはそのまま、ツカツカと早足で地下室に向かってしまった。……なんだよ。女って意味分んないな。


 とは言っても、男であっても気持ちの分らない俺に、異性の気持ちなんて分る訳もない。ふぅ、と溜め息を吐いて、速やかに地下室で準備を行う事にした。




 九時五分を過ぎたぐらいだろうか? 準備がようやく完了した。そもそも、宝石が割れないように魔力を込めていくという作業はまだ良いとして、何だよその上に鶏の血を混ぜた蝋燭をたらせって。


 昔の魔法使いは、何でもかんでも複雑化しすぎだ。まぁ、昔から伝わってきているし、変わる事はないのだろうが……。


 話がそれた。昔の魔法使いのセンスなんぞどうでもいい。呼びに行こうと思ったらセバスチャンが呼んできてくれた。ありがたい事だ。唯、三人とも……いや、前川はいつも通りか。まぁ、二人とも緊張しているのか、一言も喋らずにゆっくりと入室して来た。


 フゥッと息を吐いて、俺も気分を落ち着けた。


「ではこれより、伊藤怜奈、岡田健介、前川藍の精霊契約を始める。玲奈、前へ」


 俺がそう宣言すると、エレインがまず玲奈の手を取って、中央の魔法陣の上に立たせた。ガチガチに緊張している。だが、掛けるような声も無く、黙って儀式を進める事にした。


遍く世界より、(ヴァルノスト・レンド)精霊よ答えよ(フェ・イル・トラント)。」


 ふわり。音も無く、光が部屋に集まり始める。それは純魔力が高まっている証。これが出ているのは、俺とエレインが呼び水の為の魔力を部屋に撒き散らしているからだ。一瞬、岡田がビクリと硬直したのが見えた。


この者と(シャルファ)共に歩む者よベテモーヴァルテ・アイレ今出でよ(ジェン・ベシェフト)


 一気に部屋の空気が重くなるような感覚がして、散らばった光が玲奈に殺到した。一瞬だけ玲奈が見えなくなる。岡田が助けに行こうとしたのを、前川が引っ張って止めていた。


 暫くするとその光も失せ、玲奈の姿が見え始めた。形だけなら何時もと変わり無い様に見えるが、その体に淡い光が宿っているのは一目瞭然であった。


「……淡い光……」


 エレインが静かに呟いた。あぁ、と俺も頷いた。見た事は無かったが、これは恐らく――っと、先に儀式を進めるべきだな。


「汝、共に歩む者が名を告げるがいい」

「え、えと……何か、頭に浮かんできたんですが……これですか?」


 しまらないなぁ。そうは思いつつも、無言のまま頷いた。


生命賛歌(ロ・キリエッラ)……だ、そうです」


 やっぱりな。生命賛歌なんて名前は"生命"の概念精霊以外あるまい。概念精霊は自分の司る物にちなんだ名前を付けたがる。


 分りやすくて結構だが、他の精霊はそうではない。エルシェイランとシェンパドシェルは優しい、つまり判りやすいほうで、渦巻く煌き、なんて名前だから光の精霊だと思ったら、水の精霊で、全部の呪文を設定しなおす羽目になった、何てよくある話だからな。


 まぁそんな事はどうでもいい。玲奈に下がってもらい、岡田、前川と続けてやっていく。その結果、岡田は雷の、前川は氷の精霊と契約を結んだ。これで魔法の使い方を教えれば、晴れて魔法使いだ。


「おめでとウ」


 祝いの言葉を述べるエレインに、皆別々の反応をしていた。前川は冷静なように見えて、以外と興奮しているように見えた。


「あぁ。……おめで――」


 一瞬、ズキリと胸が軋んだ。しかしそれは、疑問に思う間もなく消えた。何だったんだ? 首を傾げたが、三人の疑問そうな顔を見て、おっと、と気を取り直した。


「おめでとう。新たな魔法使い達」




 素直に喜べなかったのは、きっと魔法使いの使命が辛い物だからだと思った。


 けど、何か引っかかるものを感じた。

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