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彼方より響く声に  作者: 秋月
一章 実は魔法使いだ。なんていって信じる人は?
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第三話 煩い奴と煩い奴と鬱な期間

「何か、用か」


 それだけ言って、俺はまた机に突っ伏した。こいつが俺の前に来るときは、大体禄な事じゃない。この前は「彼女に近付くな」だったし、「本ぐらい持って来い」の時もあれば、「今度遅刻したら退学だぞ」とか、そんな感じだ。顔も伏せたくなるというもの。


 あ、いまこいつ今、眉間に皺寄せたな。半分般若だったのが完全に般若になった気配がした。流石に一端の魔法使いとして、周囲の物の動く気配ぐらいは察知できる。


「お前、今日も彼女に話しかけたらしいな?」

「さて、何のことだか」


 即刻とぼける。ここで「彼女が話しかけてきたんだ」と言うと、嘘を吐くなといわれる。ので、とぼける。この色ボケしたアホ会長に教える真実などない。ただ、その態度に腹を立てたようで、机を叩く音が響く。その瞬間に顔と腕を浮かせたので全くダメージも驚きもないが。


「とぼけるのはやめろ! いい加減、彼女に迷惑を掛けるな!」


 自分が掛けてるのはいいのかよ、と言う言葉は何とか喉で止め、顔も上げずに手をひらひらと振って、シッシッと追いやる。


「はいはい、了承しました。分ったからさっさと行ってくれ」


 それだけ言って後は何もせず突っ伏した。暫くして会長は、俺が何の反応もしないので、憤慨したまま帰っていった。そろそろ朝のホームルームが始まる。そのまま、俺は睡魔に身をゆだねた。無論、その後に朝のホームルールで、担任に怒られるのも、無理はないことだった。




 キーン、コーン、カーン、コーン。

 お馴染みのチャイムがなる。学校が終わる、と言うのは学生として嬉しい事だと思う。いや、不誠実の塊のような俺が言うと説得力が無いが。


「起立! 気をつけ、礼! さようなら!」


 やたらと迫力のある声で生徒会長が言った。アイツの声は煩くてかなわん。さっさと鞄をもって、何か面倒事がこっちに来ないうちに撤退する事にした。階段を駆け下り(生徒会長の注意は無視した)、昇降口で靴を高速で履き替える。そのままドアを蹴破る勢いで押し開け、全力で走り出した。今日の夜も調査を続行しなければならないし、何より誰かに捕まると面倒だった。


 全力で正門まで走っていく。風が結構強く俺に当るが、知った事じゃない。正門を出てすぐに急ブレーキ、右に直角にカーブして走っていく。後ろから、剣道部顧問の俺を呼ぶ声がしたが、またも無視して全力で走り抜ける。万年帰宅部(俺の中で)連日入賞で、陸上部の岡田(生徒会長)から1年と半年の間逃げ切っている俺の健脚を舐めてはいけない。いや、むさくるしい野郎の足を舐める奴はいないだろうが。自転車ぐらいは軽くおいていくスピードで走り抜ける。


 再度急ブレーキを掛けると、そこは家の前だった。センサーライトが俺に反応してチカチカと点滅しながらついた。そろそろ入れ替えないとな。いや、そうじゃなく。何故、彼女が、怜奈が俺の家の前にいる?


「先回りしておきました」


 にっこりと微笑みながら言う彼女の表情に、ちょっと凄みが在る様な気がする。後ナチュラルに人の思考を読むんじゃない。いや、それはそれとして。


「なんで此処にいる?」

「あなたに伝えたい事があって。……テスト、明後日からですけど、覚えてます?」


 ……そう言えば、テスト期間なんてものがあったな。俺のテストは、毎回毎回五十代から七十代、低迷して四十切ることが在る程度には酷い。それで、言いに来たのか。まぁ、これから調査のお仕事があるので、気にしている余裕はない。


「テストか。覚えてるよ」


 俺の棒読みで、やる気のない声を聞いて、覚えてませんでしたね? とこっちに疑いの目を向けている怜奈。あんまり話すのが長いと生徒会メンバーにどやされるから勘弁してほしいのだが。とりあえず、


「うんうんそうだね。それより、日も暮れて来たから早めに帰ったらどう?」


 と、ようは、暗にさっさと帰れと伝えてみたのだが、鋭く感づいたらしい彼女は、ふくれっつらで拗ねたようにしながら、怒っているように見える。表情がとても器用だ。俺もあれほど表情筋が器用だったらよかった。何てことを思っていると、


「これで点数悪かったら絶交ですからね! 本気ですよ! ふん!」


 と言って、彼女も憤慨しながら帰っていった。非常に申し訳ない気持ちが湧いてくるが、そこはそれとしておいて置き、さっさと家の鍵を開けた。もう5時だ。早く準備をしなければ。二階の自分の部屋に行くと、クローゼットを開けた。学生服と、申し訳程度の私服が二着ずつ程入っている。それを押しのけ、クローゼット奥の隠し戸を開いた。


 金色の模様が至る所に描かれた白いパーカーがかけてあり、その奥のコンクリートに、仮面が掛けられている。俺はそれをじっと見詰めた。


 右半分は克明な赤。左半分は同じくはっきりとした白。ニヤリと笑ったような、三日月型の口のような模様に、それを上下逆さにしたような目が左右にそれぞれ二つ。風変わりなピエロみたいな仮面といえば伝わるだろうか。それが掛けられている。


 俺の仮面。魔法使いである俺の、闇にさざめく者(レベスケノン)としての顔。あまり、良い思い出はない、俺であって俺でない者の。


 駄目だ。この仮面を見るたびに憂鬱になる。頭を左右に振って考えを追い出すと、引き千切るように乱暴に仮面を取り、自分の顔につけた。


 鏡の前に立つ。お前は今、魔法使い、闇にさざめく者(レベスケノン)だ。決して、嫌われ者の上谷銀二ではない。ゆっくりと息を吸い、吐き、自分に言い聞かせた。


 窓を開けて飛び降り、夜の街に歩き出す。一見派手に見える俺の姿は、パーカーに施された魔法的な措置により、一般人には俺の姿はくたびれたサラリーマンにでも見えているはずだ。ゆっくりと目を閉じて、感じる。波打つ魔力の異常を、感じ取るように勤める。……あった。紙の上におちた、インクのような、明らかな魔力の乱れを。


 おいそれと気付かれないように、おかしく思われないように、何かを思い出したようにそちらへ向かって歩き出した。工業地区か。廃工場があってうってつけだ。


 それにしても、まぁ。どっかの銀二とか言う奴は、大変だな。煩い奴と煩い奴と、欝な期間、それに面倒臭い仕事に挟まれてるんだから。

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