第二十二話 魔法使い連盟公認の大説明会
数分して、バリケードの補強を手伝い、扉を封印し、バリケードも魔法的に強化。当座はこれで凌げるだろう。少なくとも、一日は大丈夫だと思う。そう皆に伝えると、バラバラな感情が顔に出てきていた。
"一日か、短いな"か"一日も続くのか"。もしくは、"一日も此処で恐がってなきゃいけないのか"。その辺だろう。無理もない。全員、現代の高校生だ。スマホを教室においてきただとか、どうなるんだろうとか、少しがやがやとし始めた。まぁ、少しぐらいはいいだろうか。俺はバリケードに使われているマットに寄りかかって少し休む事にした。
窓を見ると、まだ日は高かった。その為、日が体育館にも差し込んでいる。何人かはそこに集まって少しでも心を落ち着けようとしているようだ。しかしまぁ、クラスの奴ら、意外に心が強くて助かった。下手をすると全員を気絶させて連れて行かなければならない、なんてことになる可能性もあったしな。
目を瞑る。何も浮かんで来ない。目蓋の裏は暗かった。俯いていると、近付いてくる気配を感じた。誰だ?
「ええと……銀二、さん?」
聞き慣れない声だ。玲奈でも岡田でも前川でもない。本当に誰だ。片目だけを開けると、何時も目立たない隅っこに居るメンバーが俺の所に来ているのが見えた。確か、オタク組とかいう感じの呼ばれ方をされていた気がする。
「さんは別に要らんが。何か用か? それとも問題が?」
「いや、えぇと……その……」
男子生徒の顔をジロリと見た。いや、そんなつもりはないのだが、そう見えるらしい。平凡な顔だ。とはいっても、俺より柔らかに見える。黙っていればそれなりに見える顔だ。
その横の女子生徒は大きめの丸い眼鏡。そして三つ編みの髪。文学少女、と言った見た目だ。ただ、又聞きを盗み聞きした所、妙な趣味を持っているのだとか。怪しげな笑顔をしているところを見たらしいが、どうだか。
その後ろでビクビクと怯えているのは、それなりに大柄な小太りだ。顔はややたるんでこそ居るが、結構な面構えである。総合すれば、顔はそれなりの三人組みと言ったところか。
それで、俺に一体何の用だろうか。片目だけ開けたまま俺は三人組を見た。
「ど、どうしよう?」
「わ、私に聞かないでくださいっ」
「で、でも、気になる、よ」
なにやら、三人で相談している。今は時間があるとはいえ、適当に済ませてほしい物だ。そう思っていると、平凡な顔の男子生徒が声を出した。
「そっ、その!」
「……何だ?」
「ま、魔法について教えてくれませんか!」
魔法に付いて? ……あぁ。ドタバタしてたから聞いて来なかったんだろうが。そりゃ気になるよな。すげえファンタジーだし。とはいっても、俺もそう簡単には教えてやれないんだが。
「すまん。れんめ、じゃなくて。組織の……規定みたいなもんで、そう簡単には教えられねぇんだ」
「えっ……そんな…でも、仕方ないか」
落ち込ませてしまったようで、遅い足取りで離れていこうとする三人組。すると、玲奈が口を出してきた。
「それ、私も聞きたいんですけど、何とかなりません?」
何を言っているんだこのアホは。さっきの話を聞いていたのだろうか? いや、聞いていないんだろうな。同じ旨を伝えようとすると、岡田が近付いてきて、さらに聞いて来た。
「俺も気になるんだけど」
「だから、規則で無理なんだよ。諦めろ」
別に俺だって伝えたくないわけではない。唯、これが規則だ。そう割り切って集まっている奴らを解散させようとすると、前川まで聞いてきた。
「何か特別事例として話してくれないのか」
「だから無理だって」
「何とかして」
「そうです、何とかしてください」
「何とかならないのか?」
こいつら、こういう時に限って仲がいいな! 此処で決裂させると、周りの奴らの反応も悪くなるだろうし……。こういう時は癪だが、爺共に判断を任せるか。どう判断したら良いかなんて頭の悪い俺にはわからんしな。はぁ。溜め息が漏れた
「……お前ら、あんまり期待はすんなよ?」
「構わない」と言った前川の言葉に、皆異口同音に賛同した。クソ、調子良いなこのやろう。しかしまぁ、どうせ駄目だろうしな。確認してやるぐらいいいだろう。
「鴉よ。見聞きし届ける 鴉よ」
印を結んで詠唱を始めると、おおっ、と声が上がる。ちょっと喧しいから黙っていてくれないか。そう軽く一瞥すると、皆しんと静かになった。幸い、詠唱は中断されていなかったらしく、そのまま言葉を紡いだ。
「来たれ」
俺の左肩に鴉が音もなく現れた。軽い歓声が湧いたが、すぐに全員を一睨みして静かにさせた。烏に振り向けば、声一つ出さず俺のほうを見つめているだけだった。こいつが普通の烏でなくて良かった。
「セリンテの爺。『魔法を話す事の許可を貰いたい。決して必要ではない。連絡求む』」
こんな物でいいだろう。どうせ色のいい返事はかえって来ないのだから。平坦な声で連絡事項を告げ終わると、烏がカァー、と声高々に鳴いて虚空へと消え去った。今頃はセリンテの爺の所に居るだろう。
「今のは?」。前川が聞いてきた。一番初めに言う事がそれかよ。まぁ、このぐらい別にいいだろう。烏について軽く教えた所で、何の魔法に繋がるわけでもない。
「見聞きし届ける烏。つまるところ、伝書鳩みたいなもんだ」
「……ふむ。興味深い」
といって、前川は何かを考え込み始めた。改めて、俺は周りを見た。何時の間にか、クラスの中心角である岡田、玲奈に、立ち位置がいまいちよく分らない前川。オタクトリオも何時の間にか戻ってきていて、目を爛々と輝かせている。他のクラスの何人かも近くに来ており、なにやらにぎやかになっていた。
「言っておくがお前ら、許可が降りなくても騒いだりするなよ」
「失敬な。しませんよ!」と玲奈。「保障はしない」と前川。「右に同じだ」と岡田。こいつら……、と溜め息をついている所に、俺の肩に烏が出現した。返事、早いな。というか、結界で阻害されて遅れる事を想定していたんだが。三十分も掛からなかったぞ。意味の分らない結界だな。
烏は俺の反応を待っているようで、ジッと肩につかまっている。そのくちばしの下を軽く指で押すと、烏の口からセリンテの爺の声が聞こえてきた。
「『良い機会だ。聞きたい全員に教えてやれ。ただし、記憶を消されるか、魔法使いになる覚悟。もしくは、口を硬く閉じる事を約束させておけ』」
烏がセリンテの言葉を言い終わって、瞬き一回。烏はまたもや虚空へと飛び去っていった。……許可、降りるのかよ。俺は唖然としつつも、周りの奴らに目を向けた。
「……全員、聞いたな?」
覚悟はできているといわんばかりに、全員それぞれに返事をした。どうやら、魔法使い連盟公認の大説明会が始まる様だった。ってか、教師役、俺かよ。




