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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十八話 左手に"何かある"

 花束を貰ってからは暫くぶらぶらして時間をすごし、家に帰る事になった。どうも、致命的な程、お出かけとかそういった類が俺は苦手でならない。エレインも内心、苦笑いしていたんじゃないか。そう思うほどだ。


 そして帰っても、両親にからかわれ居心地が悪く、退院パーティが終わったら逃げ出すように自室に入った。とはいっても、やっぱりする事は無いのだが。


 する事、といえば。あの三人――玲奈、岡田、前川だ――の、魔法使いの儀式はどうするのだろうか。ふとおもった。


 俺の右手は一応治ったのだが、結局何時やるか聞いていなかった。エレインは知っているだろうか。だが、そこまで自由にできる金も無い俺には、連絡手段がない。……八方塞だと気付き、はぁー、と頭を抱えた。


 そもそも、場所が分かってても、俺じゃ門前払いだ。何ていっても、エレインの家は疑うまでもなく大豪邸だろうから。


 どうしようか。と、おもっていると、烏が窓を突いていた。多分、爺からだな。窓を開けて、烏のくちばしの下を軽く押した。


「『儀式は明日、エレインの自宅地下で行う。忘れん様にな』」


 こういうとき、やたらとタイミングがいいのがセリンテの爺だ。


 取り合えず、俺は俺で今晩の悪魔討伐の準備をしなければ。




 それで翌日。儀式はエレインの家の地下室でやる事になった。らしい。まぁでっかい屋敷らしいから、地下室の一つや二つあるだろうし、エレインはまだ学生の身。知り合いを誘っても怪しまれない。正にうってつけだな。


 しかしまぁ、随分なことだ。まだ一ヶ月経っていないのに、ベヒモスと戦い、エレインと会い、鬼女と戦い、三人も若手の魔法使いが増える。


 色んな事が、一度に起こりすぎている。そんな気がした。


 まぁ、どうする事もできないが……これが故意に起こされている物だとするなら……。最近の悪魔の増加も、何か関係があるのかもしれない。


 そんな事を思いながら、俺はエレインの家へ向かっていた。実は、もう見えてきているのだが。唯、距離の為ではなく、大きさの為だが。


 アメリカン、というべきか? そんなサイズのお屋敷が、俺の視界に入っていた。アメリカの家は日本の家の平均の約三倍の大きさだというが、なにも屋敷まで三倍じゃなくても良いと思う。しかも何故だか窓だらけだ。


 歩けば歩く程、どんどん大きく見える屋敷って凄い。そんな事を思うと、何時しか正門までついていた。これあれだろ、車で門に入っていかないと疲れる奴……。


「銀二様でございますか? 私はセバスチャンと申します。こちらへ」


 と思っていたら、セバスチャンと名乗る執事服を着た壮年の男性が歩いてきた。髪の毛はオールバックに固められ、ぴっちりとした雰囲気の男性だ。一種、完成された姿勢であった。セバスチャンは門を開いて俺を呼ぶと、ゆったりと背を向けて歩き出した。


 俺は何も言わずにそっとその後ろに付いていく。まぁ騙される事もないだろう。そうして歩いて行くと、すぐに客間らしき場所に通された。


 うーん、壺だの硝子細工だの色々高そうな物が揃っているが、多分どれ壊しても一生かけて払わなきゃいけないレベルなんだろうな、って事ぐらいしか分らない。


「おう、銀二」

「来たか」

「ちょっと遅いですよ」


 既に魔法使いになる三人は揃っていた様で、三者三様の反応を返してきた。それぞれ岡田、前川、玲奈だ。


「あぁ。まぁ、別に良いだろ」


 実際、実は約束の時間より三分は早くついたのだが。むしろ、ソレより早く到着していたこいつらがおかしいのだ。そう自己暗示をかけて、どさっとソファに座り込んだ。


「というか、お前らはこんなに簡単に決めてよかったのか? 魔法使いになる事を」


 まぁ、俺が言う事でもないんだが。本当にポンと決めてしまったから実感が湧かなかったのだが、人生を左右してしまう選択の筈なのだが。少なくとも、俺はそうだった。


「だって、銀二君にだけ任せておくのは不安ですから」


 しかし、本人たちがそう言ってしまえば俺は黙る他無い。俺がとやかく言える立場には無いからだ。先輩、それも代表とはいえ、そこまでの強制力は持っていない。加入させるか否かは、連盟長、つまりセリンテの爺に一任されているからだ。


 あの爺が許したのなら、否はない。無いが――


「そうか。……前に言ったように、万が一があれば容赦なく殺す。覚悟はしておけ」


 俺だって人並みに情はあるつもりだ。助けられる限りは助けようとは思う。だが、それとこれとは話は別。どうしようもないときは殺す。……それが酷く、非情な事だと分っていても、だ。


「分ってますよ。……私たち、頭いいんですよ?」


 そういって気丈に笑う玲奈の言葉の端に、静かな恐怖が滲んでいた。岡田が、さりげなく対応できる位置につく。前川は動じていないように見えるが、一瞬目が泳いだのは見逃さなかった。


 当たり前だよな。いつでも殺すぞといわれたら。前も、こんな状態になった。むしろ、この程度で済んでいるのは、こいつらの精神がそれなりに強靭なだけだろう。


 まぁ。分っているのなら、良い。静かにそういって気を落ち着けた。夜というにはまだ少し早い時間ではあるが、大体九時ぐらいから儀式を始めるそうだ。今は七時だな。……いや、少し早く呼びすぎではないか?


 二時間だぞ、二時間。ちょっと長すぎ……ないか。前川はスマホを弄くってるし、玲奈は岡田と話している。手持ち無沙汰なのは俺だけだ。何をやればいいんだろうか。そうだ。あやとりでもするか。……最近、どうにもしていない事が多かったが。


 唯、今は魔法用のしかもって来ていない。単色だから地味になるが、まぁいいだろう。誰に見せる訳でも無し。適当にあやとりの紐を交差させているだけでも、以外と楽しいものだ。


 と、おもった所で。左手の包帯が目に入った。


 「そういえば、まだ動かせないんだったな」。そんな感想が漏れる。何せ、まったく痛みを感じないのだ。痛みを感じないから、という理由は薄いが、平常時となんら変わらないからすっかり忘れてしまっていた。


 うっかり、ともいえるこのド忘れ。唯、前川だけが、やや眼光を鋭くして俺を見ているのに気付いて、何なのだろうと思った。


 今思えばあの時、彼女左手に"何かある"のだと気付いていたのかも知れなかった。

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