第二十一話 何事も想定外に始まる
その後、俺は全員に説明する事になった。さっきの先生の状態だとか、扉が開かないのは何故とか、何故銃を持ってるだとか、あの魔法陣は何か、とか。本来なら全部無視して解決し、全員の記憶を速やかに抹消する所だが、今はそんな余裕もない。
窓を突き破っていこうにも校舎を包むように結界が貼られていて、少なくとも此処ではぶっ壊せない。というか、下手にエルシェイランの力でぶっ飛ばしてしまうと周りの生徒に被害がでるので、どうにもできない。
説明し終えたころ、「ファンタジー!」と叫んでいた馬鹿は黙らせ、これからどうしようか考えた。とりあえず救援は呼んだが、何時来る事か。とりあえず、外の状況を扉の窓で確認した。そして、直ぐ目を逸らした。
外はゾンビ状態(実際に死んで生き返っているわけではないが)の教師や生徒で溢れかえっていた。精霊には浄化の力がある。しかし、燃やせば焦げるし、冷やせば凍る。特に、加減のし難い炎では浄化は難しい。エレインが来るまで待つしかなさそうだが……。
「おい、どうし……うわぁ。あれ全部おかしくなってんのか」
生徒会長が扉を覗いて後悔したような顔をしている。その後、こっちを向いて苦虫を噛み潰したような顔で聞いてきた。
「それで…銀二。これからどうすればいい」
どうする、か。ソレを今悩んでいるのだ。ゾンビの奴らを全員元に直さなきゃならんし、オベリスクも破壊せねばならんし、そもそもこの状況を作り出してくれやがったアホを叩きのめさねばならない。やること山積みだ。
「これからどうする、って……あれを何とかするの?」
「っていうか、皆を助けてよ!」
「そうだ! 助けろよ!」
「魔法とか使えるんだろ!?」
考えていると、ぎゃあすかとクラスが騒ぎ始めた。糞、喧しい……どうにかする方法を考えているのだから、少しぐらい黙れば良い物を……!
「皆、ちょ」
「喧しい黙れ!!」
俺はベレッタを取り出して天井に向かってぶっ放した。シーン、とクラスが静かになった。ゾンビもどき共がドンドンと扉を叩く音だけが響く。しまった。ついイラッとしてやっちまった。ベレッタを下ろして、俺は言った。
「今やる方法を考えてんだよボケ共が」
「ボケって……」
誰かが呆けたように言った。視線を向けることなく、考え込む。何か、何かあるはずだ。炎を使う事無く、かつ清めの力がある物なにか、何か……! 俺は、頭を抱えて考え込んだ
「ま、魔法で何とかならないの?」
女生徒(名前は忘れた)がそういう。俺はそいつに目を向けた。少し、ビクッと反応した女に、静かに告げた。
「教師も生徒も、全員焼き払ってもいいならできるぞ」
自分で出したとは思いたくも無い、冷ややかな声。女生徒の顔がサーッと青くなった。そんな様子にチッと舌打ちが俺からもれた。どうするべきか。そんな時、ドアの近くに居た岡田(生徒会長)が慌てたような声で考えがかき乱された。
「おいおいおいおい! やばいぞ!」
んだよ、と悪態を口にしつつ近付いて窓を見ると、すぐに俺は大声で叫んだ。
「全員窓際に行け! 伏せろ!」
そして、バリスティックシールドを展開して衝撃に備えた。その瞬間、ドアがぶっとんで俺の盾に叩き付けられ、跳ね返った。入ってくる大量のゾンビもどきの奥に体中の筋肉が膨張したように大きい人型が立っていた。トロール? オーガ? いや、それにしては身体特徴が……?
俺はその巨体の上に、申し訳程度の大きさで乗っている頭を見て愕然とした。あれ、剣道顧問か!? と言う事は、人を悪魔にできうるほどの奴が居ると言う事か。糞、どんどん状況が悪くなっていく。
前に居た生徒のゾンビもどきを盾を構えたまま突進して弾き飛ばす。俺の右隣にいたゾンビもどきも頭をひっつかんで放り投げ、前に居た奴を蹴倒した。
「ここにいると不味い! 何処かへ避難するぞ!」
後ろに居る奴らに向かって叫んだ。此処はもう安全ではない。流石に、守りが得意ではないエルシェイランの封だとそこまで持たなかったらしい。このままだと、全員ゾンビだ。後ろの奴が机で抵抗していたゾンビを窓側に叩き付けると、「早く!」と促した。
「聞いたな!? とにかく逃げるぞ!」
「皆、行きましょう!」
岡田、玲奈の順で叫び、それに応じてクラスが全員動き出した。襲い来るゾンビを盾で弾き飛ばし、警棒でぶん殴り、殴り蹴り、どうにか道を作る。どこか安全な場所はないのか!
「体育館。バリケードも作りやすい」
前川が静かに言う。その案、いただきだ。全員に体育館まで急ぐ旨を伝えると、異口同音に了解の異を示した。まずは一階に降りなければ。
「皆急いで! でもこけたり滑ったりしない様に!」
玲奈が階段を駆け下りながら言う。後ろを見れば、元剣道教師だった怪物が走ってきている。そしてその手に持った鉄骨をぶん回した。
「危ねェ!」
その鉄骨(鉄筋?)をイナバウアーの様な格好で避けると、俺の横の壁がガゴォと派手な音を立てて抉れた。うっそだろお前。どれだけ強化されてんだ! その振り切られた鉄骨をエルシェイランに頼んで真っ二つにしてもらい、そのままクラスの奴らの後を追った。後ろからドゴ、ドゴ、ドゴと足音が聞こえていたが、引き離せたのか、直に聞こえなくなった。
体育館に辿り着くと、前川が扉の前で待機していた。俺が来たのを見ると、仕草で早くしろとこっちに伝えてきた。これでも急いできたんだが、と思いつつ、体育館に滑り込む。もう一つの扉は既に封鎖されており、バリケードも完成していた。こっちの扉は俺の帰りを待つためか、まだ開いたままだったが。
「な、何とかなった、のか?」
岡田がバリケードの構築を終えて、息も絶え絶えに言った。俺は岡田の問いに分らん、と頭を横に振って返した。
「ただ、とりあえずは此処に篭城する準備だな」
何時チャンスが来るかも分らない。できるだけ長く耐える準備はしておいた方が良さそうだと思った。
「そうだな。……にしても、お前が魔法使いなんて、驚きだ」
「想定されてたら、そっちのほうが驚きだよ」
何故か岡田がなれなれしい。ただ、俺もこいつも疲れているのだろう。と、そう思って、俺も同じように返した。それと、「まぁ、何事も想定外に始まるもんだ」と続けた。すると、岡田が驚いた様な顔で返した。
「お前、冗談なんていえたんだな」
「人を何だと思ってる」、と岡田を軽く叩くと、ハハハと笑った。誰だこいつ。何処かで頭でも打ったのだろうか。まぁ、何はともあれ。何とか休む事ができそうだった。




