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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十三話 難しすぎる話

 三人が適当な挨拶と共に去り、また暇になる。あ、テレビカードの使い方を聞いておけば良かった。しまったな。また大きな溜め息一つ。改めて、何もする事がないと自覚する。本を読もうにも左手が使えない以上片手じゃ読み難いし、ゲームなんてした事がない。


 と、思っていると、コンコンと扉がノックされる。「どうぞ」と声を掛けると、今度はショーンが入ってきた。


「『よお、元気か? ……とはいっても、傷だらけだけどな』」

「まぁ、それなりにはな。運んでくれたんだって? すまん、恩に着る」


 いいって事よ、と返すこの男は、一応日本在住外国人魔法使いだ。肩書きが長い。東京に住んでこそいるが、近郊の方の守護を担当しており、俺の管轄ではない。魔法使いとしての力量はそれなりであるが、車が使えて一人暮らしの為、たまに車に乗せてもらっている。ベヒモスの現場から逃げる時にも乗せてもらった。


「『気にすんな。ガキがヘマやらかした時に助けてやるのも大人の仕事だ』」

「誰がガキだよ。それにヘマなんてしてねぇよ」


 はいはい、と適当に逸らすショーン。ちょっとイラッとしたが、そう言えばテレビカードに付いての説明を聞いていない。だから、苛立ちを押し込めてショーンに問いかけた。


「ところで、ショーン。テレビカードの使い方って知ってるか?」

「『あん? 俺はこういうの行ったことねぇから知らねぇ』」


 使えん、とチッと舌打ちが出た。おいおいと苦笑したショーン。だが、このままでは暇なのに違いはない。適当に弄くればつくだろうか? と思っていると、さっき去っていった筈の前川が扉からノックも無しに入ってきた。俺が着替え中とかだったらどうするんだろうか。


「話は聞いた。貸して」


 と言うが早いか、パシッと俺の手からテレビカードを抜き取ると、なにやら面倒くさそうな操作をして、暫くしてからリモコンを俺に差し出した。これで点くのか? と、ポチッと電源ボタンを押すと、画面が点くと同時にチャー、チャチャーと滅茶苦茶レトロな音楽が流れ始めた。おいこれ、画面見なくても分るぞ。"暴れまくり将軍"じゃねえか。くっそ古い奴だ。


 まぁ、点いたなら良いか……?


「おぉ。前川、すまんな」


 こういうとき、"ありがとう"って言葉が出ないのは俺の悪い癖だと思う。ただ、何を思った様子でもなく、前川は対して興味なさそうに


「別に良い」


 と言った。前川はこういうの得意そうだ。俺は文明の利器とか言うのが今一よく分らない前時代的な人間だから、素直に尊敬に値する。ショーンは何時の間にかいない。駄目だな、最近、気配を読むのが疎かになっている。


「何か、必要なものはある?」


 唐突な前川の問いに、くいっと首を傾げた。唐突になんだろうか。しかし、その心配は何となく自分が人間なのだと言う事を思い出せて嬉しかった。


 そう言えば、今症状はどうなっているのだろう。左目は前のままだろうか。髪に白髪は増えていないだろうか。掌を見つめたが、答えはかえって来なかった。


「銀二?」


 おっと。考え事をしていたら返答を忘れていた。あれこれ考えたが、あまり答えはなかった。


「本、ぐらいだな。何でも良いから読む本がほしい。暇なんだ」

「……どんな物がいいか。ジャンルは?」


 俺はあまり本、というかジャンルに詳しくない。ライトノベルかそうでないかの区別もつかないぐらいだ。すると、前川が事細かに説明してくれた。その説明でハイファンタジー、ローファンタジー、SF、恋愛、純文学、詩集、エッセイ等々、色々あるのだと知った。……今一、ピンとは来なかったが。


 その中でどんなものが良いか、と言われても、どうしたものか。と悩んでいる所に、前川が言った。


「ライトが読みたいのならおすすめ」


 スッと手渡された本は、目算で三百頁弱、ぐらいだろうか? 表紙は現代っぽいデザイン(所謂、アニメ絵って奴だ)の絵で飾られている。パラパラと捲って見れば成程、最近流行りの異世界転生とか言う奴だった。ただ、確かに読みやすそうだ。難しい文章もない。挿絵も多い。


 パラパラパラと捲って行く内に、俺のやや鍛えられた動体視力が疑問を訴えた。うん? と思って二、三頁戻ると、つい先日滅ぼした筈の悪魔が載っていた。……あの女、やっぱり新参者だったのか。オベリスクにしか見えない塚が弱点な旨も載っている。


「あー……前川は、もしかして?」

「そう。これで見た」


 こくりと頷いた前川。ははぁ……。読みやすそうだし、意外と面白そうだ。前川に感謝の意を示せば、「お安い御用」との返答が帰ってきた。前川は見た目に反して意外とノリが良いのかも知れない。


「ところで銀二。記憶しているか」


 何が? と声を出して聞いてみる。一瞬の思考だったが、全く心当たりがなかった。


「小学四年。七月二十二日、記録的大豪雨」

「……あぁ」


 ずぶ濡れで帰ったのは痛い記憶だ。あの日は熱が出て家族全員てんやわんやだったのだ。さて、前川はそれに関して何かあるのだろうか?


「あの日、自分が濡れるのを厭わず傘を貸してくれた」


 む。その時は風邪を引いたせいか、当時の前後の記憶が曖昧だ。ただ、確かに傘は持って行った気がする。何故持って帰ってきていないのかと不思議でならなかったのだが、そうか。貸したのだったか。


「そんな事も、あったな」

「あった。少なくとも私は覚えている」


 前川は深刻な……いや、いつも通りの無表情のまま静かに言った。


「貴方が覚えていないと言う事は、大事なことではなかったのだろうか」


 何が言いたいんだ、結局。俺は確かに覚えていなかったが、それが……いや、まてよ。本当に"覚えていなかった"か?


「もしくは、捨ててしまったのか」


 ――それとも、悪魔を狩るのに要らぬものだからと、捨ててしまったのか。そうだとしたら、俺に何が残っているのだろうか。悪魔を殺すという使命感と、婆様の言い付けを守るという責任感のほかに、何が残っているだろう。


「……申し訳ない。変な話だから、忘れて。私はもう行く」

「……おう」


 忘れろってか。難しすぎる話だ。自分から失われているかも知れない物を忘れろっていうのか。結局、変な方向に考えが行ってしまう俺は、意外と哲学的な奴なのかもしれないな。そんな現実逃避も頭から抜け落ちた

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