第十七話 悪魔を狩る悪魔が理想的
エレインの方は大丈夫かと思っていたが、全くの無問題だったらしい。彼女の手には鞭らしき物がにぎられ、びゅんびゅんと風を切る音と共に縦横無尽に空間を支配していた。その空間に入ったが最後、インプ、ヘルハウンド、ボガート。それに、群れを成したゴブリンもすべて違わず八つ裂きにされ、肉塊と化していった。
「……凄まじいな」
そう呟きながら、飛んでオーガの拳を避けた。そしてその腕に刃を沿わせて軽く傷をつけて挑発しておく。別に首を跳ね飛ばせばいいのだが、エレインの実力のほどを確認しながら、適度に挑発して受け流しておきたい。
エレインは中々好調だ。彼女が契約を交わしている風の精霊、逆巻く風刃が、たまに飛んでくるインプの小さな火の弾をかき散らし、場合によってはカウンターもしつつ彼女のサポートをこなしている。
俺とエルシェイランはパートナーというか相棒というか、どちらかといえば一心同体の親友と言った方が近い。それに、エルシェイランに好き勝手にさせるような純魔力の余裕も無いので彼女の様な戦い方はできない。
ふわりと飛び上がるような動作で俺が相手をしていたオーガの頭上を取った彼女は、そのまま鞭でオーガの首を絡めとり、そのまま首を絞めた。俺もそれに加勢するようにバリスティックシールドを投げ捨て、オーガの顔面に飛び掛る。
そして、オーガの口にベレッタをねじ込んで、八連射。真っ赤な華が一本追加だ。ちなみに、弾の切れたベレッタを投げ捨てて弾の入った別のベレッタを呼び出したので弾丸は補給できていた。
「中々やるじゃなイ」
「お前も、意外とな。そら、残りだッ!」
ベレッタを投げ捨てて、新しい銃を呼び寄せた。今度はもっと銃身が長く太い、大型拳銃。これまたポピュラーな白銀色の銃だ。防音結界を使っていなければ使う気も起きないこの銃の名は、デザートイーグル。50AEという名も持つこの銃は、大口径大反動と言う事で割りに広く知られている。
大型拳銃の名に恥じない攻撃力。使用する弾頭径(どれだけ弾が大きいかの数値)は〇.五四インチとなっており、拳銃弾では最大とされる。強い反動がある為に"本来は"片手でなど到底扱えない。ちなみに、よく知られている「非力な、もしくは小柄な人間や女性が発砲すると肩が外れる」というのはデマで、ちゃんとした射撃体勢で撃てば外れないらしい。裏市の銃売りのおっさんから聞いた話だ。
それを、右手にのみもって構えた。無論、先程言ったとおり本来なら自殺行為だ。だが、エルシェイランの力を借りて右手の衝撃耐性を跳ね上げれば撃てない事はないはず。練習など無い為ぶっつけ本番で試すしかない。
エレインの鞭の壁を幸運にも(不運にも?)抜けてきたボガートの眉間に狙いを定めて射撃。ドパァンと大きい射撃音がなって薬莢が銃から排出され、弾丸が高速でボガートの眉間を貫く。そして、そのまま後頭部から脳漿と共に排出された。
ただ、当の俺はそれどころではなかった。オーガの拳を盾で受け止めたときより衝撃があった様に感じたのだ。流石に片手で素人がぶっ放したらこんな物、か? 少なくとも、片手での実用に使える気はしなかった。まだ右手がビリビリとするのを感じつつ、デザートイーグルを投げ捨てた。その代わりにベレッタを再召喚。鞭の壁を回り込もうとするインプに切りかかった。
「銃声、驚いタ! あれは何?」
「デザートイーグル!……っていって分るか?」
「何処で手ニ入れてきタ?」
「闇市」
「ワオ」
二人してそんな会話をしながら、オーガが居なくなったので残りの有象無象をバッタバッタとなぎ倒すだけとなり、俺は剣でカチ割る、銃で撃ち抜く、ハンマーを呼び寄せて叩き潰すなど様々な戦法を試していった。
「……これで全部、かナ?」
「まぁ……見た感じはな。一応調べておこう。そっちの方を頼む」
と言う事で、二手に分かれて(明らかに死んでいる、頭が破裂してたりしないもの)をちゃんと死んでいるか一匹一匹踏みつけて調べていく。生きていたら撃ち抜く。……随分、淡々と生き物殺せるようになったなぁ……。三年前だったら、もう少し逡巡したんだろうが。
頭を踏みつけたインプの一体が、ゴガッと息を漏らした。生きていたか。インプは俺の脚を退け様と必死になっている。此方を縋るように見たインプに、俺はにこりと笑いかけた。
「安心しろ」
インプは笑みを浮かべた。そのインプの脳天を、再度無表情に撃ち抜いた。インプが驚愕の表情を浮かべたまま絶命する。
「……痛みも感じないうちに殺してやるから」
絶命したインプに向かってそういうと、俺の背後で何匹かのインプやボガートが慌てたように羽ばたいたりして逃げようとした。振り替えってその背中を、俺が放ったベレッタの銃弾が撃ち抜く。残り、インプ一匹と、照準を合わせて引き金を引くと、ガチンという音が鳴る。弾切れか。そのベレッタを投げ捨て、クレイモアを投擲しようとした時、その下から風を切る音と共に鞭がその体を弾き飛ばした。
……あぁ。エレインも居るんだったな。全力で投擲しかけたクレイモアを下ろして、視点をエレインに向けた。彼女が何か驚いたような顔をしているが、なんだろうか。
「貴方……以外ト、冷酷なのネ」
何を言うかと思えば、冷酷? ……いや、充分冷酷か。そりゃそうだよな。命乞いしてる奴の頭を撃ち抜いて、逃げる奴の背中を鴨撃ちだ。傍から見れば冷酷に違いない。ちょっとおかしくなって来てるんだろうか。
だが、悪魔を狩ると言う上で、情など必要ない。と、俺は考えている。悪魔など見逃せば見逃すほど、その凶刃に掛かる人が増えていくだけだと、俺は思う。それなら悪魔を殺す上で情だのは必要ない、と。婆様が教えてくれたのが脳裏にこびりついているのかもしれない。
「冷酷、か」
口から零れた言葉に、自嘲の笑みを浮かべた。――けれど、これが婆様から受け継いだ使命だから。一匹でも多く悪魔を殺せと。一人でも多くの人の笑顔を守れと。そう願った婆様の事を、無碍にしたくないだけだ。……ただ、まぁ。自分が壊れてきているのは何となく理解している。どうしようもないと、同時に感じているけどな。
「そう言われてもいいさ。俺は」
ただただ、日本の守護者、東京の守護者に。俺は、何も考えず悪魔を殺せばいい。俺は。
「悪魔を狩る悪魔が理想的だ。そう思う。……さぁ、次に行こう」




