第二十六話 肩を並べて
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ……あれ、二週間前ぐらいにこんな風景を見たことがある気がするな。そんな事を思いながら、ゾンビもどき警棒で殴り、蹴りをかまし、体当たりでぶっとばす。
本校舎に侵入できたは良い物の、ゾンビの巣だ。オベリスクは遠いし、正門のほうで戦闘音がするので、エレインはその辺りだと思われる。ただ……
「ア゛ァ゛ー――」
「ヴァアア――」
ちょっと、幾らなんでも数が多すぎやしないか。正直、パッと顔を見るだけでも知らない奴も居るぞ。いや、ぶん殴る分に支障はないが、絶対これ学校の外からも集めてるだろう。後処理が大変だ。近付いてきた冴えないおっさんのゾンビを警棒で殴ってぶっ飛ばす。
幾ら記憶の改ざんができるとはいえ、警察関係者や報道陣全員の記憶を消し飛ばすわけにもいかないし、何より手間がかかりすぎる。政治の方に侵食している魔法使いにそっちの操作をお願いしなければならないだろう。OLらしき姿の女性を警棒で殴った後、全力で鳩尾に蹴りをかます。
殴っても蹴っても投げても飛ばしても、見えてくるのはゾンビゾンビゾンビ。ここは何処だ? ……一階、廊下か。いや、曲がり角が見えてきている。昇降口付近。靴を履き替えている余裕はない。スリッパは放り捨て、素足の状態で窓を飛び出した。
運動場の手前に出た。ゾンビはちらほらと見えるが、校舎内程ではない。走り抜けるのに全くの支障はないだろう。近付いてくるゾンビだけぶん殴り、正門を見据える。……ゾンビの塊が見えるな。それと、周りに倒れてるゾンビ達。エレインは、あそこか?
「エレイーンッ! そこか!?」
「銀二ッ!? 手伝っテ! 幾ラ浄化できてモ、この数ハ……!」
精霊の風を纏った鞭をふるって、ゾンビに応戦しているエレイン。そこに、俺が後ろから打撃を与えに飛び掛る。警棒を振り回して、全力で頭を殴打して一人。蹴りでなぎ倒して一人。膝蹴りでぶっ飛ばして一人。流石に、そういった類の訓練をしていないから、そこまで上手くはないが。
「銀二! 加減しないト!」
……そうか。俺が殴っているこれは人間だった。全員、唯の悪魔にしか見えない。クソ、これは精霊化現象か? それとも、俺が正気を失っているだけか。苛立ちでとりあえず目の前の奴をぶん殴った。……今のは、気絶する程度に抑えることができただろうか。分らん。
「すまん。……殺しそうになったら止めてくれ」
「……分ったワ。でも、努力ハしてネ」
エレインにそう伝えて、その返答を聞いてまず矢鱈滅多ら拳を放ちまくった。
何とか一掃すると、エレインと共に体育館まで走り出した。エレイン途中の奴らを全員浄化すれば、数も減ろうというもの。見る見る内にゾンビが減っていく。俺も、ソレこそ腕だけ焼いてしまったりすれば浄化はできる。できるが、全員に傷が残ってしまう。つまるところ、俺がやると全員に"原因不明の火傷"が生まれてしまう訳だ。
その分、エレインは風だから、強く吹かせてやれば簡単に浄化でき、傷などの痕も残らない。この場には適している。
「魔力残量は?」
「残り…二百人分ってとこネ」
しかし、それに必要な魔力があまり残っていないらしい。となると、黒幕戦は結局俺一人か? ちと、きつい気がするな。
「デ、オベリスクは何処に在ルっテ?」
「運動場の方だ。生贄は必要なのか時間が必要なのかしらんが、まだ出切ってない。早めに叩くぞ。お前は此処で浄化を」
早く行かなければ。そう思って駆け出そうとした矢先、後ろ…エレインが俺の手を掴んでとめた。何かの間違いかと思ってもう一度踏み出そうするが、先程よりも強い力で引き戻されてエレインと向き合うことになった。
「待っテ」
「……なんだよ?」
依然、俺の手を掴んだまま、エレインは俺を見据えている。俺は首を傾げて見つめ返した。
「私も行ク。貴方一人は危なイ」
魔力残量と、今すべきことを見て、俺なりの最善だと思ったのだが。俺は、多少呼び寄せを使ったぐらいで、魔力はほぼ満タンに近い。それに比べて、エレインは残り二百人程度しか浄化できないという。黒幕との戦闘と、一般人の浄化も考えなければならないのだが、エレインが来ては浄化できないのでは? そんな旨を伝えると
「ネェ。私を遠ざけようとシてるノ? それトも、素?」
遠ざけようとしてる、だと? まさか。そんなはず無いだろう。
「私が来た時モ拒否反応の域だっタし。それに、一人で大変ナ筈なのに、連盟に応援要請もしないシ」
それは、単に俺の人付き合いが悪いだけだ。それに、応援要請ったって、日本に来るのに二日三日掛かってたらそれを待ってる時間に悪魔が人を襲ってしまうだろう。
「とにかク。私もツいて行ク。異論は認めなイから」
「……好きにすればいい。ただ、連携とかはとれないからな」
俺が、一人を好んでいるとでも言いたいのだろうか。歩き、周囲を警戒しながら考える。そんな馬鹿な事があるものか。俺だって、人並みにコミュニケーションを取ったり、悪魔とか、魔法使いとか考えずに、夜ぐっすり寝たい。けれど、これは俺がやらなきゃならない事だからだ。
それに、元々非純魔力のせいで、余り人に好かれる性質でもないし、人付き合いは苦手だ。結果一人になっているだけで、決して俺が一人になりたいわけではない。……筈だ。
クソ。戦闘前だってのに、集中が乱されてる。何時も忌々しく思っているとはいえ、あの仮面があれば。そんな事を思いながら、運動場へひた走る。
聳え立つ、というにはまだ少し小さい、オベリスクが俺とエレインの目に入った。そして、その前に立つ影も。それは、偶然にも俺の背丈と同じぐらいの女に見えた。しかし、額から天へと向かって伸びるその角が、"私は悪魔だ"と堂々と伝えてきていた。
「いらっしゃい。アタシの場所へ。だけど、此処でさようならというべきかも、ね?」
剣を呼び出して、印を片手で持って構えた。呼んでも居ないのに、エルシェイランが宙空で火花を散らす。そして、俺の横で、エレインが鞭を構え、風が狂った用に唸り始める。
「銀二。……"宇宙への呼びかけ"ハ今回、禁止だからネ」
「……分った」
エレインからいわれた"一人になりたがっているのか"と言う言葉で、少し意識していたのかもしれないが。俺はその時、初めて"肩を並べて"という言葉の意味を少し理解した気がした。それは、一生理解することはない、と。そう諦めていた筈の物だった。




