第十八話 精霊化現象
三千字です
その後、幾つかの魔力溜りをエレインと巡って潰した。唯、微妙な雰囲気が漂っている。いや、単刀直入に言って気まずい。最初の奴が一番駄目だったようで、禄に目も合わせてくれなくなった。いや、何となく恐がられている気がする。
まぁ、何時もの事だ。気にしない。そうして淡々と東京の魔力溜りを片っ端から叩き潰していく。悪魔の血飛沫が仮面に付いているのを、そこらへんのガラスで見た。(周りの奴には目立たない姿に見えているので安心である)
一つか二つほど、妖怪の魔力溜りという珍しいケースも見た。ただ、全てが餓鬼や天邪鬼やらというやや下級の者ばかりだったのでそこの奴らも殺した。どこまでも淡々とした作業。精肉業者というか、豚の屠殺する人はこういう気分なんだろうか?
「……今日ハ、この位ニしておこうヨ」
エレインが目を伏せながら俺に向かっていった。そこらへんの時計を見ると、午前〇時半と言ったところ。もうこんな時間だったのか。手元のクレイモアを見ると、血がべったりとこびり付いていた。酷い有様だ。仮面の血をパーカーの袖で拭って、剣と銃を家の隠し倉庫に逆呼び寄せで戻した。
「そうだな。帰るか」
「……」
エレインは俺の言葉に答えず、そのまま歩いていった。俺も、それに続くようにして歩き出した。そろそろ日も出て来る時間だ。
唐突に、エレインが俺のほうに振り返った。なんだろう、と思って、俺も立ち止まった。エレインは、なにやら深刻そうな顔をしているように見えた。
「君、何カおかしイ。報告書と違ウ」
報告書ォ? と考えて、あぁ、俺のかと思い浮かべた。正確には、俺に対する報告書だ。なんて書いてあったのかは気になるところだが、それよりも彼女におかしいと言われた事が気になった。
「魔法使いなんて多かれ少なかれそんな物だろ?」
「違ウ。君ハ、根は優しイと、少なくとモ悪魔トハいえ絶望を与エる様な事はしナいと書かれテイた。ナノに、今回デ全然違う事が分っタ。でも、解セない」
そんな事が書かれていたのか。絶望を与える? あ、今日の事か。インプの頭を撃ち抜いた事しか覚えていない。
「さっキ、セリンテのオ爺様に聞いテみた。つい最近、こういう素振りハあっタのかト。返答はノーだっタ。何デ変わってシマった?」
……変わる。変わるか。確かに、少し変わり過ぎているかもしれない。悪魔を淡々と殺せるようになるのは魔法使いの、護法士の常としてもだ。客観的に見てみれば変わりすぎている。ここ数年で魔法使いらしく成長したが、、その代価に、何か大事な物が磨り減っている気がする。
とはいっても、たった今エレインに言われるまで忘れていた。というより、感じていなかったの方が正しいのか。言われて、ハッと気付いた。
「私ハ、診断を受ケるのヲお勧メする。その間ハ、私が街守ルよ?」
しかし、と思った私の背中をエレインが押すように言った。あって一週間だが、それなりに俺の事を心配してくれていたらしくて、少し嬉しかった。
「……分った。何時頃にした方がいい??」
「今スぐニ」
いや、それは少し難しいのではないか? 今ちょっと時間がたって居る事も考慮して〇時四十五分ぐらいだと思うのだが。空を見上げれば、少し東が白んで来ている。もうそろそろ夜明けだ。それに、俺は一応学生だし、両親に事情も説明していない。その旨をエレインに伝えると
「私の家に泊ってタコとにスればいい。連絡はセバスにしてもらウ」
「それは……俺はいいけど、お前は? それに、確認してきたりしたら」
「セバスチャンは事情ヲ知っテる。問題ナい」
セバスチャン? そんな名前の執事が本当にいるんだな。じゃ、なくて。そもそも執事がいる程のお嬢様だったのかエレイン。閑話休題。そこまで言うならと、その好意に甘えて、俺は魔法使いの中でも医師である、ドクター尚美の所へいく事にした。
俺は診療所へ向かいつつ、考え込んだ。俺は一体、何になろうとしているんだろうか? 三年前、四年前の銀二はもうここにはいないのかも知れないと思うと、少し恐い。俺にも恐いって言う感情がのこってたんだな。ちぐはぐな思考をしながら、それでも歩みは止めなかった。
診療所は、俺の家より西側の東京郊外に位置している。仕事が早く、かつ丁寧であり、医師である尚美も美人である事で結構評判がいい。ただ、午前一時ともなると流石に人は居ない。中に灯りは付いていないが、俺はその扉をノックした。
一分ほどした後、再度ノック。それから少しすると、中から女の声が聞こえてきた。
「誰? 急患?」
「上谷銀二です」
人目を忍ぶ必要があるので、中の女、尚美の返事に即答した。しばしの間があって、中から「入りなさい」と声がした。そしてその直後、ガチャッと鍵の開く音がした。僅かに間を空けると、その間に体を滑り込ませてすぐに閉めた。
「いらっしゃい。久しぶりね」
「えぇ。先生も変わらないご様子で」
先生とは魔法使いになる前から知り合いだった。心の傷も体の傷も一瞬で見透かしてしまうから、先生は魔法使いなんだと子供ながらに思った事があった。本当だと知った中学二年生の時に酷く驚いたのを覚えている。そしてその後、本当に魔法使いだったんだんですね! と嬉々として話にいったのも。ただ、それ以来余り此処に立ち寄る事は少なくなったが。
先生は俺の様子を見て、昔の様に何か察して俺を診療室に案内した。久しぶりに見た診療所の内装は変わっていなくて、しいて言うなら待合室のソファの皮の傷が増えているぐらいだ。後、LEDに変えたのか知らないけれど、付けられた診療室の灯りが酷く明るく感じられた。
「それで? なんの用事かしら。怪我? 病気? うつ病? それとも、魔法で何か障害でも?」
コーヒーを差し出された俺は、軽く一瞥してから少しだけ口につけた。程よい暖かさと苦さが喉を潤して行く。そして、それを机に置いてから俺は先生のほうに向きなおって手を組んだ。
「どちらかといえば、一番最後のだと思います。後、敬語やめていいですか」
「敬語は続けて。……それで、私としてもそれは初めてだけど、どんな物?」
症状を口に出しかけて、止まった。人間性の欠如、なんて馬鹿馬鹿しい物を先生は信じてくれるだろうか。いや、魔法医としてピカ一の先生だ。きっとこういうことも信じてくれるだろうと思い、再度口を開いた。先生はその様子をじっと見ていた。
「人が変わったと。余りに変わりすぎていると言われました」
「ふむ。難しい年頃って奴の可能性もあるけど。誰に言われたの?」
先生は顎を手でさすりつつ、独り言の様に可能性を呟いてから言った。
「エレインです。誰か分りますか?」
「……あぁ、あの子ね。いい子だから仲良くしてあげて。それで?」
「彼女に、最近の情報と比べて変わりすぎていると」
先生はうーん、と唸って足を組んだ。流石に俺も男だから、その綺麗な足に目が行くが、すぐさま視点を先生の顔に戻した。先生は赤い眼鏡がよく似合う。子供の時と変わらない感想が漏れた。
「とりあえず、検査してみるしか無いわね。ちょっと待ってなさい。機材を持ってくるわ」
俺は頷く事でそれに応える。先生も頷き返して診療室を後にし、俺は少しの間一人になった。
「これは、流石に予想外ね。銀二君。貴方、精霊化現象が起こっているわよ」
戻ってきた先生に機材で調べられてからそういわれ、俺は首を傾げた。




