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彼方より響く声に  作者: 秋月
二章 俺の身に起こった異変とエレインについて
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サイド:エレイン 私の落ち度

 "彼が本当に日本の歴代最強の魔法使いなのか?"。

 私が最初におもった事はそれだ。目の前で私に偏屈な対応をとる魔法使いは、上谷銀二。日本、東京の護法士(ガーディアン)である。


 セリンテのお爺様の情報によると、"性格はやや一匹狼な所があるが、協力を嫌っている訳ではなく、やるべき時にはあまり気乗りはしないようだがキチンと協力する。"とある。また、"悪魔を討伐する点に置いては冷静。痛みを耐える事にも慣れているが、逆に疲労を無視して行動することがある"とも。


 両親は非常に心よい人だったけれど、と改めてこの銀二とやらをしっかりと眺めてみる。背は日本人にしては高目で、筋肉はそれなりに付いているように見える。私が悪魔という可能性を疑っているのか、隙のない立ち振る舞いだった。


 短めに切りそろえられた頭髪はきっちりした印象を与え、ややお父さんに似たのであろう釣り目気味、全体的に纏まっているパーツ。少し厳しそうに見えるが、その実そこまで考えていないと言う事は一応情報としては知っている。知っているが、この顔を見るとちょっとたじろいでしまった。


 会話をすればするほど、疑念は高まっていく。本当にセリンテのお爺様の言っていた「根はいい青年」とは、この高校生なのだろうか? しかし、そんなことは言葉にせぬよう、しっかりと観察しながら彼と話をしていった。


 ただ、セリンテのお爺様。できたら連絡事項はちゃんと伝えてほしいです。




 悪魔を狩っている時に、私の疑いは膨れ上がった。彼が上谷銀二な訳がない! そう思えてしまったのだ。


 彼が頭を踏みつけたインプの一体が、ゴガッと息を漏らした。まだ生きていたのだ。騙まし討ちか、逃げる為か。それは定かではないが、さして珍しいという訳ではない。しかし彼は以外にも、優しそうな笑みを浮かべた。


「安心しろ」


 ――そして、その拳銃でインプの額を撃ち抜いた。その時の彼は、恐ろしいほどに無表情であった。まるで、感情が悉く抜け落ちたような、絵に描いた様な"無表情"。殺戮機械(キリングマシーン)に相応しいようなその顔は、私を戦慄させるには充分だった。


「……痛みも感じないうちに殺してやるから」


 二の句を告ぐ彼だったが、もはやインプは聞いては居ない。次々と逃げ出そうとする生き残りの悪魔達の背中を、私が止める間もなく正確に撃ち抜いて行く。これまたおかしいと私は思った。拳銃の訓練を受けていない彼が、何故片手での射撃でこんなにも冷静に撃ち据えられる? 異常だ。私は何を言う事もできず、絶句していた


 最後の一匹に拳銃が向けられ、ガチンと弾切れの音。彼がそれに気付いて、すぐにベレッタを投げ捨ててそのクレイモアを投げようとした。私は飛び立とうとした一匹を、反射的に鞭で打ち据えて落としたが、心此処にあらずといった様子だったのは言うまでも無いだろう。


「貴方……以外ト、冷酷なのネ」


 私が驚愕しながらそう言えば、"そうか?"といわんばかりの顔でこっちを見てから、顎に手を当てて、考える仕草をした。冷酷と言われて、何かを考えているようだった。


「冷酷、か」


 嘲る様な笑いと、思わず漏れて出た様な声は、先程と違って感情の篭った声だったけれど、それが尚更私の恐怖を呼び寄せた。


 けれど、けれど――彼が。たった一人で悪魔を狩っていく事が、彼にそんな重荷を与えていたなら。彼は一体、この若年の身で、どれだけ変わってしまったのだろうか。彼は一体――


「そう言われてもいいさ。俺は」


 ――どれだけ、壊れてしまったのだろうか。


「悪魔を狩る悪魔が理想的だ。そう思う。……さぁ、次に行こう」






 彼に知り合いの診療所とやらに行く様に急かしてから、フラフラと家に帰ったのを覚えている。道のりは覚えていないけれど。パッパッとドレスを脱ぎ捨てて、ネグリジェに着替えた私は、バッとベッドに飛び込んだ。スプリングが私の体を受け止めて軽くはねた。


 どうすれば良かったのだろう。白くゆったりとした自分のネグリジェを見ながら思った。彼にどう対応すれば良かったのだろう? これから三年付き合っていく上でどうしたらいい?


 パートナー、それも同年代の物との経験は私にとってもかなり少ない物であったし、こんなパートナーと対処法など知る由も無い。私がバッタンバッタンとベッドの上で暴れていると、不意に飛んできた声に驚いてしまった。


「どうかなされましたか、お嬢様」

「はぅあっ!?」


 素っ頓狂な声を出して振り向いた私の目に、ナンシーという名前の侍女長……つまり、この豪邸のメイドの長が立っていた。何時の間に入ったのだろう? ドアを開ける音も、閉める音も聞こえなかった。というのも、2年間ずっとだ。魔法使いになってそれなりに気配にも敏感になったのに、全く気付けないのは少し悔しい。


「あ、えっと、うーん……」

「……昨日言っていらした、パートナー様の事でしょうか」


 ビクンッと反応した私に、無表情で「やはりですか」と応じたメイド長ナンシー。


「えぇと……色々、悩ましくて」

「ふむ……」


 その後、黙って聞く姿勢を見せてくれたナンシーに、彼の事を相談した。彼は度重なる戦いで壊れてしまったのだろうか、彼にどういう対応をすればいいだろうか、そんな事を沢山聞いた。ナンシーは二十代前半に見えるが、これで三十を超えているのだという。人生経験豊富なので、相談相手として優れていると思う。


 そうして十数分がたって、大体全部話し終えた時に、ナンシーは口を開いた。


「ともかく、傍を離れない事が重要かと」

「傍を、離れない?」

「はい。常に観察し、適切な答えを見つけていくとよろしいかと思われます。また、危険な行為が心配なら、それも見張れます」


 私は顎に指を当てて思案した。けど、彼女以上の答えを見つけられる気がせず。「そうしてみる」と言う他なかった。とはいっても、それが最適解だとは思ったのだが、なんとも気恥ずかしかった。傍を離れない、と言う言葉は、酷くロマンチックに聞こえたから。ナンシーが居なくなってから、暫く恥ずかしさで悶えていた。




 ――だから。彼に向かう黒い靄を見過ごしてしまったのは、私の落ち度だったのだろう。そんなくだらない事を考えていたから、それを見過ごしてしまったのだろう。私は届かないと分っていながら。崩れ落ちていく彼の体に手を伸ばした。


「銀二ッ!?」


 私の叫び声を無視して、彼の体は崩れ落ちた。疲労困憊のまま彼を抱き起こした私は、相手が表の仕事中と言うことすら忘れて「ショーンッ! 銀二の学校にきてッ! 早く!」と、電話口でまくし立てるようにして大人の魔法使いの事を呼んだのだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次話から三章になります。

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