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彼方より響く声に  作者: 秋月
二章 俺の身に起こった異変とエレインについて
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第二十八話 屍狂い

 盾で受け、剣で殴る。これでぶつかり合うのも八合目だ。盾は既にベッコベコにへこみ、歪んでおり、これで次受け止めたら千切れ飛ぶだろう。何とか受け流すぐらいしかできていない。正直、ちときついな。


 そんな事を思いながら、右から左上へ薙ぐように振られた棍棒をジャンプして避け、剣を叩き付ける。刃なんて最初から無いに等しかったが、今にもペッキリいきそうだな。


「エレインッ!」

「ハイ、ハイ……! 風よ(アルゥラ)力強き風よコーラヴァル・アルゥラ……!シェンパドシェルッ!」


 エレインの精霊が心得たとばかりに渦を巻き、女に対して強力な下降気流(ダウンバースト)として降って来た。実際に起こったとしても風速五十メートルに到達する事のある自然災害は、精霊の力でもって強化されている上に、極小規模まで抑えられている。


 (かかと)で地面を蹴ってその領域から抜け出せば、女が派手な音と共に地面に十数センチめり込んだ。しかし、踏ん張る様な体勢こそしているものの、全く効いた様子がないどころか、ニヤリと怪しげな笑みすら浮かべている。その額に汗は浮かんでいない。


「ちょっト、強スぎナい…ッ?!」

「お褒めに預かり、光栄だねェッ!」


 エレインが吐き捨てるように愚痴をいい、それに女が返答して走り出す。再び前に出て、エレインと女の間に入るが、持ちこたえられるか分らない。たった今思い出したものの、俺の鎧である白いパーカーは今無い。どうにかしなければ……!


 女の嬉々とした笑みを見て、チッと舌打ちする。折角手に入れた拳銃も殆ど効果がなさそうな耐久力(タフネス)だ。とことんふざけてやがる。思いっきり袈裟掛けに振り下ろそうとしているのか、高く掲げられた棍棒を睨んだ。


 視界がスローモーだ。女の目の動き、自分の心臓の高鳴り、そして、女の棍棒の軌跡がみえる。これだけスローモーな視界であっても尚それなりのスピードを持つそれに、思いっきり盾を叩き付けるつもりで左手を振り翳した。


 ――狙うは、盾弾き(パリィング)……此処だッ!


 棍棒を振る方向に合わせて盾で棍棒を滑らせる。その上で、一歩強く踏み出し、棍棒を後押しするように盾を押し付けた。パリイング。盾、もしくはパリィ用のナイフでもって成されるそれは、大きく隙を作る為の技だ。


 思わぬ後押しに体制を崩した女の鳩尾に、全力で爪先を叩き込む。ほんの少しだけ仰け反った体に、剣を思いっきり叩き付けた。あまりの硬さに腕が軋む様だ。だが、その痛みすら抑え付けて全力で剣を振りぬいた。


「お、ら、あぁぁぁァァァッ!」


 多分その時、俺は常軌を逸した怪力を発揮したのだと思う。そうでなければ、あれだけのタフネスを持った女を六メートル弱も吹っ飛ばせないだろうから。女は宙空を舞ってオベリスクに激突した。ずるりと落ちた体から、一滴、血が流れた。


 だが、女はまだ立とうとしている。先程よりその身に闘志をたぎらせて、爛々とした瞳で此方を見据えていた。血の滴った跡から、ゆるりと華が咲いた。多くの花弁を持ち、掌を合わせた様な独特の広がりを持つそれは、彼岸花と呼ばれるものだった。血が一滴、一滴と落ちるたび、一輪、二輪と次々と生えていく。


「……あれの正体が、わかるか?」

「ごめン、分らなイ。でモ、日本のよネ?」


 多分な。自分でも分るぐらい自信無さ気な言葉が口からもれて出た。少なくとも、鬼に分類される物に違いはないだろうが、恐らく新参か、語り手から生まれたもの。少なくとも、俺には分らない事は確かだ。とりあえず、何か掴めるまで徹底抗戦という方法しかとれないだろう。


 再び立ち上がった女に、剣を突きつける様に動かした。気付かなかったがさっきの盾弾き(パリィング)で盾が完全に壊れてしまったらしく、下半分が千切れて飛んでいた。だがまぁ、受け止めるのはダメージが多すぎると分っている今、盾弾きならこっちの方が良い。


「カ……カカ、カカカ……!」


 何がおかしい。キッと女を睨み付けた。しかし尚、女は箍が外れた様に笑い続けていた。そして、笑いながら俺の方へと掛けて来た女と、再び殴りあう事になる。


 これで、十合目、だ――ッ!




 打ち合う、打ち合う、打ち合う、打ち合う……これで、二十三合目。終わりの兆しは見えない。八合目のオベリスクに叩き付けた一撃から、一向に傷つかない女に、次第に俺とエレインは消耗していた。幾ら戦っても減らないパワー、タフネス。


 終わる気がしない。このまま永遠に奴と打ち合い続けるのでは、という疑念すら湧いてくる。飛んでくる棍棒は全く疲労していないかの様な速度でぶっ飛んでくる。必死に避け、逸らし、カウンターを決めていくものの、疲れと痛みをしらないように、女は幾らで藻殴ってくる。


「そら、そらそらそらッ! どうしたどうしたァ!?」

「~~ッ!?」


 怒涛の連続攻撃が乱れ飛ぶ。決して高くない技量でも何とかなっていなのは、それが一発一発という隙の大きい物だったからだ。だが、こんなに連続できては。


 ミシィッ、と骨が軋む音。思いっきり鳩尾からはいって肺の空気を叩き出した棍棒が、そのまま俺の体を引き摺ってかっ飛ばした。さながらホームランで打たれた硬球の様にかっとんでいく俺をみて、エレインが悲鳴を上げた。


「銀二!」


 俺は空中で錐揉み回転しながら、校舎の壁に向かって頭から飛んでいく。またもスローモーな世界が訪れた。


 俺の冷静な部分が言っている。"このまま激突するとまずい"と。じゃあどうすればいい? 自問するようにそうすると、答えも一緒に浮かんできた。"着地すればいい"と。


 ゆっくりと流れる視界の中を仰ぎ見る。進行方向には壁。ならば。空中で曲芸めいた動きで回転し、壁へ足を向ける。そして瞬き一回より早く、俺の体が壁に叩きつけられた。足が壁にめりこんで、俺の体が壁に固定された。俺は今壁に立っていた。


 かなりの速度で叩きつけらたからか、足の力が抜ける様な感覚がする。だが、すぐにそれも消えうせる。上、運動場側を見上げればエレインに向かって走る角の生えた女悪魔の姿。足へと力をためると、印を結んでエルシェイランに頼む。


火よ(ヴェル)背中を押す灯火よ(モカームルイラン)ッ! エルシェイラン!」


 靴底から、遥かな炎がほとばしる。そのタイミングで、俺も壁を蹴りつけた。浮遊感も一瞬の内に過ぎ、強烈な加速が俺の体を襲った。無論、突っ込む先は女悪魔だッ!


「ドォォォラアァァァッ!」


 気迫を込めた雄叫びと共に、拳が思いっきり女の横っ面を捉えた。瞬間、手に鈍い感覚と共に、紙くずか何かの様に吹っ飛んでいった。


「大丈夫!?」

「ちと痛いが、何とかなるさ。それよりあの女、まだ生きてるぞ……?」


 フラリと立ち上がる女が、生きていることを強烈に示していた。怪我一つ負っていない体で、気が狂ったように笑い続けている。


「カ、カカカカカ……お前も、屍狂いみたいだねェ。あぁ、愉快愉快!」

「シグルイ……?」


 エレインが思わず、と言った様子で呟いた。屍狂い? 死に物狂いの事か? 何が言いたいんだ、こいつは。しかし、何か問いかける前に女がまた戦闘態勢に移った。此方はボロボロ、女は全快。圧倒的不利な戦闘が再開された。


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