第二十九話 女の奇異な笑い声
数分後。ついに俺は、膝を突く事になった。幾らなんでも、こいつは無茶が過ぎるって物だ。幾らダメージを与えようと攻撃しても、何度でも立ちあがって来る。そして此方は、元々体力を消耗していた身。エレインも、魔力が殆ど残っていないようで、荒い息を吐いている。
「はぁ…はぁ……く、うぅ、おぁッ!」
剣を支えに何とかもう一度立ち上がる。だが、正直言ってちょっときついな。強すぎるんだが、どうなっているんだ? 幾らなんでも、精霊による魔法攻撃で傷一つつかないのは異常にもほどがある。女を見据えた。不適に笑っているのを見て、大きく舌打ちした。
「……エレ、イン」
「……何?」
「魔力、残量、は?」
エレインは、疲弊しきった様子のまま、片目を閉じた。考えているらしい。その間、俺は女から目は逸らさなかった。
「もウ、ダウンバースト一発分、っテとこ、ネ」
ふぅ、と溜め息を伴った言葉に、思わず眉間に皺が寄った。俺でいうなら、熱線砲一発分が限界、と言う事。あまりにも頼りない。エレインが悪い訳ではないので、責める訳ではないが。予想外が酷すぎただけだ。
「話し合いはおわったかい?」
ニヤニヤというべきか、爛々というべきか。どちらにせよ凶悪としか言い様のない顔をした女が言った。鬼だろ? 鬼女? だが、オベリスクと何のの関係も無いし、これだけの強さであるなら、相当な名持ちの筈。だというのに、俺達二人とも知らないなんて、おかしいにも程がある。
何か、何かトリックが在る筈だ。だが、一体何が――?
しかしその時、俺の思考は中断せざるを得なくなった。視界の端に写った影。それが誰なのかを把握したからだ。
「ま、前川ッ!? 何でここにいるんだよ!」
運動場の端に居る前川。眼鏡で小柄、ショートに纏めてある髪という特徴を、俺は忘れていないかった。俺が叫んで退避を促しても、奴は何時もの何を考えているのかよく分らない無表情で、眼鏡をクイッと押し上げた。そして、何事かをボソボソと呟いているようだった。
「き、聞こえねえ……」
思わずもれた感想。エレインが魔力をかき集めるようにして何かの魔法を行使し、ハッとしたように声を荒げて叫んだ。
「銀二、動けル!?」
「あん? まぁ、何とかな……奴さん、休ませてくれてるみたいだから」
俺は疲労のせいか、どこか薄ぼんやりとした気分で返答していた。だが、次のエレインの言葉で、その目をカッと見開いた。
「塚! アレが本体!」
アレ、塚かよ!? 真っ黒な石碑にしか見えんぞ!? しかしよく見れば、確かに墓石の様にも見える。ツルリと磨かれたような表面が、墓石らしさをもっている。たった今気付いたが。あれを守る為に召還されたわけじゃなく、鬼の女があれその物とは、驚きだ。
というか、そうか。最初に傷つけたときは、オベリスクに叩きつけて、オベリスクのほうに傷がついたからできたんのか! 納得した。
「あれをぶっ壊せば良いのか!?」
「そウみたイ! でモ、もウ魔力残量ガ……!」
「気付いたみたいだけど、もう遅いねェ。あんたたち、ボロボロじゃないか。えェ?」
鬼女が、ニタリと笑みを浮かべながら言った。確かに、俺達はもうボロボロだ。俺は傷だらけで破壊しうる程の物理攻撃は不可能。エレイン共々、魔力残量ももう少ない。
だが、人間様には工夫って物があるんだぞ? 馬鹿な俺が、必死に頭を回転させたら、一つおもいだしたんだよ。少ない火だって爆発も起こせるって事をな。
「エレイン、オベリスク周辺の空気を抜けるか?」
「エ? うン、できるけド……精々、でキて四秒っテ所ヨ?」
問題ない。四秒どころか、二秒で充分だ。そして、もう一つ追加で頼んだ。そして、合図と同時にやってくれという旨だけ伝えると、鬼女に向かっていった。鬼の女の輝くような笑顔を目にし、雄叫びを上げて俺は立ち向かった。
無論、疲労困憊、満身創痍な状態の俺は、5分と持ちこたえられない。そんなことは分っている。だからこそ今、こいつをそうと気づかれぬように、ジリジリと塚から引き離している。棍棒の乱打を、決死の覚悟で剣と打ち合わせ、いなして行く。一撃当ったら即死。掠ったらぶっ倒れるだろう。
だが、俺は悪魔を殺さなきゃならない。だから、こんな所で死ぬわけにはいかない。決意を胸に、クレイモアを何度でも棍棒へ叩きつけていく。
そんな事を数分続けた後、飽きた様な様子で棍棒を肩に乗せた女が溜め息と共に言う。
「何時まで続けてるつもりだい? まさか、アタシが疲れるとでも?」
肩を棍棒でトントン叩きながら、心底退屈したように髪の毛を弄る女。微妙に腹が立つその態度は、俺の考えが分っていないという証明だ。俺はニヤリと笑い返して、女に叫んだ。
「いいや……これで終わりさ。エレイン! 今だッ!」
「風よ、見えぬ物奪う風よ! シェンパドシェル!」
オベリスクと見紛う様な塚から、凄まじい風圧が流れる。よろけはしたが、何とか持ち応えた。女は、やはり心底退屈したような顔で溜め息をついていた。
「……アタシは、無傷だけど?」
「そりゃお前は、な。火よ、微かな灯火よ。エルシェイラン」
ポツリ。巨大な塚の根元に、小さなマッチ程度の大きさの火が生まれた。目を離せば見過ごしてしまいそうで、余りにもみすぼらしいソレは、酸素が存在しない空間でも確かに絶えず燃えていた。
女が首を傾げる。俺が笑う。
――音が炸裂する。
爆風で強く弾き飛ばれた俺と、弾かれこそしなかったものの、全身から血を噴出している女。塚は全体的に罅だらけになっていた。今の一瞬の内に何が起こったのか。
空気を抜くことでの不完全燃焼と、大量の一酸化炭素の注入。バックドラフトだ。一酸化炭素が大量に含まれた空間に、酸素が送り込まれる事で起こる火災現象で、爆発を起こしかねない危険な現象だ。
酸素を抜いた空間に、一酸化炭素の注入をエレインにやってもらうことで、それを擬似的に再現したのだ。いくら塚が頑丈とはいえ、至近距離で爆発がおこれば耐えられはしまい。咄嗟の判断だったとはいえ、中々上手く言ったのではないだろうか。
次々と罅がはいり、その度に血を噴出す女。彼岸花が咲き乱れている。しかしそんな状態で尚、女は気丈に笑った。俺は女を見据えたまま、どうにか立ち上がった所だった。
「こりャ、してやられたねェ……」
何がおかしいのか、クカカカカと笑う女。結局、こいつの笑みだけは絶やせなかったが、殺せただけ満足だ。しかし、次の瞬間、女から黒い靄が飛び出し、俺の方へ向かって飛んでくるのを避けられなかったのは、俺の落ち度だったのだろう。
突き飛ばされるような衝撃。ゆっくりと閉じていく意識の中で音は聞こえず、女の奇異な笑い声だけが頭の中で反響する。俺の声を呼び、こちらに向かって手を伸ばすエレインを最後に、意識はバツンと断ち切られた。
悪魔豆知識
鬼女 …日本の鬼、その中でも女性を指す。基本的に般若の面で表されることが多く、嫉妬や憤怒など、醜い感情に支配された女性等の事も指す。
(上記説明分は「鬼女」のwikipediaから一部引用)
作中で正体は判明していないが、、鬼女の中でも"語り手"によって作られたゲーム化もした小説から生まれた新参者。
しかし、その割に作中では強敵として描かれているのは、コアである塚が丸見えであるものの、ゲームの様に破壊可能オブジェクトとして認識する事や、事前情報、「あれを壊して!」等の指示がない為。




