第二十五話 エレインを迎えに
パラパラパラパラ……。
薄暗い体育館の中、雨の音が響いている。誰もが項垂れていて、災害の避難所みたいだ。同じようなものか。俺は俯きながら思った。
ただ、こんな状況になったのは俺のせいもあるのかもしれない。いや、十中八九俺のせいだろう。精霊化現象のせいだと信じたい。けれど、どうなのかは分らない。
人の声が聞こえないというのは、これほど辛いのか。耳がキーンと鳴り始める。あまりにも静かだ。それに、ちと寒い。暖房もついておらず、日も照っていなければ、こんなものか。何時ものパーカーも、仮面も、無い。心細い。
ドン、ドンとゾンビもどきが扉を叩く音が聞こえる。エルシェイランの炎も使って封印してあるのだからそう破られることは無いとはいっても、不安を煽る。俺も、万が一に備えて臨戦態勢で立ち上がる
「…う、うう……」
誰かが唸りながら身を縮めた。直に、叩く音も止む。安堵の息が漏れるが、このままでは折れてしまう。俺は、頭ぐらいの大きさの火を灯した。僅かに顔が上がる物が数名居たが、また俯いた。本来なら魔力は対黒幕に取っておくところなのだが、そうも言っていられない。頭大の火から、小さな灯火を幾つか取り出すようにして、大体固まっているグループにそれぞれ分けていく。
何も言わないのは、口を開くと余計なことを言ってしまうような気がして、恐かったからだ。これ以上化け物を見るような目で見てほしく無いと言う、ささやかな願いの様な物だったが。ほのかに、体育館全体が暖かくなる。と、同時、排気ダクトから少しだけ冷たい風が出てきた。
「……救援、まだこねえのかよ」
岡田がボソリと口にした。確かに、エレインがこない。あまりにも遅い。脚立に乗って窓を見る。何も見えない。
「俺が終わらせてくる事も、できるが……。その間、此処が手薄になる」
どうしようもない。そういって俺が頭を横に振ると、前川がいった。
「私達は、いいのでは?」
「は、はぁ!? 前川、お前何言ってるんだ?!」
岡田が、前川の言葉に反論した。正直、俺もギョッとした。その間にゾンビが入ってきたらどうする?
「あれぐらいなら、武器さえあれば何人かで分担して囲んで叩けばいい。貴方は救援を迎えに行った方がいい。このままの方が危ない」
前川が言うと、岡田も押し黙った。正直、それは俺も思っていたことだ。安全重視で言うのなら救援を待った方がいい。だが、この時間まで来ないと、俺が迎えに行った方が早い気がする。
「……異論が無ければ、武器を呼び出して、俺は行くが」
不安を滲ませながらも、誰も異論は唱えなかった。もしくは、俺が恐くて、言葉を出せなかったのかも知れないが。
「じゃあ」
先程まで不安そうに怯えていた玲奈が、何時の間にか立ち上がって声を出した。前川、岡田、そして俺の視線がそちらに向いた。
「早く迎えて、ちゃちゃちゃっとお願いしますね」
震えていた彼女の姿は無く、凛としたようでとぼけている、何時もの声と顔だった。ただ、それが彼女なりの気遣いなんだと気付いて、少しだけホッとした。そして、息を大きく吐いて、気を引き締めた。
「そうする。……まずは、武器の召還だな」
俺は、ポケットからチョークを取り出して、地面に五芒星を描き始めた。綾取りの印だとどうしても時間が掛かるので、これで一気に呼び出す。
「い、いつもそんな物ポケットに入れているんですか?」
玲奈が思わず、と言った様子で聞いてきた。俺は顔を向けず、作業をしながら言った。
「そんな訳ないだろ。さっき教室にいた時にくすねた」
「えぇ……後で戻しておいてくださいね?」
あぁ、と適当に返事をする。岡田の視線が、ふと何時もの物へと変わる。何時もの雰囲気に戻れたようだ。よかった、などと思いつつ、チョークで魔法陣を描いていく。後は中心に丸を書けばいい。……終わり。
「炎でどうやって呼び出す?」
前川が興味津々、と言った様子で聞いて来た。俺も最初は不思議がったものだが、エルシェイランに聞いてなるほどな、と思ったのを思い出す。
「あぁ。エルシェイランに持ってきてもらうんだよ。別の所に精霊の手だけ召還して、物を持ってもらって、こっちに転移させる。精霊だけなら場所の移動なんてちょちょいのちょいだからな。簡単だろ?」
なるほど、という声を背中で聞きつつ、魔法陣の端っこに手を触れた。エルシェイランも準備万端なのを感じる。
「火よ、導きの火よ。今此処に、我が武の宝庫を導け。エルシェイラン」
魔法陣が光り始める。実に派手だが、これ、エルシェイランが演出過多なだけである。エルシェイラン、どうやら見られているのを意識しているらしい。余計なことを。まぁ、此方の魔力は一切使わないので問題ないが。
直に光が収まり、魔法陣の上に幾つか、というには多い武器が散乱する。棍棒、警棒、スレッジハンマー、テイザーガン、エトセトラエトセトラ。武器を大量に購入しておいて良かったというべきか。呼んで字の如く山積みとなった武器を見て、何名かが感嘆の声らしきものをあげていた。
「……好きなだけとれ。ただし、後で回収するからな」
それだけ言って、魔法陣を掻き消す。思い思いに武器を手に取るクラスの奴らを見て、少し罪悪感が湧く。襲われた理由側からないにしろ、魔法使いの世界に引きずり込んだのは確かだ。記憶を消せばいいだけだが、それでも少しだけあいつらに悪い気がした。
まぁ、いいか。
「それじゃあ、俺は行くぞ。俺が外に出たら、すぐに閉めろよ」
全員が頷いて、視線が俺の背を追うのを感じた。扉の前に立つと、封印の状態を確認する。支配権剥奪されていたりはしないか。……よし、問題ないな。
扉の封印を解除して、体当たりするように外に飛び出る。雨は土砂降りになっていて、体育館の靴箱を盛大にぬらしていた。
「閉めろ!」
俺に気付いて近付いてきたゾンビをぶん殴りながら、後ろに振り向いて言う。慌てた様に扉を閉める生徒達。ガン、という扉が閉められた音と共に外に放り出された事を再確認する。さて、少し不安だが、エレインを迎えに行こう。




