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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十七話 シロツメクサ

ちょっと短めです

 気付いて慌て、しかしどうしようもないまま翌日になる。起きたばかりだというのに、俺の意識はやけに疲れていた。飯を食ってもうーんと唸ったままで、今日でもう退院して良いだろうと言う先生の言葉も耳からコロリと落ちた。


 まぁ、後で慌てて聞いたが。まだ左手は絶対に動かさないようにという指定こそあるが、右手は完全に治ってしまったと。いや、悪い事ではなく、とりあえず絶対安静のまま退院と言う事になった。


 その折に、尚美先生にお世話になった旨を伝える家族に向かって、「退院パーティより先に、エレインとちょっと出かける」と伝えた所


「あらららららら」

「おや? 春かな?」


 と、それぞれ母、父と言う順番で返してきた。何が春だ。まだ一ヶ月は先だぞ。それに別に、ああいう趣味という訳ではない。いや、別に嫌いという訳でも……ああくそ! 何で俺は言い訳をしているんだ!


 ちゃっちゃと着替えて出て行く事にした。散々茶化されて厳しくなっているだろう顔を見て、エレインが吃驚(びっくり)しなければ良いのだが。


 そんな事を思いながら、診療所の前で待つ。因みに、左手の包帯は革の長手袋で隠した。さすがに傷を見せて回る訳にはいかないだろうと思って父さんのを借りることにしたが、意外とそこまで怪しくはならなかった。ちょっとした違和感はあるが。


 と、そんな時にエレインが来た。大体七時五十分ぐらいか。まぁ朝だな。到着したエレインは俺を見てうろたえた様だった。やっぱり、顔恐かっただろうか。


「嘘! 本当ニ銀二!? 凄イおしゃレだけド……」


 違った。




 まぁそんな訳で、俺とエレインで街をうろついている。特にこれと言った用事が二人とも無い為、完全に唯の散歩だ。唯、お互いに緊張してるらしかったが。


 エレインの服装をチラリと一瞥した。何時も通り、という訳ではないらしい。少し歩きにくそうなゴシックドレスな事は変わりない。ゴテゴテしている。持って殴ったら人が殺せそうだ。


 唯、何時もの真っ黒な物とは違って、藍色だ。所々に目立たないように金だか銀だか分らない色の刺繍が施されていた。


 まぁ、いつも通りといえばいつも通り。派手でおしゃれであり、しかしちゃんと着こなしている感じである。ガチガチに緊張しているのが見て取れ、会話が無い。俺もガチガチに緊張しているので、話しかける事も無い。お互い無言のまま、街をうろつく。




「ネェ、いキタい場所トか」

「なぁ、行きたい場所とか」


 発言のタイミングが被った。また二人して黙り込む。俺がお先にどうぞ、という仕草をすれば、じゃあ遠慮なくとエレインが軽く頷いた。


「私ハちょっト花を見ニ行きたイ程度何だけド、銀二ハ?」


 立ち止まった彼女は、若干微笑みを浮かべている。


「俺は……特には無いな」


 街にあまり出た事がそもそもないから、殆ど何があるか知らないというのが現実だが。悲しいことに、映画館すら知らないからな、俺は……。 というか、花か。随分乙女チックな物を見に行きたいんだな。いや、エレインは紛れもなく乙女だが。好きなんだろうか、花。


「ほラ、綺麗じゃなイ。花っテ」

「まぁ……そうだな?」


 まぁ綺麗な花が多い事は確かだが。俺自身たんぽぽぐらいしか花を見た事がないからな。正直、比較はできんし区別もつかん。




 というわけで、そんな適当な感じで花屋に向かってだらだらと話す。とはいっても、話す内容も殆どない。精々、趣味とか。……あれ?


 俺の趣味って、なんだったっけか。


「どうしたノ?」

「……いや。なんでもない」


 まぁ、どうでも良い事なんだろう。俺はエレインと一緒に歩き出した。




 花屋だ。いや、花屋なんだが。感想はソレしかない。色とりどりの花だが、それだけだ。俺には区別がつかないから、珍しい花があるのかどうかも分らない。まぁ、エレインが目をキラキラさせて色々眺めているだけ、来る価値はあったのか。


 店員らしき人が、エレインの方を微笑ましげに見ている。一応、軽く会釈はしておく。いや、俺が居るだけで営業妨害かもしれないからな。


「あ、花束モ作ってクレるんダ」


 ガラスの扉にかけられた板に書かれている言葉を見て、エレインが呟いた。「花屋(フラワーショップ)アルストロメリア」「花束もおつくりします」。なるほど、分りやすいな。


 喜び勇んで(?)エレインは花を見繕っている様だった。店員も近付いてアドバイスをしている。俺は、それを四歩程はなれた場所で見ていた。


 花って。俺にはよく、分らない。色々理論とかでは分かっているが、幾ら考えても何故あれが生まれたのか良くわからない。


 何故だろう。


「――! ――――!」


 そもそも、俺は。

 魔法以外に、何かを理解した事があっただろうか。


「ねぇ! 銀二? 聞いてる?」

「あ……」


 エレインが呼んでいた。意識が何処か別の所に飛んでいたようだ。向き直って、エレインの顔を見た。興奮している様に見えた。


「……あぁ。なんだ?」


 よく見ると、手に花束。エレインの後ろを見れば、花屋の人がニコニコ笑って手を振っていた。白い花が主な花束だ。綺麗に纏められているが、それぞれの花の良さを損なわないまとめ方だ。こういうのが分からない俺でも、「おっ」とおもう花束だった。


「綺麗だな」

「でショ? あゲル」


 あまりに唐突な気がする。まぁ、くれると言うのなら貰っておこう。だがそれより、俺は俺が知っている数少ない花を見て、俺はなんだったか、と考えた。そして、やっと思い出す。雑草にも数えられる地味な花。その名前は、俺の口をついてでてきた。


「シロツメクサ……?」

「あ、分かッタ?」


 そりゃあ、俺だってこのぐらいはわかる。地味すぎてよく知られているから。


「花言葉はネ? マァ、復讐とカ幸運モあるンだけド。こノ花束のはネ」


 楽しげに言うエレイン。いや、復讐ってなんだ。恐ろしすぎるぞ。というか、シロツメクサってクローバーだろ? 復讐なんて意味もあったのか……。エレインは、この花束のシロツメクサの意味を続けて言った。


「"約束"。……ちゃント、守レてるから、ネ」


 セリンテの糞爺め。余計な情報まで渡しやがって。俺は一瞬驚いたが、何とか表情を崩さずにその花束を受け取った。

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