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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十四話 懐かしい夢

 自分が捨ててしまったかも知れない事に付いて一旦考えることを止め、本を読むことにした。どうせ、考えていても答えなど見つからない。本の題名は"勇者だけど代理が最強なので魔王無視して旅に出ます"だ。やたら長い。ライトノベルの特徴だ。これが意外と面白くて、結構読んでいた。


 ノックがあって、機械的に「どうぞ」と返した。ガラリと扉が開くと、四人ぞろぞろと入ってきた。


「……父さん、母さん。それに、一兄に湊姉?」


 ポツリと喉の奥に湧いた声を言い当てれば、二人とも心配したような顔をしていた。


「あぁ、こんな姿になって……」


 というのは、母の嘆きだ。この増えた白髪と左目の事を言っているなら、申し訳ない。これは怪我のせいでも何でもなく、一種病気の様なものだから。


「ガス管が爆発だって? 本当に、生徒を危険に晒して学校は一体どういう責任を取るつもりなんだか!」


 父が憤慨している。ちゃんと心配してくれているのを見ると、自分が家庭環境を疎かにしてきたことをなんともいえない感じに思う。ところで、父と母はまぁ、いいとして。


「一兄と湊姉はなんで此処に? 忙しいんじゃ?」


 というと、俺より顔付の柔らかい(率直に言ってイケメン)な一兄がまず口を開いた。


「当たり前だろ。自分の大切な弟が事故に合ったって聞いたら、駆けつけるのは」

「そうよ。二人して仕事も一段落したし」


 兄に続くように、姉も言った。姉はロングな髪の母似だ。成程。時間も空いたし心配だしと、そういうわけか。……何にでも理由をつけようとする俺が、何となく嫌になった。


「まぁ、大丈夫。傷も対して痛くなイッた!?」


 急に左腕が引き攣ったような痛みに襲われた。吃驚して思わず声も出てしまう。左腕を見ると、なんだかピクピク痙攣していた。父と母も吃驚したようで、「大丈夫か!?」と聞いてきた。大丈夫だけど、とりあえず尚美先生を呼んでほしい。


 と、思ったら扉が開いて、尚美先生が入ってきた。


「大丈夫ですよ。ずっと固定してあるので、少し痛んだのだと思います」

「あ、尚美先生。すいません、銀二がお世話になっているようで」


 父さんが尚美先生に振り向き、ペコッと頭を下げた。尚美先生は美人だが、父さんは鼻の下を伸ばしたりしない。あの人は母さん一筋だからなぁ、と何となく思った。


「いえいえ、これが仕事ですから。そろそろ食事の時間になりますので、一旦退室してもらえますでしょうか?」


 尚美先生がそう言えば、皆パパパッと部屋から出て行った。昔からお世話になっているので、信頼されているのだろう。俺には欠片もない二文字だ、信頼。


 そして、トレイを持って来た先生と目が合った。いつも通りの表情に見えたが、何となく違う様に見えた。具体的ではないけれど、ポツンとした違和感を感じた。それが、食べ物に関する謝意なのだと気付いたのは数瞬後だ。


「ちょっと少ないけど、病院食だから我慢してくれる?」

「問題ないです」


 確かにまぁ、男子高校生にこの量は些か少ないけれど。まぁ、一応は怪我人だ。とは言っても、すぐに直りそうな物だが。生来の生命力の高さもあるし、何より先生の精霊の力もある。そう立たないうちに食べ終わると、先生に向き直った。


「さて、検査を始めるわよ」


 と先生が翳した手からは、本来は目に見えない淡い緑色の光が集まりだす。純魔力で擬似的に作り出された生命力だ。精霊、特に炎や水、風なんかの精霊達はその全てが治癒なんて芸当はできない。精々、傷を溶接する、水で洗い流す、風で雑菌を弾き飛ばすぐらいしかできない。


 だが、先生の精霊は違う。なんと言ったって、概念精霊。"生命"の精霊と契約しているからだ。生命の活殺を自在とする先生の精霊は、正に治療に打ってつけだった。


生命よ(トラヴァンタ)幾多に別れし生命よラジエッル・トラヴァンタ。ウィーウィレノン」


 淡い光は先生の指先から、俺の傷跡まで滑らかな軌道を描いて飛んだ。柔らかい暖かさが両の腕を包んでいるように見える。流石に目に見えない生命力が血液を巡っているのを感じると、なんともゾワゾワする物だが。


「ふむ。……いつも通り意味の分らない再生能力だけれど、まぁ何時もどおりっちゃいつも通りね。多分、処置を受けておけば四日弱で直るわよ」


 早いなぁ。素直な感想だ。再生能力に付いては、まぁ前々から言われていたことだ。それこそ見る間に回復するというわけではないが、擦り傷程度なら二分で完全に瘡蓋ができる。切り傷でも二十分もすればくっついて止血する。凄まじく早い。それだけだ。ただ、結局科学的な解明は済まされていない。


 まぁ、賢い先生がわからないんだから、馬鹿な俺に分る道理はない。


「それじゃ、処置を開始するわ。気を楽にして」


 また緑色の光が浮かび、ゆっくりと目蓋が重くなる。柔らかな暖かさは、ある種の麻酔の様な感じだ。しかし、麻酔を受けたことがない俺は麻酔がどんな感じかは知らないのだけれど。意識はおぼつかず、ふわふわと浮かんで要る内にフラッと掻き消えた。




 懐かしい夢を見た。




 アレはまだ、笑っていられたころのはずだ。ニコニコと笑って、父と母の手を握っている。近くでにこやかな表情を浮かべた一兄と湊姉が見えた。あぁ、懐かしい。二度と掴む事はできないとわかっているから、尚更懐かしくてたまらない。


 不思議と悲しくはなかった。自分から失われた思い出の力が強くないのか、はたまた俺が、やっぱり壊れているだけなのか。


 遊園地に向かった時か。背中を見つめながら、静かに思った。まだ小学生だった俺は、ジェットコースターやフリーフォールなんかの絶叫系が好きだった。何度も乗っては絶叫系が苦手な一兄をフラッフラにさせた物だ。少し申し訳ない。


 その日は新しくできた魔法使い的なアトラクションを楽しんでいた。見ていて思い出し、あれは楽しかったと思うと、自然と微笑みが浮かんだ。あの頃の俺って、こんなに丸々としていてコロコロとしていて、可愛かったんだなぁ。


 それがいまやこの悪人面だと思うと、不思議だ。涙がこぼれてくる。ハハ。今に始まったことじゃないし別に問題はない。気付いたら小学生の俺はおもちゃの杖をブンブン振って、満面の笑みを浮かべていた。


「ぼく、まほうつかいになる!」


 嗚呼。その夢は叶ってるよ。最悪の形でな。




 今はジェットコースターが嫌いだ。

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