第三十五話 制御不能
目が醒めると処置は終わっていた。自分酷く無表情なのが、手に取るように分って、少し嫌気がさした。
昨日は千客万来というべきだったが、考えてみればそこまででもないか。実際にきたのは七、八人程度。実際はそこまで来ていなかった。ただ、何故か見舞いの品は山ほどある。何故だ。
それと、エレインが直ぐそこで眠っているのも甚だ疑問だ。なんでエレインが此処で寝ているんだろうか? と思ったら、ベッドの脇の椅子にメモが書いてあった。尚美先生からだった。「疲れて寝ちゃったみたいだから見ててあげて」
……と、とりあえずシーツ掛けるか。まだ二月上旬、寒いっちゃ寒い。風邪を引いたら事だ。いや、そうじゃない。どうすればいいんだよこれ。あ、何かデジャブだ。正直に言って、扱いに困る。かといって捨てるわけには行かんし……。
撫でるなんて論外だし、そもそも触ってすら良い物か……? くそ、人付き合いの無さがここにきて祟ったか! いや、そもそも人付き合いがあって何とかなる物なのか、これ? ……役に立たなさそうだ。ただ、起こさないようにそっと扱うぐらいしか俺にはできない。
こうして見ると、エレインって結構美人だと思う。唯、あの時はジリジリとした焦りの様な物を感じていたせいか、さっぱり気付いていなかったが。白い肌、青い目、長くてプラチナブロンド、かつ綺麗に結ってある髪。
ロシアの女を思い出す風貌だ。そこまで至って、唯感傷に浸って重ねているだけに過ぎないと頭を振ってその考えを追い出した。
大きく息を吐けば、少しは落ち着く。そして、右手を見た。包帯ははがされた後の様で、薄紅色の痕になっている。まぁ、その内に落ち着くだろう。左手は軋む様な痛みこそあるが、動かせない程ではない。後四日といってたから、こちらもそう時間はかからなさそうだ。
「……ん、う」
エレインが動いた。少し吃驚して、ひっくり返りそうになった。その内にエレインが起き上がる。寝ぼけ眼でも可愛いといえる顔なあたり、これが"美少女"とかいう奴なのだろう。あまり気にしたことはないが。
「おはよう」
「Good morning……ふぁッ!? わ、私、何時カラ寝てタ!?」
エレインは慌てて椅子から跳ね起きた。そのせいで壁に後頭部を強打して「アウチ!」と言っている。慌て過ぎでは、と思う。
「俺もついさっき起きた所だからわからんが……というか、頭大丈夫か?」
「うウ……貶されテいル様ニ聞こえル……」
確かに、この言い方は悪かった。反省だ。改めて「頭痛くないか?」と聞くと、大丈夫、と返ってきた。見た目に似合わず丈夫な頭だな。暫くすると、エレインも落ち着いた様で悠長に体を伸ばしていた。
「ソうやっテ言い直シたリスる意外と几帳面ナ所、モっと前面ニ押し出せバイいのニ」
ふと呟かれた言葉。それはその、あれだ。緊張っていうんだろうか? そっとベッドから足を下ろして、腰掛ける形で対面しつつ、エレインに向かって言う。
「人を前にしてると、息が詰まるような気がして、言葉が上手く出ないんだよ」
「ふぅ、ン?」
なんだろうな、興味深そうな顔で見られている。見詰め合うことはしない。さりげなく視線は外しておく。
「テことハ、一応私に心ヲ開いテくれてルって事?」
「……」
悪戯気にニヤッとしたエレインの顔にムスッとなった俺は、しばらくエレインに「どうナノ? ねェ?」と弄くられる事になる。俺も負けじと
「お前もそうだろ。堂々と男の、俺の前で寝るぐらいにな」
と言った。すると、見る見る内に顔が真っ赤になっていき、脇腹を小突かれた。「卑怯!」といっていたが、知らん。揚げ足を取ったのはお前だろう。それに、疲れて寝てしまったのもお前だ。俺は知らん。堂々と腕を組んでそういってやれば、エレインは尚更小突いてきた。
そうやって二人して暴れているうちに、大分バテた。水差しから水を飲んで、一旦休憩だ。……なんだか、落ち着かない。
「? どうカ、しタ?」
「……酷く、平和だ。悪い事では、無いんだろうが」
平和に落ち着かない。何も起こらない事を訝しむ。何故だ。今までは普通だったというのに、何故不意に……? ふと、またエレインに手を握られている事に気づいた。
「大丈夫。私が、街ヲ守ってル。そレじゃ安心、できナイ?」
多分、無理だろう。右手の震えから、そう思う。多分、何もする事がないからこんなに不安なんだろう。俺は此処で何もしなくていいんだろうか? 街を守る為に、何かできる事があるんじゃ――? そんな思考で頭がギチギチになっていた。
駄目だ。恐い。どうしようもなく恐い。自分の思考が、一つに固定されてしまっている。考えが纏まらない。耳鳴りがし始めた。
街を、東京を、守らなければ。ベッドから飛び起きようとした俺を止める細い腕。なんだ? なんだよ! 意味も分らず、俺は叫んでいた。俺は、俺は! 東京を守らないと! 悪魔を殺さないといけないんだよ! そういって、エレインの手を振りほどいた。
駆けつけたショーンにバットでぶん殴られて気絶するまで、俺は。必死に止めるエレインを無視して病室を滅茶苦茶に荒らしていたという。
パチッと目を覚ますと、ショーンの魔法によって、俺の体はガチガチに氷で拘束されていた。氷の手錠だ。意図的に冷たく無い様にこそされているものの、鉄球の様に繋げられた氷のせいで、俺は全く動けなかった。
上半身は上げられなかった為、頭だけを動かして病室を見回した。ある程度は修繕されているものの、壁紙など今すぐはどうにもできない物がボロボロになっていたりした。何が……? 尚美先生が片手で頭を押さえながら、此方を見ていた。
「……ふぅ。何か、覚えているかしら?」
なんだか疲れているように見える尚美先生を見て、首を傾げた。何か、やらかしてしまったのだろうか? まぁ、今付近にいる氷の精霊の魔法使い……ショーンにこれだけ拘束されているのだから、きっと何かやらかしたんだろうが。
「銀二、貴方はね――」
その後、俺が一日ほど茫然自失だったのはいうまでも無いだろう。自分が暴れたことを理解して。自分が、制御不能になっているのを自覚して。
段々超展開になってきちゃいました。多分、数年後に見直して爆死しますね。




