第十四話 ホウ・レン・ソウ
夜十一時。俺の意識は別の所に居た。そして、その体は炎だ。俺はエルシェイランの姿を借りていた。幾らなんでも転移なんて芸当は魔法でもできないし、かといっていちいち使い魔烏を使って会話するのは電話があるのにEメールで会話する様な物だ。
なので、魔法使いが遠距離で話をする時は、俺が"宇宙への呼びかけ"でエルシェイランと一体化してこちら側にエルシェイランを受肉させるように、俺達魔法使いが精霊の世界、別次元へと意識だけを飛ばして、エルシェイラン達の体を借りる形でそこで会話するという方法を取る。あくまでも色んな魔法的保護を受けてから、だが。
つまるところ、今は俺の意識がエルシェイランに移った形だ。とはいっても、本人達にとって一番楽な姿勢、つまり人魂みたいな形だが。
2分ぐらいするとふわふわと氷の塊のようなもの、白い光の様な物、黒いもにょもにょした物と、全員が集まったと思われる。円を組むように並んだそれは、各々の後ろに人間の姿を写している。それぞれ座っていたり、立っていたり、ビリヤードをしていたりする姿だが、一様に皆魔法使い連盟の者達である。
「……各員、集まったか?」
座ったような格好で手を組んだ爺が言う。見回しているようにも見えるが、別にそんな事をせずとも精霊の視界は完全に360°だ。目を向けるイメージで真下でも真後ろでも見えるので、気分の問題だろう。
俺は今、ベッドに座った形で居る。ので、周りの奴らにもそう見えているはずだ。俺は頷く仕草をした。
他の奴らは様々だ。此方に意識を送りながらポーカーして居る奴は、指を立てるような仕草でさりげなく同意を示しているし、ネイルを気にしている女は胡乱気に髪をかき上げている。他の奴も様々な仕草で集まった事を(一部はよく分らないが)主張している。
司会役の爺がそれらを見て大きく頷き、「それでは会議を始める」と厳格な声で言い放った。(ネイル女が少し顔をゆがめた) 会議はまず、大国のロシア、中国、アメリカなどから始まる。やはり何処でも悪魔の召還が頻繁に起こり始めているらしい。ちなみに、俺には日本語で聞こえるが、実際の会話は各国語入り混じったそれこそ呪文の様な会議らしい。
上位者に言葉の区別などなく、擬似的に上位者の世界に居る魔法使い達も言葉の区別無く喋れているというわけらしい。
考えてみれば上位者というのは不思議な存在だ。いわば別世界に住んでいるといっても過言ではない。人間が生きているのは三次元、立体の世界だが、上位者というのは四次元から十一次元に住んでいて、基本的に定型を持たない。エルシェイランを含め、精霊達もそうだ。凡、司る物質で体が構成されている。エルシェイランなら炎だし、婆様の精霊は氷の塊の形をしていた。
魔法というのは彼らから力を借りて行使している訳だが、これは境界が曖昧すぎて余り解明されていないらしい。たとえば俺でも熱で分子を操作すれば氷を作り出す事もできるし、光だって放てる。それなら熱の精霊とでも言ったほうがいいだろうが、本人(本精霊?)に聞けば「私は炎」の一点張りで、余り役に立たない。
「――それでは、日本代表、上谷銀二。報告を」
おっと、何時の間にか俺の番が回ってきたみたいだ。俺は頷いて、口を開いた。
「上谷銀二だ。日本全体の報告に問題はないが、悪魔召還事案の件数が上昇している件について、有力と思しき情報を手に入れた」
ほぼ全ての視点が此方に向いた。全員ほぼ同じタイミングでギョロリ、と言った仕草をしたが、半透明なせいか余り恐くない。
「先日、ベヒモスと戦闘になった。その後召還者を尋問中に攻撃を受け、遺言の様な形で証言を受け取った」
「召還者は、なんと?」
爺が間髪居れず俺に問いかけた。正直、まだ話している途中で切るのはこの爺の悪い癖だと思う。一瞬だけチラリと見てから、何事も無かったかのように言葉を続けた。
「"あの方は"、"遥か空の果てから"。そういって事切れた。誰か、何かしら連想できる物はあるか?」
会議、というか報告会に来た面々が一瞬止まる。聞こえた言葉を必死に回して、何か該当する物がないか確認しているのだろう。ピコピコとどいつか分らない奴がゲームをしていたBGMがデドゥーンという音で途切れた。恐らくゲームオーバーしたんだろう。
「……私が知っている物には無いな」
ビリヤードをやっていた男が腰を伸ばしながらボソリと呟いた。それに続くようにしてゲームをやっていた奴、ネイルの女、蛇と戯れている男と俺もアタシも私もだと次々に言葉にだして行き、結局誰も連想はできないようだった。役に立たないと思ったが、考えてみれば同じく連想できない俺も役立たずだ。なので、何もする事無く議長、セリンテの爺の返答を待った。
暫くして、若干顔を歪ませたままセリンテの爺は言った。
「それは、これから調査する事にしよう。虚空庫に協力をあおがなければ…。と、すまん。オーストリア代表、報告を」
それからも会議はつつがなく進み、次々と報告が上げられていった。ただ、全員の目が不安だと物語っていた。俺がそうだからそう思っただけかもしれないが。
空の果て。一体、何だろうか? どうしても、俺には答えがでなかった。けど、いやな予感がするのだ。空の果てといえば、宇宙が思い浮かぶ。宇宙とは、精霊語で大いなる物の意味も持つ。しかし、精霊が一度もその名を口にした事は無かった。「言ってはならない名」なのだと、エルシェイランは言った。
つまり、連想できないというのは一種の嘘だ。大いなる者とやらがどういう姿をしていて、どういう思考の持ち主で、果てはどういう生命体なのかも定かではないから、連想できないといっているだけに過ぎない。
何かが起る予感がする。何か、とんでもないことが。
ただ、俺としては爺がいった次の台詞のほうが驚いた。爺は会議が終わりかけると同時に、とんでもないことを口走った。
「あ、そういえば銀二よ。一人では負担が強そうなので、一人送っておいたぞ。後日お前の家に訪問するから、挨拶しておけ」
おいまて糞爺。ホウ・レン・ソウって知ってるか?




