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彼方より響く声に  作者: 秋月
二章 俺の身に起こった異変とエレインについて
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第十九話 その企み

「……精霊化現象、ですか?」


 俺は先生の言葉にオウム返しで応えた。聞いた事が無かったから、思わず、と言った様子で。俺の腕に繋がったコードの様な物は先生が睨むように見ている機械に繋がって、その上のメーターの針が思いっきりレッドゾーンにめり込んでいたので、何か良くないことというぐらいの事しか分らなかった。


「えぇ。貴方、半上位者になってる。これは上位者というか、どれだけ上位次元に近いか示すメーターなの。今貴方の存在は、四次元に限りなく近いわ」


 三.五次元って所ね、と先生はいった。俺の存在がエルシェイラン達の方に近付いてきていると言う事か? 精霊化現象の名前の通りと言う事か。しかし、原因が思い浮かばない。魔法を使う事で増加するなど聞いた事がない。エルシェイランは、俺と"波長が合う"と言っているが、まさかそれだけで精霊となったりしないだろう。


「とても可能性は低いけど、貴方自身が精霊界…四次元に近付くような事さえなければ起こり得る筈ない。心当たりは?」


 精霊に近付くような? まさか、"宇宙(かなた)への呼びかけ"? ブルリと正体不明の寒気が俺を襲った。いや、そんな筈は無い。いやしかし、否定できない。アレはエルシェイランと存在の階位を重ねる、つまりエルシェイランが自主的に俺と重なり、同化する術だ。俺から近付いている訳ではないが、逆にエルシェイランが近付いてきているのだから、同じような事ではないのか。


 この寒気は一体何だ。寒い。シベリアにでも叩き込まれたようだ。自然と呼吸が荒くなって、耳ざわりな音があたり一面から発され始めたようだった。


 俺の顔色が酷いのか、先生は俺の顔の前で手を振って呼びかけた。俺は震えながら、先生の顔を見上げた。そこで俺は、何時の間にか自分の体を掻き抱いていた事を知った。


「心当たりがあるのね。落ち着いて、まずは深呼吸よ。目を閉じて、ゆっくり息を吸って」


 先生の言うように、目を閉じた。暗闇が目蓋の裏にある。そして、ゆっくりと息を吸った。


「吐いて。そして、それを繰り返して。気をしっかり」


 吸って、吐く。吸って、吐く。十数分後、やっと落ち着いた俺を見て、先生も落ち着いたようだった。何故だろう。途方も無く恐かった。自分が変わってしまっていると言う言い知れない恐ろしさがあった。


「何のせいだと思う?」

「……俺の、切り札。"宇宙(かなた)への呼びかけ"は、エルシェイランとの同化だ。……関係あると、思、思いますか?」


俺が言葉を詰まらせながらいうと、多分ね、と先生は自身なさ気に言った。とりあえず、上位者に関してはどうしようもないと先生もさじを投げたようだった。流石にそうだろうな。とりあえず、極緊急時以外の"宇宙(かなた)への呼びかけ"を控えるよう言われた。


「さもないと、貴方が人間で無くなる可能性がある」


 人間で、無くなる。脅しめいて聞こえるその言葉を口の中で転がした。


「今は精神に異常をきたす…つまり、感情などが無いとされる上位者の思考になってきているだけで済んでいるといっていいでしょう」

「済んでいる?」

「えぇ。重度になれば身体にエルシェイラン本来の姿の特徴が現れたりするかも。少なくとも、人から逸脱する事は確かよ」


 先生が不確かだけどね、と言って言葉を切り、「遅いからもう帰りなさい」と言った。


「ありがとうございました」

「いいえ。でも、困ったときは何時でも来ていいのよ」


 俺は礼を言って、診療所を出た。背中に掛けられた言葉に胸が少し暖かくなったが、それよりも既に意識が人のそれではないと言われた事にショックを覚えていた。


――なら、今の俺は。人か? それとも、悪魔か?


 酷く哲学的な考えに対する答えを、俺は持ち合わせていなかった。ただ、足取りが酷く重い中診療所から何処かフラフラと歩いていた事を覚えている。家には帰らなかった。いや、家に帰れなかった。人ではないかもしれない自分が、万が一両親を傷つけたらと言う根拠のない恐怖が俺の行動を制限していたのかもしれなかった。


 自分が酷く落ち込んでいるのを他人事の様に感じている。どうしたらいいんだろう。どうにが分っていても、頭の中でその言葉がぐるぐると回っていた。


 それで数分後、自分の服が血まみれなのを思い出し、如何にかしなければと思った。唯、普段着も持ってきていない。泊る事にするといってしまった以上、家に戻るのも可笑しな話かもしれない。とはいうものの、俺がお泊りなどした事がないせいかも知れないが。


 今俺は、人間なのか? 胸を張って、言える気がしない。




 気がつけば、日は完全に昇りきっていて、俺は家に帰っていた。服も着替えて、ベッドに倒れこんでいた。多分、眠っていたわけじゃないんだろう。独特の倦怠感の様な物を感じない。唯、顔が青いのが何となく分っていた。仮面を顔から剥いで隠し戸に投げ、パーカーも掛けた。


 寒気はまだ体の芯に残っていて、手が震えているのを感じた。言い知れぬ恐怖。自分が自分でない何かに変わっているという事実と、それに気づかなかった自分がいるという恐さ。先生は俺の秘技が深く関わっていると推察したら、もしも間違っていたら? 今このときですら、精霊化とかいうのが進んでいるんだとしたら。それが恐いのかもしれない。でも、本当の所は分らなかった。


 コーヒーでも飲もう、と一階に下りた。とはいっても、父さんがかって来た缶コーヒーしかないのだが。ゆっくりと飲み干して行く内に、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 そう言えば、今日は学校があったような。そうだ、土曜活動日だった。今、八時。急いで準備すれば間に合うだろうか。ギリギリと言ったところか。そう思って、俺は急いで学生服に着替えた。鞄は戻ってきたときに踏み潰してしまったらしく、コの字にペッチャンコになっていた。


 急いで向かうと、日の光が黄色く感じた。胡乱気な視界を振り回して走る。秋もそこそこに、結構な日の強さだった。きつい。目が眩むなかを、ただひたすらに学校に向かった。


 きっと。その時に気付いておけば。もう少しマシな状況にできたかもしれない。俺はその時、俺を見ている裏路地の影に気付かなかった。その企みを、とめる事ができたかも知れなかった。

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