第二十話 オベリスクの様な何か
学校につくと、ワイワイと騒がしい教室の幾つかの視線が此方に向いた。荒い吐息を吐く俺を見て、何人かは直ぐに視線を外したが、もう何人かは此方を向いたままだった。俺はそれを無視して、後ろのロッカーに鞄を突っ込んだ。後一分ぐらいしかない。
慌てて滑り込むように椅子に座ると、迷惑気な視線が幾つか俺に向いた。悪い意味で、注目されている事を知りつつも、ホッと息を吐いた。何とか間に合ったようでよかった。
「あの、銀二さん?」
「あ゛?」
やや喧嘩腰で応対してしまったのは、何かと煩い玲奈であった。生徒会長様の睨みにちょっと焦ったが、まぁいつものことだと持ち直し、もう一度玲奈と向き合った。
「その……酷い顔ですよ?」
ブサイクだといいたいのか? そりゃ悪人面だが。と思っていたら、回りの何名かがブフォッと噴出した。何が可笑しいと一睨みすると直ぐに止んだが。視界の端で玲奈が慌てて手を振るのが見えた。
「あ、いえそうじゃなくて! 顔色がって事です!」
顔色ォ? と聞くと、「はい、真っ青ですよ?」と心配気に言ってきた。まだ顔色が悪かったらしい。昨日からずっと変わらなかったみたいだ。何時まで続くんだろうか。特に寒気なんかは感じていない。
「大丈夫だ。それより、早く席に戻った方がいいんじゃないか。そろそろチャイムが――」
キーンコーンカーンコーン。
どうもちょっと遅かったらしい。慌てて席に戻る玲奈だったが、遅れたのは誰が見ても明らかだった。
暫くして、ホームルームの時間が始まったはずだが、教師はまだ来なかった。時間に煩い教師が、今日に限って何かあったのだろうか。しかし、俺は余り興味を示さず、ざわざわとなっている教室を横目で見つつ、腕枕で寝ようとしていた。
ただ、誰か傍に来た気配で意識が覚醒した。千客万来、というのは少し大げさか。誰だ? 委員長か、また玲奈だろうか。そう思って腕枕から頭を上げて振り向くと、意外な人物が立っていた。確か、前川とかいったか。デジャブを感じたがそんなことはどうでもいい。何か用事だろうか?
「前川」
「知ってる。それで、何の用だ?」
胡乱気に見た前川は眼鏡をクイッと上げて、俺を見た。また幾つかの視線が此方を向く。何か妙なものを期待していそうな奴が何人か居そうだが、まぁなんでもいいか。前川が口を開くのを待った。
「貴方は、前あった光線に付いて何か知っているのでは?」
光線、と考えかけて先週話したことだと思い出した。
「俺は何も知らんさ。何で疑う?」
「それは――」
ガラッ。前川が喋ろうとした瞬間、扉が開いた。教師がゆっくりと入ってきた。いや、"ゆっくりと"というよりは、"ぎこちなく"と言った方がいいか。まるで関節がモーターで動かされているかのように、ギクシャクと妙な動きで入ってきた。
「……嘘」
前川の言葉でハッとなった。魔力を確認すると、教師の体から闇の魔力が全開で放出されていた。何時もはやや光が強い位だった筈だ。要するに、異常だ。
慌てて立ち上がる。机に近い生徒が襲われかけている。猶予はなく、俺は教師だったらしき物の鳩尾に乱暴につま先を叩き込んだ。そして、二m程飛ぶ教師。教室中から悲鳴が上がった。意外と良く飛ぶな。
「ちょっと銀二君!?」
後ろから玲奈が肩を掴んできたのを乱暴に跳ね除け、起き上がろうとしている教師の頭を引っ掴むと開いているドアの外へと投げ捨てた。そのままドアを閉めると、即座に綾取りで印を作って魔法を掛け、扉を封じた。もう一つは内側からロックが掛けられるから問題ないだろう。
額の汗を手で拭うとまた肩を掴まれる感覚。払いながら振り返ると玲奈が怒ったような顔でこちらを見ていた。何か問題だろうか
「なにしてるんですか、銀二君! 先生が! 助けないと!」
何だ、そんなことか。そう思って口に出そうとすると、別の所から声がでた。
「玲奈。あれはもう先生じゃなかった。落ち着いて考えて」
前川だった。眼鏡をクイッと押し上げつつ言った。……待てよ? 確かに教師の動きはおかしかったが、何故前川が教師ではなくなっていたと察知できている? それに、さっき教師が入ってきたときに、気付いているような事を言っていたな。
玲奈は前川に言われて何となく心当たりがあったのか、うーんと唸り始めた。その間に、俺は前川に疑問を口にした
「一つ聞かせろ。何故お前にあの教師の状態が分った?」
教室の殆どは置いてけぼりで呆けているが、一部のメンバーは違う。それを視界内に納めつつ、前川の顔を見た。何も考えていないような顔で、前川が口を開いた。
「私も貴方と同じ。貴方の様なことはできないけれど、私も何か異能力がある」
異能力? と問い質そうとした時、横から邪魔が入る。生徒会長だ。
「おい! お前玲奈さんに」
「うるせえな少しぐらい黙ってろ玲奈馬鹿が!」
俺はこの馬鹿の眉間にベレッタを突きつけた。生徒会長、岡田はピシリと固まった。教室の所々から悲鳴が上がる。一部では「も、モデルガンだよな?」、なんて声も聞こえる。そんなわけないだろうが馬鹿が。
「……で?」
「……正気?」
前川が言った。正気? 正気だと? 俺が正気じゃないとでも? ……いや待てよ。こんな所で俺はなんで銃を取り出して、更に人に向けてる? そんな当たり前の事に気づいて、ベレッタを下ろした。ホッとするような声が幾つか。確かに、正気じゃあ無かった。不味いな。俺自体の頭がおかしくなったのか、精霊化現象のせいか。クソ、もう分らんな
「すまん、どうかしてた。それで、異能力?」
「そう。目に力を込めると、オーラみたいなものが見える」
それだけのやり取りですぐ応答できる前川にも驚きだが、オーラ、って……非純魔力の事か? と言う事は、無自覚に魔力をある程度操っていると言う事か?
「なら一応聞かせてもらうが、俺にはどんなオーラが見える?」
「……とても黒い、殺気みたいなオーラ」
なるほど。やっぱり非純魔力が見えているみたいだ。しかし、俺の様な事、つまり魔法は使えないと言う事は、魔法使いではないのか。深く思考し始める寸前で、それは遮られた。
「おい、何かやばいぞ!」
窓側の生徒から、声が上がった。俺が慌てて大股で窓側に近付く(恐がるような声が上がった)と、運動場が目下に見えた。そこには、大きく紅黒い魔法陣があった。そこから、何かがせりあがってきているように見える。石碑の様な何かが。
俺は、相当不味い事になったと気付いた。つまり教師に何かした奴は、アレを出す為の時間を此処で稼ぐつもりなんだと。
「クソ、次から次へと何なんだ! 毎回毎回唐突に仕掛けてきやがって!」
俺は、クラス全員に聞かれているのを忘れてそう叫んだ。その後、俺はクラス全員から説明を求められた。




