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彼方より響く声に  作者: 秋月
三章 つかの間の休息に抉れる旧い傷痕
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第三十二話 大きな溜め息

 先生が伝えるのを忘れていた事を改めて聞く。なんと信じられないことに、俺はあの後三日も寝ていたと言う。随分寝てしまったようだ。それは確かに、エレインみたいな事情がなくても心配するというもの。面識のある一般人達はガス管の爆発に巻き込まれた、と説明されているらしい。


 それは、結構重要なことだと思うんだが。先生をじとっと睨むと


「あはは、忘れてただけだからそう怒らないの」


 と何故か頭を撫でられた。何故だ。思わず許してしまいそうになるのは、多分大人の魅力とか言う奴なんだろう。




 その後先生は部屋を去り、入れ替わる様に人が入ってきた。玲奈か。後、付き添いの様に岡田も入室してきた。前川は居ないのかと思ったら、扉の外からソレらしき気配を感じた。


「銀二君、大丈夫ですか?」

「あー……まぁな」


 後頭部をボリボリ掻きながら返答。岡田がムッとした表情になった。と思った。が、すぐに何時もの顔だと考え直す。不意に玲奈が申し訳なさ気にいった。


「その……何もできなくて、すいません。こんな怪我まで負ったのに」

「あ? 別に、謝んなくていい。これが俺の仕事だ」


 傷を負うのが仕事という訳ではない、と思う。誰かの代わりに傷ついて、誰かが傷つかない様に悪魔を殺すだけ。別になんでもない事だ。岡田は、しかめっ面のままだった。


「というか、何時からこんな事をしてきたんですか?」


 岡田を向いていた俺の目が、スルリと玲奈の方に向く。


「中学二年からだ。……というか」


 俺にそんな話を聞けると言う事は、玲奈と岡田は魔法使いになる覚悟が出来たと言う事か。だが、そんな俺の話を聞いていなかったように、岡田が急に頭を下げた。


「すまなかった」

「はぁ?」


 とりあえず俺の問いに答えてほしいものだが。


「昔、傷だらけのお前を見て、勝手に不良と見なしていた。……すまなかった」


 何なんだ、唐突に。まぁ実際に、勉強する気が欠片もない不良なのは違いないしな。それに、岡田にどう思われていようが全く問題ないのだが。と、そう思ったとき、玲奈が怒った様に言った。


「聞いてくださいよ。岡田君、銀二君を私から遠ざけようとしていたって言うんですよ!」


 うん、知ってる。だが、苦笑いをしただけで済ました。というか、岡田が玲奈を好きなのは周知の事実だ。知らぬは本人ばかりなりとはいうが、此処までとは、な。そりゃあ、不良(にしか見えない)俺を好きな人に近づけさせるのは嫌だろう。


「だから、その」

「別に構わんから、もう謝るな」


 こっちが悪いことをした気分になってくるからな。まぁ、ソレはソレとして。「魔法使いになったのか?」と聞けば、初耳の台詞が返答として帰ってきた。


「あぁ。実はだな」

「"まだ"なってないんですよ。それで、セリンテさんでしたっけ? あの人から、銀二にしてもらうようにって」


 岡田の言葉を玲奈が受け継いで喋り、それは俺を噴き出させるには充分だった。魔法使いになるには、精霊との契約が必要不可欠だ。契約には、誰か立会い人が必要だが、万が一暴走したりした際には鎮圧しなければならないからだ。俺には、荷が重いのでは?


 と、そう思ったとき、部屋の隅に烏の姿。見聞きし届ける烏……か? そして、口からセリンテの爺の声が飛び出した。


「『そろそろ来てるころかの? お前はもう一人前。その証として、その三人の試練を言いつける』」


 三人。そう言えば、前川が居たな、と思い出した。開きっぱなしの扉から、チラリと手が振られた。……何ではいって来ないんだろうか。それはそれとして、連盟長セリンテからの言いつけだ。守らないわけにはいかない。不本意だし、今は傷を負っているのだが……。


「エレインも付くと聞いた」


 前川がひょいっ、と扉から頭をだして言う。そうか。まぁ、そうじゃないと立会い人をするには不安が残るよな。と思っていると、玲奈がそう言えば、と手をポンと叩いて言った。


「エレインって魔法使いだったんですね。まさか彼女が魔法使いだとは思っていませんでしたよ」

「その口ぶりだと、以前から付き合いが?」

「はい。お父さんの企業のお得意様のお嬢さんでして」


 そうだったんだな。と言うか、企業とかのお嬢さんだったのか、エレイン。話を聞くと、コージェンス・コーポレーションのお嬢様だったらしい。世界を股に掛ける一大企業じゃねえか。口角が引き攣った。そりゃあ、伊藤電気と同盟も組んでいるわな。


 二つとも、世界規模の大企業だ。コージェンス・コーポレーションは伊藤電気から色んな部品を輸入していて、軍事商品から子供の玩具まで凄まじい数の商品を有しているし、伊藤電気は名前のインパクトこそないものの、電家製品から、モーターや電線なんかの部品を数手がけている。


 それなりに付き合いがあるのは当たり前だ。と言うより、コージェンスの名前でまず思い至らない俺の洞察力がおかしい。悪い方向で。


「あー、成程。とりあえず雲の上の話だって事は分った」

「だよなぁ。家の会社なんて霞んで見えるし……」


 シレッと言葉を返してきたのは岡田だ。そんな事を抜かしても、俺は知っている。日本では結構知名度のある会社だと言う事を。俺にとってはお前も雲の上の人物だよ、お前も。岡田の両親が社長、および社長秘書なホノカ自動車は低燃費とデザインを重視した作りで、日本内で結構いろんな人に普及している。


 正直、貧乏人な俺にとっては充分遠い話だよ。岡田。


「それで。魔法使いになる儀式的な何かは、何時やるんですか?」

「そうだな。とりあえず、近いうちの夜になるか……?」


 だが、必要な宝石やら場所の調節やらも必要になる。正直、今日明日明後日、とは行くまい。一週間弱ってところだろう。それに、改めて誓いも課和さねばならないだろうから、色々と忙しくなる。


 エレインが居るとはいえ、俺の傷は癒えるどころかできたばかりだ。恐らくは、右手の傷が消え、ドクターストップが消えてからになるとおもわれる。


「なるほど……」


 に、してもだ。そう長く付き合うことはないだろうと思っていた玲奈、岡田、前川の三人組に、俺が魔法を伝授する羽目になるとは。禍福はあざなえる縄の如し、人間万事塞翁が馬というが、面倒くさいことこの上ない。大きな溜め息が漏れた。

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